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日曜日に松山市三津浜で開催された『三津浜シャッターフェスティバル』。私は溜まった仕事があって、自宅でパソコンと格闘しておりましたが、家内が『おはなし屋えっちゃん』と一緒に木の玉プールや木の玩具などを出展させていただいていましたので、宿題の終わった娘たちを連れて午後から、会場となった三津浜商店街へ覗きに行かせていただきました。正直商店街にどれほどの人が集まるのかとたかをくくっていましたが・・・行ってビックリ!三津浜をなめていました!
商店街そのものが昔からのものなのでただでさえ道幅も狭いのですが、その狭い道の両端に思い思いの店が軒を連ねるように仮設テントを出しているものですから、余計に狭くなった商店街の中を肩を押し合いへし合いながら人が流れるさまは、真夏のような太陽の日差しとも相まってなんとも不思議な光景。雑然としながらも顔見知りが道を譲り合い声を掛け合う姿が、阿吽の呼吸で生きる漁師町の名残りのようでもあり、町中の夜市やお祭りとは違った独特の空気感があります。
友人・知人が結構出展されていて、ご挨拶だけでもしておこうかと娘たちとブースを探しながら通りを歩いていると、対向から知り合いが続々と声をかけてきます。三津在住の方はもとより、皆さん結構遠方からもお出ましになられていたようですね。出展者としても、似顔絵のせだゆりかちゃん、怪しいトンネル写真家の内山やすひろさん㊨、善家君も菅野建設さん、たま工房さんと一緒に木工ブースに出展。その前では鉄職人・ツヨニー工房の西山さん、TOWERの室さんも北条の皆さんと一緒に。
歩いているとご近所にお住まいとと思われるご老人の方から、「いつもは寂れているのに今日はどうしたこと?」と声をかけられましたので、丁寧にイベントの紹介をさせていただくと、「そりゃいい。人が集まって賑やかなのがいい」とご満悦。商店街には、各種専門店が軒を連ねかつての賑わいの名残りが感じられますが、今やシャッター通りだそうで寂しい限り。そんな商店街に人が溢れ、汗と熱気が入り混じる中、妖しいツィゴイネルワイゼンの演奏が鳴り響くさまはまるで白日夢のよう・・・
特別会場でのツィゴイネルワイゼン曲芸楽団の演奏は聴く時間が無かったのですが、ツィゴイネルワイゼンと言えば、監督・鈴木清順、脚本・田中陽造、製作・荒戸源三郎が手を組んだ怪作映画の事が頭に浮かびます。昔見たそのサイケなチラシや映像から伝わる不思議で妖しい雰囲気に、覗いてはいけない禁断の「大人の世界」を感じたものです。それがトラウマになって清純ワールドはその後ちょっと距離を置くようになって、随分と大人になってからやっとその不思議な世界を受け入れらるようになりました・・・。ツィゴイネルワイゼンという響きから、その清順の残像と三津浜の演奏に清順ワールドが重なり、蒸し暑さと人の熱気とも相まって不思議な感覚に襲われたのでした。この雑踏は、この勢いは夢か幻か・・・正体不明の妖しさこそが人やモノを動かせる力を秘めているのかも。
現在各地でそれぞれに地域を盛り上げるイベントが行われていますが、その根っこにあるのは、このままでは崩壊してしまう地域コミニュティへの危機感だと思います。所詮それも時代のうねりに無駄な抵抗と、したり顔で語る人には、ツィゴイネルワイゼンの旋律も騒音なのかもしれません。もう間に合わない、いやいやそんな事はないでじょう。ここに集う人の熱量があればきっと変えれる力になるはず!やっぱり、見る方よりもアイスラッガー投げる方が面白い~!
