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| 日本の広葉樹に魅せられたビーバー隊長こと武田誠さんは、変わった木を見つけたら挽かずにはいられなくなる『ビーバー症候群』に患われていて、まるで挽くことが目的になってしまったかのように次々と珍しい木々を鋸にかけています。挽かれた薄板は所狭しと工場の内外に積み上げられています。そんな光景を見て、私の心はドキドキ!こんな場所に長居していたら、すべて欲しくなってこの材がそのまま松山に移動してしまうそうになりそうで怖い・・・当然ながら私も長年ビーバー症候群を患っている者です。 |
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恐らくここを訪れた多くの方が隊長に以下の言葉を投げかけられることでしょう、「こんなに挽いてどうするんですか?」どうかお願いですからもうその質問は止めてあげてください。本能的に木を集めてしまう(隊長の場合は集めて挽いてしまう症状)ビーバー症候群を発症しているのです、病気なんです!どう評価されようとも気にしないので、どうかわたしたちの事はそっとしておいて下さい。そして静かに見守っていて下さい。どこまで本気なの?いやいやどこまでも本気なんです。それが分かる人は軽いビーバー病?! |
| 何事も極めれば芸というか、それなりの評価を受けることになります。周囲から何と言われようともわき目もふらずに日々鬼神のごとく木を挽き続けた隊長のそれは、もはや地域の「観光事業」に指定されてもいいのではないかと思うほど。それほどにこの地には多くのビーバー症候群の潜在的感染者が全国各地からやって来るのです。それは「お客さん」というよりも信者による「巡礼」に近い感覚なのかもしれません。まさにここは聖地!何事もやるからには突き抜けなければ意味がないということをここは示唆してくれるのです。 |
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私も【森のかけら】を作り始めた時に、当初は周囲から相当に白い目で見られましたが、その種類が200を超えるようになって、全国から注文が舞い込むようになり、その販売数が500セットを超える頃から周囲の反応はガラリと変わりました。その志は当初から何も変わっていないのに、変わったのは周囲の反応。隊長もきっと同じような体験をされているはず。最新機械の大型工場で大量に挽くことを目指す住宅資材向けの製材業とは別次元の、ある種の人々から求められる製材業の「あるカタチ」がここにはあります。 |
★今日のかけら・#103 【ムクノキ/椋木】 ニレ科ムクノキ属・広葉樹・愛媛産
| 本日こそは純粋無垢に椋の木の話。実は三重に来るひと月まえぐらいにたまたまムクノキ(椋木)はないかという問い合わせがありまして、ちょうど倉庫の奥の方からムクノキの板の山を引っ張り出した。2年ほど前にご縁があって入手したムクノキでしたが、なかなか出番が無くてずっと倉庫の中で眠っていたのですが、声がかかったついでに一部を削って写真も撮って近々『今日のかけら』で取り上げようかと思っていました。立木の写真が撮れたタイミングで書こうと思っていたら、三重で思わずそのチャンスが巡ってきました。 |
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ムクノキはニレ科なのですが、同じニレ科の『エノキ』と特徴がよく似ていてよく混同されるので、『椋はなっても木は榎』あるいは、『椋の実は成れば成れ、木は椋の木』という諺があるほど。意味は、「椋の実がなっているにも関わらず、この木は榎だと自分の主張を絶対に曲げない強情な様子」の例えです。嗚呼、偏屈材木屋としては耳が痛い!そこまで似ていると言われるにも関わらず、地域性の問題なのかもしれませんが、そこそこ知名度のあるエノキに比べ愛媛ではほとんど話題にもならないムクノキ。 |
| 材木屋の中には、その存在すら知らずムクノキの事を尋ねると、「ムクノキって樹種名じゃなくて無垢のことでしょ?」なんて怪訝な顔をする人もいるぐらいで、私の周辺に限っては樹種としてのムクは非常にマイナーな存在です。私自身もムクノキはたまたま入手できただけで、四半世紀を超える材木屋人生でも「ムクノキ」の注文が入ったのは2,3度しかありません。その用途としてもっとも有名なのは、靭性(じんせい)が大きく避けにくい特性を生かした天秤棒。他にもショベルや工具の柄などがあります。 |
