森のかけら | 大五木材


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静謐な空間の中で神聖な祈りを捧げる場所、ここ三重県の瀧原宮パワースポットとしても有名な場所です。隊長(武田ビーバー製材の武田誠さん)から、瀧原宮に連れて行ってもらえると分かってから、事前に予習をしておこうと瀧原宮の事を調べていると、ゼロ磁場で有名な長野県伊那市の「分杭峠」と同じく、中央構造線上に位置することから同様のエネルギーを感じられるパワースポットであるということを知り、『ムー世代』としてはこれは現地で検証せねばなるまいということで、三重に旅立つ前日に慌てて方位磁石を購入。

私は物理や数学が大の苦手の文系ですが、同様に理系が不得意という方のために一応ゼロ磁場について基本的な説明をしておきますと、地球にはS極(北極)とN極(南極)があります。地球そのものが大きな磁石なのですが、このS極とN極が地表付近でぶつかり合って、互いの力を打ち消しあっている地点がいわゆる『ゼロ磁場』というもので、ゼロというのは磁場が無いという意味ではなくて、2つの巨大な磁場が拮抗してる状態の事です。そこから目に見えないエネルギー(気とも呼ばれる)を発しているということなのです

私、こういう話大好きで、ゼロ磁場は活断層の付近などによく見られますが、前述した『分杭峠』はその中でも日本最大のパワースポット。テレビなどでもよく取り上げられるので、いつか行ってみたいと思っていたのですが、突然別のゼロ磁場に行けることになり非常に楽しみにしていました。特に瀧原宮の場合は、そのエネルギーが宮内の木に影響を与えたのではなかろうかという「異常現象」が見られる、材木屋にとってはたまらない場所なのです。それがこちらの根元の方から時計回りにねじれた『ねじれ杉』!

まるでカラマツのような見事なねじれっぷり!これだけねじれているにも関わらず、木そのものは真っすぐ天に向かって伸びているのです。宮内のすべての杉がそうなっているわけではないのです。周辺の大きな杉は普通。周辺をよく見てみると、脇の方にもう1本ねじれている杉がありました。これぞゼロ磁場のパワー!と勢い盛んに持参した方位磁石を取り出して、ねじれ杉の元へ。私のイメージとしては激しいスピードでS極とN極が入れ替わり針が振り切れんばかりにグルグル回る、という感じでしたが・・・

実際には、ねじれ杉の傍とそこから少し離れたところだと少しだけ方位がずれているのかなあという微妙なもの。いかんせん安物の方位磁石を買ったためか、気のエネルギーをうまく受け取れなかったのかもしれません。あるいは私自身の心の穢れが原因なのかも・・・。純粋に参拝に来たというよりは、これから足を踏み込みビーバーハウスの結界を超えるための勇気と力をいただきに来たみたいなものでしたから。それでも俗世間とはかけ離れたような静謐な空間で、ビーバーハウスに行くための精進潔斎ができた気分。ところで材木屋としては、このねじれ杉の中身が気になるところ。板に挽くなど畏れ多い話ですが、さぞや異形なる姿が現れるに違いないと思われるのです。『磁場ゼロ杉(過ぎ)』だけに!




聖地・ビーバーハウスに向かうにあたって、まずは身を清めておく必要があるということで我ら3匹のビーバーが向かったのは三重県度会郡大紀町滝原にある瀧原宮(たきはらのみや)。恥ずかしながら私はここの存在をまったく知らなくて、武田さんに教えていただいたんですが、実は相当に格式のある由緒正しき場所。伊勢神宮の正宮である「内宮」「外宮」に次ぐ社格である「別宮」扱いで、14社ある「別宮」の中でも序列第一位。なにしろ、もともとはここが伊勢神宮で、天照皇大神の神意により今の伊勢市に移ったという元祖の地

今の伊勢市宇治館町に建てられた新宮がそのまま伊勢神宮となって、こちらは天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)を祀る別宮となったとされるということで、建物の造りなどはそっくりなのだそうです。そんな霊験あらたかな場所であるにも関わらず、いつも閑散としていて人影もまばらなので、このゴールデンウイークの最中でもゆっくり参拝出来るという穴場なのです。その理由は、遠いということ。正宮である伊勢神宮からだとおよそ40キロほど離れており、昔から「大神の遙宮(とおのみや)」と呼ばれるほど。

