森のかけら | 大五木材


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20130222 1昨日の続きですが、ケルト神話に登場するキャラクター造形は非常に興味をそそられます。ただ悲しいかな、ヨーロッパの歴史背景や民族対立、ケルトの文化、風俗などにまったく疎くて、表面を薄っぺらくなぞる程度の理解しか出来ないのが残念・・・。きっとそれぞれのキャラクターは、何かの象徴であったり深いメッセージなどが込められているのでしょうが、そこまで理解するには民俗学者か宗教学者のような専門知識を要することでしょうが、そこまでの野心はありません・・・

 

20130222 2ですので浅い理解で捉えたケルト神話の神々たちを、いずれ何らかの形で「商品化」させていただくつもりです。それにしても、天にまで届く巨大な豆の木とは一体何をモチーフにしたものだったのでしょうか?一般的によく言われるのが、マメ科の1年草で刀豆(トウズ、ナタマメ)、帯刀(タテハキ)とも呼ばれてる『なた豆』。マメ科の1年草としては最大級の植物で、丈は5メートル以上、サヤも50~60センチまで大きく太く成長し、サヤの中の種子も3~5センチ程の大きさになるそうです。

 

20130222 3豆類の多くは亜熱帯アジアが原産とされていますから、恐らくモチーフの話は後付でしょうが、世界にはとんでもないような豆もたくさん存在しています。その種子が鳥などに運ばれて世界に散らばっていく事も想像に易くないでしょう。ドードーモアみたいに既に絶滅してしまった巨大豆科植物の末裔だったかもしれません。あるいは昔巨人族が雲の上で栽培していたものの根が、たまたま地上まで降りてしまい、ジャックが伐った事で下界へ降りる手段がなくなってしまったのかも・・・!

 

20130222 4牝鳥と豆を交換する謎の男も、民俗学・宗教学的には異文化をつなぐ役割(言語の翻訳、物々交換や国家間の貨幣など)、あるいは布教活動などと解釈さえるのかもしれませんが、本当は天界と下界をつなぐチャンスを伺い下界に潜入していた闇商人だったとか・・・妄想は膨らみます。それもこれも話のど真ん中に巨大豆という絶対的存在を据えたせいでしょう。この1本の豆の木のお陰で、有無を言わさぬ何でもありの舞台設定が完璧に仕上がったのですから、豆の木は偉大なり。まだまだ続く・・・




20130221 1木の話をさせていただく時に、四季の変化に富み多様な動植物に恵まれた日本は、それぞれの木々にも深い観察眼と造詣を持ち、その特徴をとらえ暮らしの中にうまく取り入れてきましたという話をさせていただいています。ただその多くが過去形で語らねばならないところが辛いところですが・・・。その暮らしの知恵や文化を取り戻すためにも、木のファンを増やしていきたいと思っています。そんな木の大好きな日本人と同じくらい木を愛し親しんできた民族がケルト人だと言われています。

 

20130221 2ケルト人とは、中央アジアの草原から馬や戦車、馬車などを持ってヨーロッパに渡来したインド・ヨーロッパ語族ケルト語派の民族の事ですが、この童話の時代背景には、デンマークからやって来たアングル族とドイツからやって来たサクソン族(アングロ・サクソン族)に侵略された、ケルト原住民の虐げられた歴史もあるのだそうです。そしてこの物語は、後からやって来てかの地を征服したアングロ・サクソン族の視点で描かれた寓話。つまりジャックと母親はアングロ・サクソン族、巨人はケルト人

 

20130221    3原文では、巨人の妻がジャックをかくまうのですが、家に戻ってきた巨人は「イギリス人のにおいがするぞ」となっているそうです。日本語訳では、「人の匂いがするぞ」などと訳されていますが、原文は民族対立を色濃く残しているようです。これ以外にも、森の精霊や妖精などの伝承の多くは、アングロ・サクソン族から見た、不思議で謎めいた暮らしぶりやライフスタイルを揶揄した事がベースになっているともされているそうで、それは欧米人が見た不思議な国ニッポンに相通ずるものだったのかもしれません。

 