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ただし言葉としてのムク(椋)には昔から親しみを覚えています。それはこの漢字のつく苗字・小椋(おぐら)姓がたまたま愛媛に多いということと、子どもの頃から本を読むのが好きだった私は『椋鳩十(むくはとじゅう)』の動物ものをよく読んでいたから。当時はその意味も分からなかったもののインパクトのあるその変わった名前が妙に目と耳に残りました。それで今回この事を書くにあたって、子どもの頃の疑問が気になって、どうしてこんなペンネームを用いたのかを調べてみたくなりました。明日に続く・・・ |
| 荻原神社には気になる木がもう1本ありました。それがこちらのニレ科の広葉樹『ムクノキ(椋木)』。この後、話がややこしくなりそうなので先に説明しておきますが、樹種としてのムクノキとは別に木材業界でよく使われる『ムク』という言葉があります。漢字で表すと、『無垢』。直訳すれば文字通り手垢が無い、混じりの無い純粋なものという意味です。これが木材業界では何を意味しているかというと、ベニヤや突板などのいわゆる『貼り物』ではない純粋な木材(立木を伐採して製材して板や角材に挽いたもの)の事。 |
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つまり「無垢のテーブル」というと、べニアや突板などを一切使用していないすべて本物の木材だけで出来たものということになります。ちょっとややこしいのは、カウンターなどに使われる『積層フリーボード』。小さくカットした材をフィンガージョイントで接合して、500㎜幅や600㎜幅などに成形したものですが、この解釈についてはいろいろ意見が分かれていて、そこにはベニヤや合板が含まれていないのだから当然それも無垢材だと言う方と、元は無垢だったけど積層加工した時点で無垢材とは呼べないという意見。 |
| 弊社としては、積層フリーボードを純粋な意味での『無垢材』と呼ぶには少しだけ抵抗があります。耳付きの一枚板の魅力を伝える際によく「無垢の一枚板」という表現を使うので、私の気持ちの中では「無垢」という言葉には「ベニヤや合板では無い純粋な木材」というスペックを表す記号的な意味以上の響きがあるのです。そこには材木屋こそが扱う材としての矜持であったり、ベニヤや貼り物は扱わないという信念が込められたりしていて、そう軽々しく使っていい言葉ではないような思いがあったりと、面倒な材木屋でございます。 |
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では、そこまで小さな集合体でなく、例えば長さ2m、幅200㎜の板を4~5枚幅剥ぎして作られたテーブル板のような場合はどうなのか?「無垢の幅剥ぎ」とか呼び方はいろいろですが、このあたりが無垢材と呼ぶかどうかのボーダーラインだと思います。このように「無垢材の概念」も人それぞれ、材木屋それぞれだと思います。さて前置きが長くなりましたが、そういう意味の『ムク(無垢)』とは別の樹種としての『ムクノキ(椋木)』の話をさせていただきます。地域によっては『ムク』(あるいはムクエノキ、クイムクなど)と呼ばれる場合もありますが、【森のかけら】では『椋木(ムクノキ)』と表示していますので、ここでは『ムクノキ』として話を進めさせていただきます。では明日からは、ムクノキ(椋木)の話。 |
※内容に一部誤りがありましたので、訂正・加筆させていただきました。
| このブログで三重県の話が始まって今日で10日目。しかしながらいまだ最初の地・瀧原宮を抜けられず、まさに北信越の旅と同じ轍を踏んでいるわけですが、明日にはビーバーハウスに到着できると思います。ということで、瀧原宮の話も今日で最後になります。瀧原宮にはここまで紹介したように多彩な樹種が生育されているのですが、中でも多いのが『イチイガシ』ということです。『イチイガシ』といえば、このブログではかなり早い段階で取り上げさせていただきました。いつ頃だったのかしらと、調べてみると2009年の7月10日に書いていましたので、もう8年も前の事。読み返してみれば、まだブログのフォーマットも定まっていない頃でかなり苦心しながらキーを叩いていた事が思い起こされました。 |
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瀧原宮のイチイガシは、エイリアンの触手のような根板(ばんこん)が広く伸びていました。根板は、何らかの理由で土中に根が伸ばせなくなった場合に根の上側が板状に突出するものなのですが、土中に硬い岩盤があったり赤土だったりこの瀧原宮の土中に深い根を拒む何かしらの理由があるのでしょうか。熱帯で50~60mにも育つ巨木の場合は、その巨体を支えるために大きな根板が形成されるとも言われています。根板の話は詳しくないのですが、根板を見るといつも生きることへの『執着』を感じるのです。 |
