森のかけら | 大五木材


当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
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20110214 休日のデザインとSANBE BURGER①弊社倉庫の裏の敷地の一部を駐車場にお貸ししているのですが、先日境界のライン引をしました。その1週間前の曇天の日曜日に一度行ったのですが、塗装後も雨が降り止まず、結局大半が流れ出してしまいやり直しとなりました。やはり段取りをしっかりしなければ二度手間、三度手間になるばかりです。今回は晴天の休日を利用して、息子と2人で準備万全で臨みました。テープで目貼りをして慎重に下地を作りましたが、10数メートルに及ぶ直線を真っ直ぐに引くことがこれほど難しいとは・・・!途中で何度も何度も修正をしては、端からの幅も計り直してしてみたものの、どうしても微妙の曲がっていきます。いいんです、こういう場合には『』で逃げるという手がありますので、それなりに取り繕って息子には親の威厳ならぬ、意地をみせつけてやりました!それでもどうにかこうにか、3時間ほど掛けて完成!

 

20110214 休日のデザインとSANBE BURGER②駐車ラインは引けたものの、自宅に隣接する敷地は、子ども達の通学の際の出入り口になるので、幅1m程度を確保しておかねばなりません。とりあえずその部分も境界は引き分けたのですが、ここが子どものたちの通学の出入り口と認識してもらいたいので、残った塗料で何か目印をつけようと考えました。普通に「出入り口」と書いても芸が無いし、どうしようかと考えて思いついたのがこちら。子どもの長靴で足跡をつけ、自宅前にひと言「おかえり」の言葉を添えました。子どもにこの意味が分かるかな?

 

20110214 休日のデザインとSANBE BURGER③以前なら、意味さえ通じれば良いとか、見た目はどうでもいいという意識でしたが、【森のかけら】で『デザインする事の楽しみ』を知ってから、ちょっと考えて工夫してみる、遊び心を添えてみる、というような感覚が身についてきました。少しばかり心に余裕を持つだけで、生活が随分楽しくなったり、穏やかな気分になる事もあります。デザインって、ただ商品を上手に売るためだけの手段ではなく、それによって心が和らいだり、和やかな気持ちを抱かせてくれる潤滑油のような働きもあるのだと思います。

 

20110214 休日のデザインとSANBE BURGER④先日の出雲出張の際、三瓶自然館サヒメルの対面にあったレストランがハンバーガーショップになっていました。それは大手ショップの出店ではなく、島根の素材を100%使って調理した、地元の単独店舗でした。その名も三瓶山に因んだ『SANBE BURGER』!早速全員で食しました。地元の肉、レタスやタマネギを使った『サンベバーガー』は1個¥600でしたが、味もしっかりしていて食べ応えがありました。普通に街中で販売しているモノと比べれば高いのでしょうが、ここだからこそ食べれるもにはそれなりの意味があると思います。

20110214 休日のデザインとSANBE BURGER⑤訊くとお店はここの1店舗のみ。それにしてはデザインや販売ツールにも随分頑張られていて、並々ならぬ熱意が伝わってきます。バーガーそのものよりも私はこちらの方に興味が湧きます。愛らしいキャラクターマークが気に入って、メンバーズカードまで作ってしまいました。こういう熱い地域のモノづくりに出くわすと何だか無性に応援したくなるのです。世の中決して値段ばかりではない!きっとそこには値段だけでは何かがあると思うからです。地域のものづくりは、それを汲み取らねば継続していきません。頑張れ、SANBE BURGER




20110105 神社のキャラクター・守護獣像①昨日に続いて、石鎚神社の話ですが、石鎚神社の境内にはたくさんの木が植えられていましたが、中でも目を引いたのが天に向かって凛と伸びた『ヒノキ』の巨木。神社にはスギやヒノキなどの針葉樹はもとよりクスノキなどの広葉樹も多く植えられていますが、地位が人を作るというように、神社にあるからこその風格や威厳のようなものが備わっているように感じるから不思議です。どこで育っても樹齢を重ねればそれなりに風格が生まれてくるものでしょうが、やはり神社という神聖な場所だけに「特別感」があるのでしょうか。その大きさゆえによく落雷の被害を受けて、やむなく伐採されることも多いのですが、やはり境内にあった神木や鎮守の森の木は、事情ありとは分かっていても案外手が出しにくいものです。さすがにこの木からテーブルが何枚取れるかなどという妄想は沸き起こりません。