20130221 4子どもの頃には純粋に御伽噺として楽しめた『ジャックと豆の木』の物語にも、実は民族対立という深い歴史の闇が、秘められていると思うと何だか複雑な心境です。まあ古くから伝わる民間伝承には、どこの国でも何らかのメッセージや戒めにようなものが含まれているもので、それが語りつがれるうちに、時代時代で解釈を変えていくものだと思います。自然崇拝に基づくケルト神話の中には、登場するキャラクター造形も含めて非常に興味深いものがたくさんあります。さらに明日へ・・・




20130220 1さて、映画の原案となったこの『ジャックと豆の木』という童話についてですが、その発祥は17世紀頃とされています。イギリスに古くから伝わる民間伝承が、アレンジを繰り返されながら語り継がれ、19世紀頃に本として印刷され、ほぼ全体像が固まったようです。英語のタイトルは、『Jack and the Beanstalk』。ビーンスタークというのが、巨大な豆の主茎の事だそうですが、そんな成長著しい豆のようにのびのびと育って欲しいという事から、その名を冠した乳幼児用商品のブランドもあるようです。誰でも知っている話ですが、大まかなストーリーを改めて整理してみると、ある日、母親に牝牛を市場に売りに行くように言われたジャック少年は、途中で出会った不思議な男が持つ豆と牝牛を交換してしまいます。豆を持って家に帰ると案の定、母親にこっぴどく怒られて豆は庭に捨てられます。

 

 

20130220 2翌日ジャックが目を覚ますと、庭には天空へと伸びる大きな豆の木が!ジャックは豆の木を登り、雲の上にある巨人の城に辿り着きます。ひとのいい巨人の妻にかくまってもらい、夜になるとジャックは金の卵を産む鶏を奪って家の戻るのです。その後もジャックは豆の木を登り、金銀などの財宝を奪うのですが、ある晩ハーブを持っていこうとした時、ハーブが喋りだして巨人に気づかれ、急いで地上に降りたジャックは豆の木を斧で伐ってしまい、巨人は転落して死んでしまいます。

 

20130220 3その後、少年は母親と裕福に暮らすのですが、その財宝は実はもともとジャックの父親のもので、巨人が父親を殺して奪っていったものだったのです。最後のエピソードは、童話の対象年齢によって付け加えていたりいなかったりするようです。小さい頃読んだ時は、何の違和感も感じませんでしたが、ある年齢になってからは、それじゃあジャックはただの泥棒で、巨人は被害者じゃないかという論議もあったりした記憶があるので、後半の描き込みは絵本によって結構曖昧だったのかもしれません。

 

20130220  4雲の上のお城にいたのは、巨人であったり鬼であったり、ディティールは訳者や出版社によってそれぞれ異なっていて、子どもにとっては庭に捨てた種がひと晩で雲に届くまで大きくなって、そこを登っていくというスペクタクルと、悪の象徴である鬼(または巨人)をやっつけるという勧善懲悪が純粋に楽しかったのだと思います。私の記憶にも、奇想天外で楽しい童話というイメージしかありませんでした。しかし、この物語には実は深く悲しいもうひとつのドラマが隠されていたのです!明日に続く・・・




20130219 1先日のブログでパドックのロングカウンターをご紹介しましたが、このパドックをはじめここ数日取り扱わせていただいている木にはある共通項があります。パドックブビンガゼブラウッドパープルハートモンキーポッド。用途は、カウンターからテーブル、森のかけらや森のたまごなどのクラフト製品までそれぞれですが、何か目的があってこれらの樹種を数日間意図的に出してきたわけではありません。後から見渡してみて気がついたのですが、揃いも揃って『マメ科』の広葉樹ばかり!