| 瀧原宮の門前には、キツツキの名前を冠した「木つつき館」という名前の道の駅があるのですが、そこにもビーバー隊長が木材を出品されているということでしたので、立ち寄らせていただきました。隊長は、別に大したことないと謙遜されていたものの、県内各地から取り寄せられた手作りの木工品の数々が多数展示販売されていました。三重は製材工場数日本一でありながら、川下である木工関係は数も少なく広葉樹の出口が小さいと嘆かれていましたがどうしてなかなかの充実っぷりでした。 |
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その中の一部にしっかりと「ビーバーコーナー」があり、ビーバーハウスで製材されたさまざまな種類の板が所狭しと置かれていました。ヒノキやスギの板もありますが、レアな広葉樹も沢山。木工愛好家が購入されるということでしたが、ここに来られる方はこのスペースがいかに内容(樹種)の充実したものであるのかという事をどれぐらい自覚されているのでしょうか。灯台下暗し、いろいろな種類の広葉樹の板なんてそう簡単に手に入るものではなくなっているんです。 |
| ビーバーコーナーの板には一枚一枚丁寧に木の説明が貼り付けられていて、ビーバー隊長の木材愛、端材への『執着』がひしひしと伝わってきます!木工マニアってこういうところのコメントとかも読み漏らさないので、購入されるときの大切なポイントになったりします。もし私がビーバー隊長の事を知らなくてここに来て、これを見たとしたら、嗚呼どうしようもないくらいに木が好きで好きでたまらない製材所の社長がいるわ~なんて思ったことでしょう。ディティールにこそ端材の神宿る。いよいよ明日はビーバーハウス! |
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| 魔物が住んでいた登ってきた者を喰うと恐れられた大台ケ原、行ってみたいではないですか。それで今回、行けるものならば行ってみたいとタイト過ぎる行程に入れ込もうとしていたものの、さすがに魔物の棲む山を甘く見すぎ。今でこそドライブウェイで車で頂上まで行けるものの、生きたいのはそんなところではなく、魔物が棲む樹海のごとき森の中。寄り道で行こうなどとは魔物にも失礼な話でありました。いずれまたトレッキングシューズなど万全の装備にて魔物には会いにきたいと思っております。さて、魔物の話には続きがありまして・・・ |
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多くの修験者を阻んできた大台ケ原でしたが、明治24年に古川嵩(かさむ)という修験の行者が大台ケ原にこもって100日の行を終えて無事下山しました。麓の村人から、「魔物はおらんかったか?」と聞かれた古川行者は、「魔物の正体見たり」と答えた。人々が魔物と恐れたその正体とは、鬱蒼とした森、急峻な山腹、そして常識破りの雨だったという。大台ケ原は日本有数の多雨地帯だそうで、年間の平均降水量5000㎜近くあって、日本の年間降水量1700㎜と比べると圧倒的だ。それら自然環境こそが魔物だったのです。 |
| いつものように前置きが長くなりましたが、そんな大台ケ原を背後に控えた大台町にわれらがビーバーハウスこと武田製材はあります。ちょいとついでに大台ケ原がいかに無謀なことであったかを思い知らされた私は行程を練り直し、そんな欲張りで詰め詰めなスケジュールを一新。ビーバーハウスに限定して旅に変更。2日の最終便で大阪(関空)に飛んで、夜のうちに難波周辺にまで移動。翌朝から松阪に移動して、そこからビーバーハウスへ向かい、その日いちにち丸々ビーバーハウスに入り浸るというマニア垂涎のプラン! |
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以前から計画的に練った旅ではなく、つい2週間ほど前から急ごしらえで作った行程でしかもゴールデンウイークのど真ん中で果たしてチケットが取れるのか心配でしたが、一人ということもあってどうにか飛行機は往復とも入手。しかし大阪のホテルはいずこも満室。仕方がないので人生初めてのカプセルホテルへ。それぞれにテレビもついていて想像していたよりは広めだったものの、夜はさすがに隣の物音と、自分のいびきが気になって熟睡できず。それでもサウナ&スパのカプセルホテルでしたので、お陰で早朝より温泉でリラックス。さあ、松阪へ! |