 

20110105 神社のキャラクター・守護獣像②昨日、ここ石鎚神社が『山の神・天狗様』に守られている事を書きましたが、至る所で天狗の姿が見られます。風に言えば、天狗が神社のキャラクターマークとでもいえるでしょう。守り札などにもその姿が描かれています。龍王様の伝説もあるようで、池には龍王様のお姿もあります。このホームページを立ち上げてから、キャラクターマークやロゴの大切さは身にしみて感じています。他社のものにも目が行くようになりそこに込められた思いやメッセージなどを推察するのも楽しみとなっています。

 

20110105 神社のキャラクター・守護獣像③もともと絵には興味があったのですが、とりわけ動物を描いたものや形作ったものには心が惹かれます。神社では、狛犬(こまいぬ)の造形を見るのが楽しみです。以前に広島の厳島神社では巨大な阿吽の狛犬を堪能しましたが、それぞれの神社で阿吽のデザインにも個性が現われています。昨日アップした、木像の天狗様も良いですが、石像には石ならではの力強さや重量感があります。いつも木ばかり見ているせいでしょうか、木以外の自然素材の質感に憧れのようなものを感じてしまいます。

 

20110105 神社のキャラクター・守護獣像④広い境内の中には幾つもの阿吽の狛犬が鎮座ましましていましたが、中でもユニークな姿を見せてくれたのがこちらの阿形(あぎょう)の狛犬。そもそも狛犬とは、神社に奉納された空想上の守護獣像で、神社を正面に向かって右側が、大きく口を開けて角のない獅子をデザインした「阿像」。向かって左側が、口を閉じて角のある狛犬をデザインした「吽像」。以前にテレビで狛犬のルーツを探る番組を観ましたが、その起源は古代オリエント文明にあり、インドや中国を経て日本に伝わり、日本風にアレンジが加えられ、江戸時代あたりから各地の神社に設置されるようになったようです。この原型が世界各地に広がり、スフィンクスや唐獅子、シーサーなどに姿を変えていったようです。長い歴史と多くの人の手を経たものは、デザインも洗練されてくるものです。そのお姿は少々のアレンジにはびくともしないほど堂々としています。




20101106 黄金美術を観る①本日は、日本木材青壮年団体連合会中四国地区協議会・役員会が、広島県福山市で開催され出席させていただきました。今回、愛媛からは私一人の出席という事で、自らハンドルを握って久し振りのしまなみ街道を渡りました。午前中は福山市内で仕事をこなし、午後からの会議まで少し時間がありましたので、福山美術館に行って来ました。数年前にも福山で木青協の会議があった際にも、愛媛木青協の仲間数人と一緒にこちらの美術館を訪れました。その時以来ですが、今回の企画展は、『黄金美術―それは、聖なるもののあらわれ』。

20101106 黄金美術を観る②黄金美術』、何やら惹き付けられるテーマです。古来より大変貴重であった黄金は、冨や権威の象徴であり、宗教としての聖性も併せ持ち、何やら 厳格な雰囲気が漂います。館内は当然撮影禁止ですから、内部の画像はありませんが、これでもかと揃えられた黄金の作品群からは、ただため息が漏れるばかり。美術館で展示されるような作品ですから、決して拝金主義の匂いも、これみよがし的な無意味な金の演出も見当たりませんが、宗教的なメッセージ的な色合いが濃く感じられました。

20101106 黄金美術を観る③個人的には、美術館のテーマの看板にも使われていた横山大観の『群青富士』のキッチュな感じの富士が素敵でした。左端には、雲海の間から山頂が垣間見えるのですが、その岩肌と木々の描き方も面白い~!天下の横山大観先生に面白いとは失礼な話しながら、それぞれの尺度で芸術を楽しんでいいのではないでしょうか。いかなる立場で眺めようとも、真に優れたものは何らかの形で心に届くものだと思います。背景の黄金も鮮やか!しかし、まるで企業や商品のロゴマークのようなシンプルさが、さすがは美の巨人、分かりやすさも芸術です。

