当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
予告無く変更になる場合がございます。
現在の商品に関しまして、お電話、又はオンラインショップをご覧ください。
㈱ムラモト本社に足を踏み入れると正面左の棚にズラリと並んだ取り扱い商品の数々。㈱ムラモトでは、『長持ちする家を作るために自然の恵みを生かした安全、あんしんの家づくりをサポートします』の理念のもと、木材に限らず様々な自然素材を扱われています。主にウールブレス事業部、ECOメイク事業部、住宅木材事業部などの事業部で、その理念を実現するそれぞれ特徴的な商品があるわけですが、オリジナル商品にまで手を広げられていて、そのアイテムたるや膨大~!
熱しやすくて覚めやすい私としては、新しい商品に手を出してもすぐに飽きてしまうのですが、これだけのアイテム数の維持管理・販売等を決して多くはないスタッフでやり続けられていることにまず敬意を表します。特定の社員の意識がずば抜けて高いというよりも、全社員のモチベーションが高いのではないかと思いますがそれも素晴らしい!さて、様々な商品やサンプルが整然と陳列された棚のセンターにはなんと【森のかけら】が!!自社商品でもないのにこのポジションはあり得ない~!
そう、村本さんこそは『森のかけら&夢のかけら国内最多保有者』なのです。ここに飾られているかけらの数はそのほんの一部。製造元である私ですらした事のないようなこんな事まで平気でやっちゃう人。なぜこれほどのかけらを集めるのか?簡単です、好きだから、面白そうだから。きっとそう答えられるに違いありません。尋ねなくても分かるのです。なぜか?それは『同類』だから。前半でかなり誉め讃えてきましたが、実はかなりそっち方面にいっちゃってる方でもあるのです。
だからこそこうしてお付き合いさせていただいているわけです。感動も冷めやらぬままに後ろを振り返ると、なんとそこには弊社の「森のかけらポスター」が!しかも正面ドアの裏という、本でいえば裏表紙にあたる場所。棚といい、壁といい、こちらが宣伝料を払わなければならないような位置を与えていただき光栄至極なのであります。ちなみにこのポスターは、まだかけらの種類が120だった初期に作ったもので、現在の240種が網羅されているわけではありませんが結構人気です。
社員の皆さんがお仕事をされている横を通って奥に進むと更には衝撃の光景が~!村本さんの社長席の横の、一番目立つ壁にはなんと弊社のカレンダーがかけてあるではないですか!予算の関係で、下部の『誕生木・12か月の樹の物語』の部分がモノクロ(本来はカラーなんですが)という私的にはかなり不本意なカレンダーがこんな目立つところに!㈱ムラモトの365日の道標となるという大仕事を授かっておりました。そしてその村本社長が見つめる先には驚異の光景が~!!!続く。
北信越1日目は、㈱ムラモト訪問で幕が開きました。館長こと村本喜義社長は、何度も弊社にまで足を運んでいただいているのですが、私はまだ一度も会社訪問もしたことがなくて、常々一度お邪魔しなくてはと思っていたので、今回ようやくその悲願が叶いました。村本さんと私の関わりについては、今までにもこのブログで何度も触れてきたのでここでは割愛しますが、この数年の密度の濃さは異常なほどです。それは材木人としての志が同じベクトルを向いているからこそです。
㈱ムラモトは昭和39年創業ということなので、私が生まれる少し前に誕生した会社で、現在の村本さんが2代目。HPの企業理念には、『当社は、木材販売のプロとして、「木を使う人」「木の家に住む人」「木が育っている地域、そこに住む人」すべてに対して、適切な更新を可能とする資源である「木材」を、地球環境にプラスとなるような使い方を提唱し、実行していきます。(一部抜粋)』とありますが、村本さんが凄いのはそれを実践されている事。綺麗ごとだけなら誰でも言える。
特に生きている素材・木を扱う材木屋にとって自分がどういう立ち位置で仕事をするのかというのは極めて重要な事で、その「背骨」が入っていないと話をしていてもすぐに底が割れます。そういう意味でも、理念を実践されている数少ない先輩。うちの会社よりも全然大きな規模ながら、村本さんが事業を継承された経緯や周辺環境、その後の「第二創業」とも呼ぶべき新分野への方向転換など、私とも相通づる部分が多くて、常に村本さんの考え方や動きについては意識していました。
日頃から電話やメールでやり取りしたり、木材市場で会って話はしているものの、やはり実際にこの目で会社を見てみたいということで、今回は本社をはじめ石川県内に5、6ヶ所もある木材倉庫も見せていただこうと乗り込んで来ました。本社は金沢市内の閑静な住宅街の中にあり、今ではムラモトの代名詞ともなっている、『呼吸する羊毛断熱材・ウールブレス』の看板が目印となっていました。ここから鬼が出るか、蛇が出るか!久々の『かけら日本紀行・北信越の旅篇』、大長編いよいよスタート!