 

20130219 2マメ科の木は全般的に重硬な材が多く、ツルツルした冷ややかな触感が楽しめる木で個人的には大好きです。なんせ前述したブビンガやパドック、ゼブラウッド、パープルハート、モンキーポッドの他にもアパ、ウェンジ、紫檀など(私にとっての)綺羅星のごときエース級が勢揃いした『花形科』なのです!あ~この顔触れを書き連ねるだけでもテンション上がります~!これだけの顔触れが揃う科は他にないでしょう。後に追随するのは、バラ科、クルミ科、クスノキ科といったところでしょうか(あくまで私基準)。

 

20130219 3さて、そのマメ科の木と聞いて思い浮かぶのは、先日観に行った映画『ライフ・オブ・パイ』の時に予告編を観た3月公開の映画『ジャックと天空の巨人』の事。もしかして以前にも取り上げた事があったかもしれないのですが、ずっと昔からこの童話に出てくる『豆の木』の事が気になっていました。ひと晩で雲にまで届く豆の木ってどんな木なんだろうか?!材木屋となった今、尚更その疑問は高まる中、童話『ジャックと豆の木』をベースにした巨人族と少年のバトルを最新の3D映像で描くって・・?!

 

20130219 4予告編を見る限り、それはもう私達が子どもの頃読んだ『ジャックと豆の』の童話とはもう全く別の話?!最新3Dで描かれるアドベンチャー、映画『ジャックと天空の巨人』は、庭から伸びた蔓を伝って天空に登り、巨人族と戦い、遂には天から巨人が降りて来て地上戦になるという、ハリウッドの大好きな大冒険譚に生まれかわっています。まあこれはこれで楽しみなので、是非子どもと一緒に吹替え版を観に行くつもりですが、それにしてもハリウッドの商魂逞しさは見習わなくてはなりません。明日に続く・・・




20130216 1先日、ロシア南部に巨大隕石が落下するというSF映画のような出来事があり、1200人もの負傷者が出たということでしたが、重さ1万トン、直径17メートルもの巨大隕石が落下して、死者が出なかったというのは不幸中の幸い。ニュースなどでその衝撃の瞬間が沢山映像に収められていましたが、その中にその場にいた住民の「戦争が始まった!」という声もありました。日本で同様の事が起こっても、即戦争と連想する人は少ないでしょう。改めて国の置かれた周辺環境を実感させられました。

 

20130216 2巨大隕石・惑星の地球衝突という、SF映画のシナリオライターにとっては金鉱脈のような設定は、過去にも数々の名作・迷作を生み出してきました。子供の頃にテレビで観た『メテオ』は、今も観直してみれば映像のチープさが際立つのは仕方のないところですが、子供の頃は恐怖心を煽られまくりました。今のCGには足元にも及ばないものの、個人的には決して嫌いな映画ではありません。なんせこの映画、ショーン・コネリーやナタリー・ウッド、ヘンリー・ファンダ、トレバー・ハワードといった大物大量出演!

 

20130216 3ディザスター(自然災害)映画にスターを大量動員して、自然の脅威と戦う人間ドラマを骨太にさせるという手法のはしりともいえます。『これは宇宙からの警告!』という仰々しいコピーも台浮きで、一時「メテオ」という言葉が、何やら意味不明の恐怖を煽るキーワードのようにも使われたものです。当時は、まだ「ノストラダムスの大予言」も来るべき未来でしたし、特撮のハッタリも充分に威力を発揮した時代でしたので、よく分からない宇宙という「大自然」に対して畏れを感じていたのだと思います。

 

20130216 4今であれば、「アルマゲドン」や「ディープ・インパクト」といったCGの迫力ある映像で見せる隕石衝突映画は、設定の科学的根拠やリアリズムを盾にコキ落とされてしまう隕石衝突映画受難の時代です。そういう見方をしてしまえば、ドキュメント映画しか出来なくなると思うのですが、いつの世も重箱の隅をつつきたがる人間はいるものです。そういう風潮も、宇宙や深海などかつての「未知なる聖域」が科学的にドンドン解明されてきたことこ無関係ではないような気がします。

 

20130216 5数値化できない漠然としたスケールや決して手の届かない闇といったものは、人間が自然と向き合う際に決して知りえてはいけないパンドラの箱のようなものであって、畏れを無くした時に見えなくなるもの、感じられなくなるものもあるような気がします。刹那的に畏れを感じるという意味ではなく、自然界の恵みを享受する一方で、自然界の見えざる摂理に対する畏怖や畏敬、尊敬の念も忘れずに持ち続けなければならないと思うのです。そう考えれば「小さな命・端材」も無駄にしては畏れ多い!明日に続く・・・




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