20101106 黄金美術を観る④前回訪れた際は『三沢厚彦展』でした。三沢厚彦さんは多方面で活躍される人気の彫刻家で、最近では文芸誌「文学界」の表紙紙を飾られています。三沢さんのお名とその型破りの創作ぶりは、子供が持っていた絵本「ぞうをつくる」(福音館書店)で知っていたのですが、実物の作品を観るのはその時が初めてでした。まあ、その独特の世界観には圧倒され、一瞬で魅了されました!素晴らしい、面白い、楽しい~!決してリアルな写実主義ではないのですが、実際にはありえないような静止ポーズのも妙な説得力があります。これもある意味『森の出口』のひとつですね!




20101009 デザインの醸造時間①森のかけら】の育ての親でありながら、最近ご無沙汰していた(そうでもないかな・・・)エスデザインスタジオ佐野勝久さんのオフィスに伺いました。オフィスをリニューアルされて初めてでしたが、伺うときは困った時!申し訳ないとは思いながらも、頼りになる心強い懐刀にして、兄貴分、お師匠さん、とにかくなくてなならない存在です。佐野さん、大内さん(パルスデザイン)、藤山さん(ブルーマーブル)、藤田さん(愛媛県産業技術研究所)・・・何かあれば相談できる人が身近にいるということほどにありがたい事はありません。今のところ【森のかけら】については大きな改良は考えていないので、ご相談する内容は細かな部分や別の商品、建築で言うと付帯工事のような感じ(?)です。そういう物のほうが実は手間隙のかかる作業なのですが、皆さん親切に手取り足取り提案していただけます。本当にありがたいです。それに甘えてばかりでも申し訳ないのですが・・・。

 

20101009 デザインの醸造時間②いろいろ悩んだ時でも最終的な結論は絶対に自分で出す性格なので、人の話を聴かないとよく怒られるのですが、デザイナー関係の皆さんとお会いしてからは、異分野で勝手が分からないという事もあり、自分ではかなり聞き耳を持っているつもりですが、自分が言ってしまっても仕方ないです・・・。教えていただく事がどれもこれも刺激的なのは、それまで「木材」という特定少数のお客さんを相手にしていたから、不特定多数の方に提案する「デザイン」という商品が、常に分かりやすく伝えるという事を念頭に置いているからでしょう。

20101009 デザインの醸造時間③佐野さんや大内さんのオフィスには、たくさんの『デザインのかけら』が転がっていて私は興味津々。ついつい長居してしまいます。あまりに勝手にパチパチ写真を撮るので最近は警戒されています。直接的な木の事以外でも、商売のヒントはたくさんあります。中岡建設から㈱りくうに社名変更され、ブランドネームもWazm(わずむ)とされた内子・五十崎和紙の作品の数々が佐野さんのオフィスに展示されていました。㈱りくうさんとは2008年10月に広島のオリエンタルホテルにて共同展示会をさせていただいて以来、いろいろとお世話になっております。

20101009 デザインの醸造時間④以前だったらこういう物を見てもただ「ああ、綺麗だな」と思うだけでしたが、今では何か絡めないか、素材との組み合わせやコラボは出来ないか、まじまじと見つめるようになりました。和紙も木も根っこは同じ、相性は良いはず。和紙に限らず、紙を使った商品の開発も考えたいと思っています。異素材と絡む事でより木の魅力がより明確になりそうです。今回お邪魔したのは、別の要件でしたが、新商品のコンセプトは自分の中から出てこなければ、絶対に続かないと思っているので、芽が出たら改めてご相談に伺わせていただきます。

20101009 デザインの醸造時間⑤当日の相談の成果は後日機会があればアップさせていただきます。新商品の構想はかなりあって、自分なりに結構面白いと思うものはあるのですが、寝かせてコクが出るまで醸造させる時間も必要です。新しい物を考える時間が楽しくて次から次からネタが浮かんでくるのですが、きちんと商品化できるのは数%です。ついつい既存の商品のスキルアップがおろそかになってしまいます。両輪を同時に回していかねば理想ばかりでは食べていけませんので、飽き性を戒める日々です。