旅は予定を組んでいる時が一番楽しいといいますが、さすがに行きたい場所の希望を全部詰め込んでいたら1週間ぐらいは北信越に滞在しないといけないので、ここから断腸の思いで絞り込みをしていかねばなりません。木青協会員の現役時代も、会場の近いところや道中で寄れるところはないかと、毎回悩んで行程を組んでいたものです。そしたら当然1泊2日ぐらいでは収まりきれないことになって、大会2、3日前から出発することもあったのですが、それこそが全国大会の楽しみでした。
そういう機会でもないと、遠方の地へ出かけるのも難しいのと、時間に制約があるからこそ短い時間でも真剣になれるというもの。木青協には足掛け20年在籍させていただきましたが、そのうち後半の10年ぐらいはかなり自由に全国に足を延ばしました。その甲斐あって、現在の商売に繋がっているところもありますし、その時に経験したことや情報・知識が血となり肉となって今の私を形成しています。逆に言えば、会員でなければそういう機会がなかったわけで、それはかなり恐ろしい事。
とりあえず希望する行先などを村本さんにお伝えすると、無謀なので絞り込めとご助言をいただき、ルートと移動時間を念頭に行程を組み立てます。あまりせっかちに移動して、観光ツアーみたいになっても仕方がないのですが、その場に行ってそこの空気を肺に入れること、自分の足で歩いて、自分の目でみてくることは大事。しかし冷静になっていろいろ考えた結果、松山から金沢に行くのに、時間を優先するならば飛行機+サンダーバードということなのですが、昼間の移動はもったいない。
ということで、大会の前々日の夕方に松山を発って、サンダーバードの最終便(夜中の11時頃)で金沢に入っておいて、翌日の朝から全力で行動することにしました。ということで、いろいろな思いを巡らしていざ北信越へ~!到着したのが深夜ですので、駅前にはそのサンダーバードに乗っていた人がパラパラいる程度。泊まったホテルが、金沢一の繁華街・片町だったので、タクシーでホテルに移動する間にも車窓から誘惑があったものの、明日に控えてその日はおとなしく就寝・・・。
木材人の青春時代の輝ける場・日本木材青壮年団体連合会、その全国大会が昨年わが愛媛県で開催され、私はとっくに卒業していたものの地元主催ということでお手伝いや大会へ参加させていただきました。それはあくまで地元主催だったということであって、いつまでもOBが口や顔を出すのは「老害あって一利なし」、邪魔になるだけなので控えておこうと思っていたものの、今年の開催地が北信越は福井ということであれば、そうも言ってはいられない!なぜなら北信越はご縁多き土地。
大会そのものが目的というわけではなくて(OBなので関係者の皆様ご容赦下さい)、全国大会にこじつけて、以前から一度行ってみたかった福井、石川の木材関係者のお店や気になる所に行ってみようというもの。まずは『森のかけら・北信越地区ブロック長』である村本館長(㈱ムラモト代表取締役)を軸に考えなければなりません。なにせ国内最多森のかけら保有者!石川県内に幾つも倉庫をお持ちなんで、そこを巡るだけでも結構な時間を要します。
そして石川といえば石川県の木、能登ヒバを訪問しなければ不敬罪に問われようというもの。ならば、能登のレッドキングこと鳳至木材の四住一也さんのところは必至。能登にはもう何度も行ってはいますが、四住さんとは随分ご無沙汰なのでご挨拶や、今の能登ヒバの現状も見させていただきたい。村本さんの会社から倉庫を巡って北上することに。能登まで行ったら富山はすぐそこ、富山といえば藤子不二雄先生生誕の地。更に日本三大埋没林の1つである魚津埋没林博物館も・・・。
いかん、いかん、さすがに大会は福井であるのに、富山まで行ったら3泊でも足りない!あまり広域になると移動時間だけでも大変なので(基本飛行機で大阪、そこからサンダーバードの予定)、福井・石川の2県に絞ることに。では石川の気になるところ、能登ヒバが使われている金沢城、隣の兼六園で木の写真も撮りたい。会員の角永善隆君の日本一美味しい材木屋のピザ屋『もく遊りん』、以前に【森のかけら】のご購入いただいた石川県埋蔵物文化センターにもご挨拶したい・・・
今年の目標である「ミュージアムショップへのクラフト商品の営業」の情報収集のためにも金沢21世紀美術館は押さえておかねばならない。その流れで金沢の伝統工芸、金箔や九谷焼、輪島塗お店にも寄りたいし、日本一といわれる日本酒のラベル製造工場も見たい。それだけ見たら、ようやく福井に移って、『森のかけら・福井代理店』エンドウ建材店( 圓道忠雄社長)、国産メガネの9割以上のシェアを持つ「めがねの聖地・鯖江」、恐竜博物館、永平寺、東尋坊・・・いけるのか、俺?!