そのためわざわざここまで参拝に来る人は稀で、いつでもゆっくりと参拝できるのだそうです。松阪駅からだと、ちょうどビーバーハウスの方角にあたり、寄り道しても車で10数分程度の距離なので、武田さんがこちらを薦めてくださったのですが大正解でした。あえて正宮ではなく別宮に行くというのも、高速道路を降りてけもの道を進む我らビーバー隊ならでは。実際に参拝者も数えるほどしかいなくて、鳥の鳴き声や風に揺れる木々の音すらも聞こえるほどの静謐な空間の中で、身が引き締まるような参拝となりました。

ここ瀧原宮の宮域には立派な巨木が居並んでいて神々しさも半端ではないのですが、その量・質とも本宮を凌駕するとも言われているそうです。1959年(昭和34年)にこの地を襲った伊勢湾台風によって、本宮は多くの巨木が被害にあったのですが、内陸にあったこの地は被害が少なく、結果としてこちらに巨木が残ったということのようです。国を照らすような人になれとの願望を込めて命名してくれた親の望みには応えられませんが、もっと大きな天を照らす神、天照大神のご加護にあやかろうと、連れてきたブタマジロも一緒にご参拝。




久しぶりの松阪駅に到着。そこにお迎えに来ていただいたのは、ビーバー隊員である『熊鷹』こと柳田国男さん。実際にお会いするのは今回がはじめてだったのですが、日々フェイスブック等でやりとりしていると何度も会ってお話しているような錯覚をしてしまいます。ビーバーハウスに行くためには松阪駅から車で40分ほどかかります。それで、津市にお住いの柳田さんにビーバーハウスまで送っていただくことになりました。フェイスブックの情報をよく見ていなかったのですが、柳田さんは1966年生まれでほぼ同世代。

ヤナギダクニオ」という名前を聞いてピンとくる人も多いと思うのですが、かの高名な民俗学者にして妖怪ウオッチャーでもある柳田國男氏と同姓同名なのです。日本民俗学のパイオニアとして知られる氏の著書『遠野物語』は、このブログでも何度か引用させていただきました。河童の話をはじめ、妖怪への造詣も深く、いま人気の妖怪の礎を築いた人でもあります。同じヤナギダクニオの宿命なのか、こちらの柳田さんも三重の森に関わる道を選ばれた人なのであります。同じ『』を名前に持つひとりとして更にシンパシーを感じます!

熊鷹というのは柳田さんの屋号(ビーバーネーム)なのですが、日頃からビーバー隊長こと武田さん(以下隊長)と共に活動(主に伐採されて放置された木材の救出など)されていて、どんな小さな情報も聞き逃さない鋭い情報収集能力や、どこへでもすぐに飛んでいくフットワークの軽やかさは、まさしく本物の熊鷹のようでもあります。立木の樹種鑑定にお詳しいので、てっきりもっと年上の方だとばかり思いこんでいたのです。木についてお詳しいのは、松阪農林商工環境事務所 林業普及指導員をされていたからで、その道の専門家。

いや~そういう方が身近にいらっしゃると本当に心強い!材木屋だって木のプロなんだから、そういう方がいなくても木の事は分かるでしょう、と思われるかもしれませんが、ごく一般的な材木屋が扱う木の多くは建築用材・土木用材・家具用材で、国産材に限ればその樹種は多くても20樹種程度といったところだと思います。それらの判別は問題ありませんが、これが野山や庭、公園などに生育する立木となると話は別。しかもその多くは板や角材に製材されたもので、元の姿(立木)を目にする機会は極めて少ないのです。

なので柳田さんのように立木の樹種の識別ができる方が身近にいると非常にありがたい。いくら珍しい木があってもその名が分からなければ価値を高めることが出来ません。そんな話も含めて、車中で柳田さんとあれこれ木の話をしてたら、隊長との合流ポイントに到着。柳田さん同様、いやそれ以上に日々(ほぼ毎日)フェイスブックでやり取りし、頻繁に電話でも話しているので、これが直接会うのが初めてとは思えぬ親近感!!遂にリアルビーバー(?!)との邂逅です。ここから3人で向かう最初の目的地は・・・?!