20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展①先日、久万高原町で愛媛木青協の例会が行われましたが、その晩はふるさと村のケビンに泊まり、翌日は朝から久万美術館に行きました。目当ては、今開催中の『鉄を叩く 多和圭三展』です。内容はそのタイトル通り、鉄の鉄の造形作家・多和圭三さんが、鉄のハンマーを振り下ろして鉄塊を叩いて造りあげた作品の展示会です。最近、愛媛新聞などでもよく連日取り上げられているほど注目されていますし、鉄を刻むのではなく「叩く」というシンプルな技法に惹かれました。何か掴めそうな予感がありました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展②入館するといきなり展示会場の傍らに、多和さんが創作に使われた鉄のハンマーが立ててありました。注意して触ってもらっても構わないという事でしたので、まずは下の小3の娘が挑戦。一番小さなハンマーでも持ち上げるのがやっとという感じでした。右端の一番大きなハンマーは、私でもオッというぐらい持ち応え充分。これを振りかざすとなると、その自重だけで体が持っていかれるのではと心配せねばならないほどの重量感がありました。あまりに重いので、壁に立て掛けなくてもそのまま立ちます。これは「創作活動」というよりもむしろ「労働作業」に近い感覚なのでは!ロビーには製作中のビデオが流れていましたが、多和さんが黙々と鉄を叩く場面が、鉄の塊のアップで延々と映し出されておりました。カンカンという高い金属音だけが聞こえてくる、修行僧の荒行のような趣きがありました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展③芸術と一緒にするにはあまりに失礼な例えですが、私も耳付の板を削ったり磨いたりする時に「無心の境地」になる事がしばしばあります。特に硬いアフリカ産のマメ科のような木をサンダーで荒磨きする時は、ただただひたすらにベルトサンダーを前後左右に動かすだけなのですが、もうこれを何枚も続けていると、最初は雑念もありますが、次第に手だけが勝手に動き、脳は別の事を考えるようになります。そして、次第に脳も考える事を止め、ただそこにある板だけが見えてくるのです。時間や手間の事などもうそこには在りません。自分と板だけが厳然とそこに存在し、何の感想も思考もない無の感覚、「魂ここにあらず」の状態になるのです。板に流れ落ちる汗の粒で、これ幾らになるんだろうという俗世の感覚に呼び戻されますが、一瞬でも無心の境地、というよりウッドワーク・ハイとでも呼ぶべき状態になる事があります。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展④肉体を酷使するような単純作業を繰り返していると、誰もがそういう感覚に陥る事があるのだと思っているのですが、もしかしたら私だけでしょうか・・・。ビデオを観ていても、展示してある作品を仕上げるためには膨大な時間を要することが窺い知れます。きっとその間、雑念も砕かれ、腕は疲れても頭の中は無になっていくのではないでしょうか。なんだか無性に鉄の塊に向かってがむしゃらにハンマーを叩きたい気分になりました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展⑤鉄と木の相性って決して悪くないのですが、私が鉄という素材に疎いので、今までほとんど使った事がありません。木一辺倒ではなく、いろいろな素材を組み合わせる事も考えなさいと、よくアドバイスを頂くのですが、数ある自然素材の中でも「軽くて柔らかな和紙」と「硬く重たい鉄」は、それぞれが対極にあり、ちょうどその中間が木材だと思うので、バランスが悪いはずはないのです。もう少し鉄の事も勉強してみようかと思わされる展示会でした。会場内は撮影禁止なので、そのものズバリは撮れませんでしたが、叩かれたはずの傷が、重なり合って美しい別の顔を覗かせています。それが木の杢目や節などの自然の造型美とは真反対の人工物であるのに、その事を忘れさせるような自然さが不自然なほど、鉄の冷たさ以上のモノが感じられました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展⑥中に1作だけ木を削った作品がありました。素材はチークで、四角い箱を荒々しく削り出したようなシンプルなモノですが、素材のチークの質感が研ぎ澄まされたように表現され、この木以外には考えられないような技法で合致。改めてチークという木の持つ大人の色気と気品を感じさせられました。ここ「叩く作家」さんが選ばれた唯一の木がチークというのもいい感じです。頑なまでの鉄塊の叩き具合、叩かれ具合、一見の価値ありです!『鉄を叩く 多和圭三展』は、10月31日まで久万美術館にて開催中




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