森のかけら | 大五木材


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神社木であったため、推定樹齢200年との説明書きがあったものの、推定ということなので定かではないでしょうがその歴史を振り返ってみます。今から200年前といえば江戸時代寛政~文化時代あたりで、その頃日本では何があったのかと思って調べてみると、1800年(寛政12年) 伊能忠敬が蝦夷地を測量する。1804年(文化元年) ロシア使節ニコライ・レザノフが長崎に来航し通商を要求。1808年(文化5年) 間宮林蔵が樺太を探検・・・そんな時代に生を受けた『江戸ホルトノキ』だったようです。

ところで気になるのはホルトノキというその変わった名前だと思います。その名前の由来についてはかなり有力な説があるようで、植物学者の深津正氏によると、エレキテルの発明家として知られ、日本のダヴィンチとも言われる平賀源内が自書『紀州産物志』の中で記述している文章にその根拠があるようです。和歌山県湯浅に深専寺に大きな珍木があって、源内はその木がポルトガルに多く生えているオリーブだと思い込んでいたようで、そこからその木の果実を採って搾って油を作りました。

本来のホルトノキの実から油は採れません。実はこれはホルトノキではなくて『ズクノキ』だったのです。樹形が似ていたかとからオリーブの木(ポルトガルの木)と誤認してしまったようです。後日、源内がそのズクノキの実を江戸に来ていたオランダ人医師のポルストルマンに見せたところ、本物だと鑑定されたしまったことから、その木(ズクノキ)をポルトガルの木と誤認してしまいました。それが転訛して『ホルトノキ』となったのです。つまりふたつに誤認が重なってこの名前になってしまったというのです

なので、本来はオリーブの木にあてられるはずであった名前が、ズクノキにあてられてホルトノキになってしまったのです。ズクノキというのは和歌山周辺の方言名ですが、一般的に知られている別名は『モガシ』。これも深津氏によれば、「この木には鮮やかな紅色をした老葉が交じっており、これがこの木を遠くから識別できる特徴であり、濃い緑色の葉の中に交じる鮮紅色の葉を紋または模様に見立てて、『紋ガシ』あるいは『模様ガシ』と呼んでいたのが、つまって『モガシ』となったのでなかろうか」との解釈。なるほど。この話、明日にも続く・・・




本日は、お得意様のアカマツハウジングさんが建設中のモデルハウスにフローリングを納品するために宇和島市へ。無垢のフローリングは弊社にとって主力商品なのですが、ホームページやこのブログでの紹介が少なかったり、オンラインショップで販売していないためか、時々県外の方から「おたくではフローリングも扱っているのですか?」なんて問い合わせを受けることがあります。PR不足を猛省しています。ただし取り扱いの説明が絶対必要な無垢のフローリングについては、基本的に相対での販売を考えています

なので今のところフローリングやパネリングなどの無垢材の内装材についてはオンラインショップでの販売を行うつもりはありません。また、時々はこのブログでも取り上げているものの、最終完成品であるため耳付板などの素材に比べると、『化けしろ』が少ないので、何度も繰り返し取り上げにくく、どうしても露出度が少なくなってしまうのかもしれません。しかしもともとタイトルにも冠しているように、基本的には【森のかけら】を前面に押し出したHPなので、それも致し方ないところではあります。

ここで言うところの無垢のフローリングは、合板の下地に表面を薄く削った単板を張り合わせて作った複合フローリングではなくて、一枚板の木で作られた単層フローリングのうち、継ぎ手の無い一枚もの(ソリッド)、あるいは短尺ユニットを4~6枚のピースで繋いだユニFJ(フィンガージョイント)の事です。その中には、120㎜の幅広材ヘリンボーンで知られる短尺材なども含まれます。仕上げについても植物性オイルを推奨していて、弊社でオイル塗装したものを販売させていただいています。

余程事情がなければウレタン塗装品は扱っていません。なぜ複合フローリングやウレタン塗装された施工しやすいフローリングを扱わないにかと問われることもありますが、難しい理由はありません。材木屋としてなるべく木の魅力をナチュラルに引き出せるものと考えた結果です。ありがたいことに弊社の周辺には、今回納品させていただいたアカマツハウジングさんをはじめ、そういう考え方に共感していただく施主、設計士、工務店さんが多いので、こんな身勝手なスタンスでもどうにか商売が成り立っています。明日に続く・・・