早めに起きたので混雑を避けるべくさっさと電車で移動。難波を出た時には乗客も少なかったものの、次第に人も増えてきて松阪に着く頃には満席に近い状態。お伊勢さんの影響かしらと思っていたら、どうやらこの時期にちょうど三重で全国菓子博覧会お伊勢さん菓子博2017』が開催されているらしく、それ目当てのか人もいらしたようです。まあそれでも無事松阪に到着。随分久しぶりの松阪です。実は昔はよくここに来ていました。松阪木材がウッドピアとなって移転する前(平成13年に移転)のことですからもう15年以上も前。

初めて来たのは前社長の親父と一緒でした。松阪木材が、岡山の木材市場に浜問屋として出店されたのがきっかけで松阪の尾鷲材を知ることとなり、その後岡山の市場からは撤退されたものの、繋がりを頼りに松阪まで仕入れに来るようになったのです。それまで尾鷲材にはほとんどご縁がなかったのですが、製材所数日本一を誇る三重県の中でも特に製材所が集中する尾鷲からは、多種多様なサイズのスギ・ヒノキの造作材が大量に生み出されていて、乾燥に関して後塵を拝した愛媛にとっては実に羨ましく頼もしい存在でした。

メーカーが多すぎて最初のうちはどれもが同じに見えて、一体どこのを買えばいいのかも分かりませんでした。父親に相場をよく見ておけと言われるも、同じようなサイズの商品がズラリと並んでいて、それぞれが微妙に価格がずれているので、一体何を基準に相場をみればいいのやらも分からないほどに私も未熟でしたが、それほど大量の製品で溢れていました。まだ移転する前の小さな場所が市の舞台でしたので、人が押し合いへし合う中でセリが行われていて、木材市場の活気を身をもって経験させてもらいました。

松阪木材に行くようになって10年ぐらいは、尾鷲ヒノキには随分とお世話になりました。赤みが淡いピンク色で目のよく詰まった尾鷲材は、鴨居や敷居、廻縁、畳寄せ、額縁などの造作材から化粧の柱まで非常に有用でいて、しかも価格的にもリーズナブルで、わざわざ運賃をかけてでも仕入れてくるだけの価値がありました。その価値は恐らく今でも変わっていないと思いますが、弊社の方が変わってしまい、その後徐々にヒノキの造作材離れが進み、新たに松阪にまで仕入れに行くことは少なくなってしまったのです。




さて、出張の機会が少なかった言い訳に一日を費やしておきながらなんですが、今回の旅は仕入れではありません。会いたいひとに会い、行きたい場所に行くという趣味と実益を兼ねた、休みの日だからこそ出来る旅。出先で注文の電話に怯えることもなく、自分だけ遊びに行ってと家族から白い目で見られることもないという、実に都合のいい旅なのです。目的地の『ビーバーハウス』があるのは三重県。松阪牛で有名な松阪市から車で40分ほど南にある多気郡大台町。名前から分かる通り、その先にあるのは『大台ヶ原』。

今回、ゴールデンウイークの最中に訪問するという暴挙にも関わらず、快く訪問を受け入れてくださった武田製材ビーバー隊長こと『武田誠』さん(以後、ビーバー隊長、または隊長)に今回の旅の行程をご相談しました。いつものごとく詰め詰めのスケジュールで、その中でビーバーハウスまで行くのならついでに大台ケ原も行ってみたいのですがなんて、軽~い気持ちで含めていたものの、隊長によればそんな生ぬるい気持ちで行けるような場所ではないとあっさり却下。地図でみればすごそこのように見えても山道なのでそう甘くなはい。

なぜ大台ケ原に行きたかったのかというと、【森のかけら】を作りはじめた7、8年前に参考資料として木の本を読み漁っていたのですが、その中に学研研究社が出版した『週刊 日本の樹木』がありました。タイトル通り、日本のさまざまな樹木を30回に分けて詳しく紹介していくという「学研グラフィック百科」で、ひと月に1冊で足掛け3年で完成するという壮大な樹木図鑑で、【森のかけら】のリスト選定や解説書作成にはとっても役に立ちました。各号でそれぞれに特定樹種を特集し、その木に会える有名な森を紹介しています。

そのNO.26が『タブノキ』特集で、タブノキの群生する森として紹介されていたのが『大台ケ原』だったのです。そこにはブナの森やトウヒの群れの写真に添えられた以下のような文章がありました・・・「かつて吉野の大峰山から大台ケ原を目にした修験の行者の中には、大台ケ原を開山しようと何人もが試みたが、ほとんど失敗して帰ってこなかったという。大台ケ原には魔物の巣窟があって登ってきた者をとって喰うと、麓の村人たちにいい伝えられてきたそうだ。」そう、大台ケ原は『魔物の棲む山』なのである!この話、明日に続く・・・




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