地元に住んでいながら恥ずかしいのですが、松山のまち全体をフィールドミュージアムとする構想の一角を担う施設として平成18年に完成した『坂の上の雲ミュージアム』に行った事がありませんでした。地下1階、地上4階建てのミュージアムの設計は、安藤忠雄氏が手掛けられ、その建物を見るだけでも価値があるからといろいろな方からお薦めを受けていたのですが、近くにあると余計に「いつでもいける」と思ってしまって、気がついたらもう7年も経っていました・・・。
一昨年ドラマ化されて改めて全国にその名を広めた『坂の上の雲』は、ご存知のように司馬遼太郎さんが書かれた歴史長編小説です。産経新聞に4年半にわたって掲載されたのですが、執筆されたのは私が生まれた2年後の昭和43年。司馬さんは、この小説のために構想も含めおよそ10年の歳月をかけ、40代のほぼすべてを費やしたといわれていますが、45年以上も前の作品が今もこうして色褪せることなく輝きを放ち続けるのですから凄い事です。壁面に掲示された新聞の一覧が圧巻です!
当日は、日露戦争を明治時代のジャーナリズムの視点から捉えるシリーズの第4回目『ポーツマス日露講和会議』の特集が組まれていました。『森のしるし』で戦国武将の家紋も作っているように、自称歴史好きではあるのですが、明治時代はエアポケット状態で、いろいろな本を聞いても、ドラマを観ても、歴史背景も相関図もなかなか頭に入りません。ポーツマス会議も記憶があやふやですが、改めて歴史を学ぼうという高尚な目的で来た訳ではありません。
ポーツマス講和会議に関わる資料が展示されているのですが、その中に講和会議を開催したテーブルがあり、その素材が『ウォールナット』であると記載してあったので、それをひと目見ようと思って出かけたのです。ところが展示してあったのは、チラシに掲載されていたものに比べて随分小さなサイズ!どうやらテーブルについては、愛知県犬山市の博物館”明治村”の帝国ホテル内に所蔵展示されていたものを借りていたらしいので、返却された後だったようです。会議で実際に使用されたという重硬な造りの椅子はあったのですが、お目当ての大きなテーブルの代わりに、ポーツマス講和会議随員控室の机を展示がされていましたた。その材質についての表示は見当たりませんでしたが、シンプルな造りにもそこはかとない風格が漂うのは歴史の重みでしょうか。
折角弊社の事を取り上げていただいていたのに気がつくのが遅れてしまい、今頃になってのご紹介で大変恐縮なのですが・・・。それがこちらの『瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクト』さんのサイト。このプロジェクトは、『瀬戸内・松山食べ巡りプロジェクトは、瀬戸内・松山の魅力的な人、物、食、歴史、文化、時候のイベントなどの情報発信を行い、松山市内・市外、全国の方々に瀬戸内・松山のファンになっていただくことを目的にした』もので、文字通り俎上にあがっているネタは多岐に渡ります。
ちょど弊社の【森のかけら】を掲載していただいたページにも、スイーツやラーメン、炭やドラマなど多彩アンジャンルの魅力溢れるモノが掲載されていますが、木のモノだけに執着する人間としては、もっと異分野・易樹種にも視野を拡げなければならないなあと思います。それを強く実感するのは、県外の方との交流の場面。木の仕事で愛媛に来県された県外の方と打ち合わせ後に会食したり、折角だからどこか面白いお店でも~というケースが多いのですが、いつもどこにお連れしたりご案内すればいいのか悩みどころ・・・。
よく言われる言葉ですが、「愛媛県は何でもあるけど何も無い」。温暖な気候に恵まれ、海のめぐみ、山のめぐみ享受し、瀬戸の小魚など多くの美味に囲まれてはいるものの、これぞ愛媛の名物!という決定的なものが無いと言う意味です。お隣の香川県ならば「讃岐うどん」、高知県であれば「かつおのたたき」や「皿鉢料理」。それに比べると愛媛は、何でも美味しいけれどこれぞ愛媛というものが分かりにくいですね、と出張で愛媛にこられた県外の方からよくお声を掛けられます。何か名物的なものを食べたいという気持ちはよく分かるのですが・・・。
ですから正確には、「愛媛県は何でもあるけど(これぞ愛媛という代表的なものが)何も無い」という意味で使われるのですが、外から客観的にそう言われると、地元人としては複雑な心境。思い当たらない事がなくも無いわけですが、愛媛といっても東南に長うございますから、東と南では気候風土も食文化もまったく違います。その中で、これぞ愛媛とっては、どちらにも角が立ちますし、お互いに違和感も覚えるでしょう。いろいろな食文化がごった煮というのも愛媛の特徴でいいのではないかと思います。むしろこれ1本っていう方が何かとリスクも多いのでは?いろいろあれこれという特徴は我が社にも相通じるものがあって、もしかして愛媛の縮図?それにしても、商品づくりの背景まで突っ込んだ各地の逸品ご紹介の一端に加えていただき感謝、感謝です!
先日、久万高原町の商工会の垣内尚彦さんから久万高原町観光の手引き『久万高原のおもてなし情報誌 くまこいペーパー』を大量に届けていただきました。表紙の写真は、真っ青な空のもと銀白のなだらかな丘に1匹の黒牛が草を食(は)んでいる構図。この季節の久万高原町の静謐な空気感が伝わってくる素敵な写真だと思います。中には、この冬のおすすめスポットが細かく掲載されています。この仕事を始めてから、もう数え切れないほど久万高原町に行っているのに、町に宿泊した事は1,2度なので、町内での飲食もほとんどありません。イベントの時には、その場で用意された食事を取りますし、日帰りなら当然地元の美味しいお酒も飲めません。私、恥ずかしながらスキーというものをした事もありませんので、冬の久万は『木材』を仕入れにいくだけの場所となっていました。嗚呼、モッタイナイ!
実は紅葉の名所・岩屋寺も古岩屋の温泉も氷瀑(ひょうばく)・遅越の滝もほぼスルー状態!関心が無いというわけではなくて、興味津々なのですが身近にあるとついつい後回しにしてしまうもので、今でなくてもいつでも来れるからと、知らず知らず遠ざけてしまっておりました。先日ご紹介したトム・ヴィンセント氏も、10数回も松山市内に泊まりながらも未だに道後温泉は未経験(そのうち数回は、温泉のまん前のホテルだったのですが時間が合わず・・・)という話をとても他人事とは思えません。
木の良さは五感で楽しむものだと日頃から言っていますが、その場所の味わいも実際にその地に赴き、そこの空気を肺いっぱい吸い込んで、地元の言葉や食べ物、お酒なども味わい咀嚼し、人とのふれあいの中から滲み出てくるものだと思います。いくら地図やネットで「行ったつもり、知ったつもり」になろうとも、それから得られるものは本物のごくごく一部の平面でしかありません。やはりスノータイヤを購入して(これも恥ずかしながら持っていない・・・)冬の久万に行かねばならないようです。
ちなみのこの『くまこいペーパー』を手掛けられたのが、いつもお世話になっている才媛・竹森まりえさん。私のブログではお酒を飲んでいる姿ばかりをアップしているので何だか申し訳ないのですが・・・。昼間の姿は、農家WEBサイトの企画制作活動などをされ、農業だけでなく飲食や地域振興などさまざまな分野で講演や指導など大活躍されているバイタリティのかたまりの女性なのです。今、そのまりえさんとも一緒に、ある仕掛けを練っているところ。面白いモノが生まれてきそうな予感!
私は一材木屋として一緒に何か楽しめないかというスタンスですが、故郷を離れて暮らす人間として感じるのは、地域振興は結局地元の方の本気具合。外部からいくらコーディネーターやコンサルタントを招いても、地元に熱がなければ魂は燃えず。盟友・井部健太郎君はじめ、久万郷のメンバーやまりえさんなど、一度久万を離れて客観的に地元を見つめた方が、自らの手で眠れる原石を掘り起こし磨き始めた久万高原町。雪解けにはきっと新しい芽が幾つか見えてくることでしょう。
| 故郷の西予市野村町は、山に囲まれた山村で海はありませんが、新鮮な捕れたての海の幸が翌日にはどこにでも届く時代。その恩恵を享受しておいて言うのもなんですが、便利になった反面『ここでしか味わえいモノ』をどう演出し、そういう仕掛けを作るのかがますます難しくなってきています。両親の墓に行く道中に積み上げられている『クヌギのホダ木』。数年前までは、何の関心もありませんでしたが、『クヌギの出口』を経て今の関心はその次。 |
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