近くの町に住んでいるカリフォルニア出身の青い瞳の常連さん・Chris Crewsさんが先日も木材を求めてご来店。本職は英語塾の先生なのですが、器用に自分で木工をされるので、その都度弊社にやって来ては端材を買って帰って自分でいろいろ作られています。前は塾の看板を作られましたが、今回はクリマスの飾りつけを作られるとの事。奥さんは日本人で、日本語もそこそこ話せるので、英語の出来ない私でも何とか出来ます。まあ、ご来店される方の目的は決まっている(木が欲しい)ので、カタコトでもどうにかなるもの。

アップするタイミングが遅くなって今頃時季外れのネタなのですが、今回は教室の前に生徒さん向けにクリスマスの看板を作りたいので、スギの板が欲しいと事でした。クリスは、ダグラス・ファー(ベイマツ)ウェスタン・レッドシーダー(ベイスギ)などの北米を代表する針葉樹の一大産地として知られる西海岸のカリフォルニア州の出身で、地元では野球チームにも入っていたということだったので、西海岸周辺で産される木材や、ドジャースやエンジェルスなど、ありとあらゆる『自分の中の小さなカリフォルニアネタ』でどうにか共通の認知項目を探っていきます。

まあ話が広がったかどうかは分かりませんが、小さなきっかえさえあればどうにかそこを力技で広げていくスタイルに国籍は関係ないので私的には大丈夫!まあそういう事で少しは親しくなって、クリスも声を掛けやすくなったのかもしれませんが、少しは彼の希望する材の好みくらいは分かるようになりました。それで今回の看板は、こちらで角材に板をバランスよく張り付けて欲しいということで、作ったのがこちら。ここに海で拾ってきた色とりどりのシーグラスでモミの木とクリスマスのメッセージを飾り付けるとの事。

翌日、取りに来たクリスは希望通りだと喜んでくれて、完成したら画像を送ると約束。最近Youtubeなどで海外の木工の動画を見ることが多いのですが、あちらの方はうまく自然の木の造形を取り入れたモノづくりをしていますが、あまり細かなところは気にしていないようで、作りもかなり豪快。まあ室内土足の文化圏ですから、日本人のように重箱の隅を突くような細部までトコトンこだわり抜く完璧主義ではなくて、全体のデザインや機能性を重視されるのでしょう。木の扱い方にもお国柄が現れます。

なのであまり職人気質を出したりせずに(もともとそんな腕も無いのですが)、細かなところにはこだわらず、リクエストに応えるべくバランスよくリーズナブルな作りにさせてもらいました。以前は、自分のものづくりの基準を下げたりしてまで注文を受けないという偏屈なポリシーに凝り固まっていましたが、ようやくこの歳になって相手に合わせた商売もようやく出来るようになってきました。『森の出口』の扉に内部からつっかえ棒をしていたようです。カタコトのコミニュケーンだからこそ、相手を喜ばせる本質が何かよく見えてくるもの。ということで、こちらがクリスが子供たちと一緒にシーグラスを張り付けて作った渾身の一作。さあ、次はいかなるリクエストがくるのか?

ちなみにこちらがクリスの英語塾、Trinity School In Japan トリニティスクールインジャパンのロゴマーク。このマークからもカリフォルニアっ子のマウント愛が伝わってきます。松山市堀江のご自宅で開塾されています。一応こどもが中心の英語塾なのですが、時間があれば個人的には『木材業界で使えるウィットに富んだ大人の英会話』を習いたいところなのですが・・・。ご興味のある方いらっしゃいましたら是非直接ご連絡を!




今年の正月は愛媛で迎えたという事もあり、家族五人で地元の神社に初詣に行きました。いつもは実家に帰省して、家内の両親や義弟家族たちと宇和島市の和霊神社に初詣に行くので、地元の神社での初詣もこの地に住んで30有余年経ちますが初めての体験。私と家内は同じ西予市野村町の出身で、小学校から高校までそこで過ごしてきましたが、松山で生まれた我が子たちにすれば松山が故郷であり、いずれここを離れていくのかもしれません。そうなった時には、わが家が実家となるだなあとそんな事を考える初詣。

こうして五人揃って初詣したりどこかに行くのも後数年かもしれないと思うと、こんな当たり前の一日が大切に思うます。母親が59歳で亡くなりましたので、徐々に自分がその年齢に近づくにつれ、健康でいることの大切さを痛感します。結局去年も人間ドックに行けなかったので今年こそは本格的に体のケアにもせねば!ところでここ平田町は、今までにも何度も書いてきましたが、宮内伊予柑発祥の地であり、柑橘日本一の愛媛の中でもひときわ蜜柑栽培の愛と誇りに溢れる蜜柑の町なのです

そんな蜜柑の町にある阿沼美(あぬみ)神社の参道には、『春光や愛を盡(つく)せる蜜柑園』の言葉が刻まれた句碑が建立されています。以前から気になっていて、調べてみたら作者は作道放洋氏、地元の平田俳句会によって昭和37年に建立されたものでした。『いで湯と城と文学のまち』で知られる松山市には数多くの句碑がここそこに建立されていますが、愛媛県内だと1,000以上もの句碑があるとか。今までそんな事、気にも留めませんでしたが、自分の住む町の事についてあまりに無知な自分。

地元の句碑の言葉の意味や意義を知らなくても、暮らしに何も支障もありませんが、いずれわが子たちにも子供が出来て、一緒にこの神社に参拝する日が来るかもしれないのに、そこに在るものについて何も知らないってどうなだろうと。代々先祖がそこで暮らしていると日常会話の中で口伝として教わるでしょうが、ひとが流動化することでその地の伝承や風習、文化が継承しにくくなっています。そこをモチーフとすることが多い『森の出口』にとって非常な大切な問題。木を知ることは地域の文化や歴史を知ること。




松山市内の道後樋又にあった不思議なファンタジックなパン屋『雲珠(うず』さん。風の便りに東野方面に移転していたとは聞いていたものの、なかなか足を運ぶ機会がありませんでしたが、そんなファンタジックなパン屋のファンキーな夫婦の方からまさかこちらにやって来ようとは・・・!先日の昼前にあるひと組のご夫婦がご来店。たまたま勝岡の運転免許センターに免許の更新に行く途中、車窓から見えた耳付き板の山に惹かれて、吸い込まれるような勢いでハンドルを切られたのです。

最初は、木が見たいとにわか知識を振りかざしてやってくる冷やかし野郎かと思っていたら(失礼!)、これがとんでもない木材大好きフェチ夫婦でして、そこから昼飯もすっ飛ばして長くて熱い木トークが始まってのです。少し話せば本気がどうかはすぐ分かります。埃まみれの倉庫に案内すれば、オシャレな服が汚れるのもまったくお構いなしにズンズンと奥に入り、嘗め回すように木を選別。しかもむしろ奥さんの方が積極的なほどに!これこれ、こういう出会いがあるのが道路沿いの店の醍醐味!

聞けばご自分で加工もしたいとの事。それで道具はどれぐらいお持ちなのか、腕に覚えがあるのかなどと話していて、そこでようやく雲珠の店主夫婦であることが発覚!しかもお二人とも東京出身で、以前に松山に旅行した時の印象があまりによかったので、この地でパン屋を開こうと移住してきたという、やっぱり予想通りファンキーなご夫婦だったのです。奥さんの東京の実家の隣に材木屋があって、小さな頃からそこで遊んでいたので木の匂いや手触りが大好きなのだという、材木屋が泣かせの小ネタにも感激!


東京のひとだから木に触れる機会も少ないだろうなんて、私は自分の凝り固まった固定観念をハンマーで打ち砕きたい衝動に駆られたのです。あれもいい、これもいいということで結局その日は決められず、改めて後日再び店に来てもらい、ゼブラウッド楡(ニレの耳付き板をご購入いただきました!それで先日お店にお届けにいかせていただいたのですが、まじまじとお店を拝見・玄関には奈良の『徳田銘木』さんから買ったという変木が!まさかこういう形で徳田さんの商品と邂逅しようとは・・・!

移転前のお店も十分のファンタスティックでしたが、更にパワーアップ!パンの写真も撮らせてもらおうと思っていたのですが、社員のおやつのパンを買って帰るという使命も受けており、次々やって来られるお客さんに負けてなるかと買い漁っていたら肝心のパンを撮るのは忘れていました。店内至る所に木が使われていて、材木屋が始めたパン屋のようですらあったのですが、壁面に描かれた絵も自分たちで描いたということで、これはいずれコラボ商品開発の申し込みをせねばなるまい!年末の素敵な出会いに感謝!!




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