『2次元・3次元の特殊加工の鬼』こと㈲トミタさんの会社は、広島県廿日市の木材団地の中にあるのですが、廿日市はもともと材木商が集まって作られた町だそうです。西中国山地から産出される林産物などの集積地として大量の木材が集められました。それらの豊富な原料を目当てに木地師などが集まってきて、木椀や木鉢などが多く作られ、その轆轤(ろくろ)加工の技術によって算盤(そろばん)なども作られ、江戸時代には廿日市の特産品として名を馳せたということです。
明治時代になると轆轤(ろくろ)加工は家内工業として発展し、大正時代になると工業高校に指物科と挽物科の学部が出来て、地域として木工技術者の育成に力を注ぐようになりました。もともとは木椀や木鉢などの食器といった生活用品でしたが、その後時代の流れの中で剣玉に代表されるような木工玩具と生まれ変わりました。剣玉は、鹿の角と丸い球をはめ込む遊びが起源とされていますが、フランスで貴族や上流階級の人が遊んでいたビルボケ(bilboquet)というのがルーツとされています。
フランスから日本に伝わった当時、剣と玉しかない玩具でしたが、皿の部分を取り付けて現在の剣玉の原型となる「日月(にちげつ)ボール」を作りあげたのが江草濱次(えぐさはまじ)という人物で、江草氏は木工轆轤の技術が確立していた廿日市を訪れ、製造を依頼し、その後廿日市では多くの剣玉が作られ日本中に剣玉の文化を広めていったのです。現在では、世界中から剣玉プレーヤーが集まり剣玉ワールドカップが開催されるなど、世界中でメイドインジャパンの剣玉が愛されています。
㈲トミタさんでは、その剣玉ワールドカップイベントのオブジェとして巨大な剣玉を製造されました。私は実物を見たわけではありませんが、その大きさは画像を見れば分かると思います。剣の部分は重量を軽くするためアユース材を使われたそうです。これだけでもトミタさんの会社の技術力の高さが伺えます。今回広島を訪れた際にもいろいろな場所で「剣玉」的なものに遭遇しました。こちらは廿日市の和洋菓子「ながお」さんで作られている剣玉の形を模した『けん玉もなか』。
弊社の『木のもの家・森羅』でも剣玉を取り扱っているのですが、数年前から剣玉がテレビやメディアなどでちょっとしたブームになっているようです。難しい技を根気よく練習することで忍耐力や集中力が増すといったメンタル面の効果から、体幹が鍛えらえる、腹筋が鍛えられ姿勢がよくなるなどの効果もあるとか。イベント等にいっても、剣玉人気は強くて、違うデザインのものはないのかとか問い合わせも多数。木を素材として日本の伝統的な玩具や遊びが見直されるって嬉しい!
Category
- 1. 今日のかけら
- 2. 木のはなし・森のはなし
- 3. 木の仕事
- 4. 草と虫と鳥と獣と人と
- 5. 木と映画と舞台とテレビ
- 6. ひと・人
- 7. イベント・講演会
- 8. 気になるお店
- 9. ちょこっと端材
- WOODENTAG& 日本百樹札
- 「森のかけら」舞台裏
- えひめイズム
- おとなの部活動
- お酒にまつわる話
- かけら世界紀行
- かけら日本紀行
- アート&デザインのかけら
- オフセット・クレジット
- オンラインショップ
- キッズデザイン&ウッドデザイン
- スポーツと木
- ハードウッドとウッドデッキ
- パプアニューギニアL.M.H
- フルーツウッド
- メディアあれこれ
- モクコレ WOOD COLLECTION
- モザイクタイル
- モザイクボード
- 一枚板を見せていこう!
- 円い森・円き箱・木言葉書
- 媛すぎ・媛ひのき
- 愛媛のこと
- 愛媛木青協のこと
- 木と本
- 木のものあれこれ
- 木のものづくり+α
- 木のもの屋・森羅
- 木の家具
- 木の玉プール
- 木育のこと
- 未分類
- 森と生きものたちの記録
- 森のかけら玉
- 森のかけら36・森のかけら100
- 森のこだま/森のたまご
- 森のしるし
- 森のめぐみ
- 森のりんご
- 森の出口
- 森の砂・森の粉・森の羽
- 森の5かけら
- 無垢の家具
- 異業種&産官学
- 端材のこと
- 誕生木・12の樹の物語
- 道後温泉とかけら屋
- 都市林業とビーバー雑木隊
- Loopto in Ehime
Archive
Calendar
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | |

