森のかけら | 大五木材


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今回のモクコレ出展は久しぶりの東京でした。展示物等の搬出は最終日にマンパワーで片付けましたので翌日は、東京のお客さんにご挨拶回りをすることに。弊社にとって『端材の最大の出口』となるカードスタンドを納めさせていただいているTOLOT(トロット)さん。いろいろな事を展開されているのですが、メインは写真を簡単にフォトブック、カレンダー、ポストカード、フォトカードにできるフォトブックサービス。デザイン、印刷、製本、検品、梱包、発送までをすべて自社でこなされていて、弊社では卓上型のカレンダーの木製スタンドを作らせていただいています。

TOLOTさんの本社は江東区の東雲にあります。ナビを頼りに伺ったのですが、場所はここのはずだが事務所が見当たらないと何度か通り過ぎてしまいました。というのも本社は倉庫をリノベーションして作られていて、正面玄関は鉄工所を思わせるような巨大な鉄の扉で覆われているのです。一見するとオシャレなフォトブックの会社の本社だとは思いません。外観は普通の倉庫にしか見えないのですが、工場の2階はコンテンポラリー・アート&フォトのギャラリーになっていて、さまざまなイベントなどが開催されているのです。外観と中身とのギャップにまず驚かされました。

中には最新式の印刷機が高速で動いていて、もの凄いスピードでフォトブックが製本されていきます。説明をしていただいたのですが、比較的シンプルな製材の機械ですらよく分らないメカ音痴の私には理解出来ませんでしたが、日本にも数台しかないようなとにかく凄いものであることだけはよく分りました。そんなハイテクマシンから生み出されるものと、弊社の工場で人海戦術で日々せっせと手作業で作っている木製品が組み合わさる事の不思議さ。というか、うちのちびっこスタンドはよくぞこんなモハイテクンスターと同じ土俵に立っているなと感動すら覚えました

なにせTOLOTさんのサービスに対する登録会員数は200万人を越えているのです!住宅業界に関する数字で言えば、新設住宅着工件数はかつて絶対に年間100万戸を割ることはないという「100万戸の神話」がありましたが、それも2009年に100戸を割ると神話はあえなく崩壊。2030年には55~65万戸ぐらいにまで減少するとの予測もあります。これが国全体の数字なのですから、会員数200万人というのがどれほど凄い数字なのかという事も分るのと同時に、住宅という限定された『森の出口』に固執することの危険性も感じずにいられません

1棟が数千万円もする新築住宅と1部数百円の商品を比べること自体ナンセンスと思われるかもしれませんが、マーケットの器としてのキャパは比較になりません。誰にだって買えるという事はまだまだ市場は広がるという事。材木屋としては限定された市場の中で激しい価格競争を生き抜くには余程付加価値の高い特殊材を扱うしかありません。それもひとつの選択肢ですが、脇道を見れば木をウエルカムで迎えてくれる広大な出口があるという事も事実。勿論その道とて平坦ではないものの、そこに踏み出すことすらせずに業界の未来を絶望し嘆くのは止めようと思うのです。




国内外の240の木を集めた【森のかけら】について、初めて商品説明をすると、寄せられる反応の多くは、「こんなに多くの種類があるんですか~」と「よくこれだけの種類を集めましたね~」の2つ。種類だけで言えば日本国内には、灌木なども含めれば1,500種ぐらいの樹木があるとされているのでまだまだわずかです。それでもよく集めたなと感心してもらえるのは、これだけの木を集めることが容易ではないということの裏返し。そこで、弊社のものづくりの原点の話へと繋がっていくので、どうしても話が長くなってしまう💦

そうしてモクコレでは商品そのものというよりは、ものづくりのコンセプトやその背景などについてお話させていただきました。今後の展開も含めると外せないのが『都市林業』の話。それで、ホテルまでの道中に東京の街路樹も意識して観察してみました。というのも、少しでも宿泊費を浮かそうと安いホテルを探してたら、駅まで徒歩6分と車で6分(徒歩で20分!)を勘違いして予約してしまい、連泊の3日は毎日結構な距離を歩く羽目になってしまったため、嫌でも東京の街路樹をじっくり観察することになったのですが。

もともと東京は、どこまでも続く原野(いわゆる武蔵野)だったところに、人が暮らすようになり屋敷林や防風林、雑木林などの落葉広葉樹が植えられた歴史があるようで、中でもケヤキは多かったそうです。そのため東京都の木を決める際にもイチョウとケヤキで市民投票が行われ(結果はご承知の通りイチョウに軍配が上がりました)たりもしました。その名残というわけでもないのでしょうが、やはりイチョウはよく目につきましたし、他にもクスノキケヤキ、ソメイヨシノなどを見かけました。

本当は立ち止まってそれぞれ写真も撮りたかったのですが、東京の人並みの圧に負けてなかなかそれは出来ませんでした・・・。街路樹に写真を向けて撮影をしているという事への恥ずかしさはすぐに消え去ったのですが、田舎者には人の流れを遮ったり逆らうのがなかなかうまく出来ない💦それでも東京の街には思っている以上に緑が多い!それを考えると道路整備に伴い伐られる街路樹の数も半端ではないと思われます。それらをうまくコントロール出来れば、『都会の森』からかなりバリエーション豊かな材がかなりに量、産出出来ると思います。

田舎と違って制約も高そうなのと、ストックヤードやその後の製材から保管まで考えるとハードルは高そうですが、それらすべてを産業廃棄物扱いなどにしては罪です。既にそうやって都市林業に取り組まれているところも多いと思いますが、最大のポイントは『出口』。集めた元街路樹をどう使うかという青写真が描けていないと、『都市山林』の算出量はスケールが違うので、あっという間にダムは満杯になり崩壊してしまう。だからといってその出口をバイオマスなどに求めるのだけは避けたい。もっともっと輝ける場所があるはず!それを考えるのが木を植えた者の使命




能登半島の至宝『能登ヒバ』は、その昔に青森から出すこといざならずとされた禁木『青森ヒバ』の苗木を、密かに隠密が北前船で能登に持ち込んだのが出生の秘密だとされています。それ以前にも能登には自生していたという研究もあるようですが、浪漫も何もないので私的にはガン無視!そんな能登ヒバを一手に扱っているのが登ヒバ王こと鳳至木材(ふげし)さんです。主な用途としては、金沢城をはじめとする大型公共物件の構造用化粧材やフローリングやパネリングなどの内装材。弊社でもわずかながら内装に使わせていただいております。

鳳至木材のの四住一也(しずみかずや)さんは、村本さん(ムラモト社長)とは盟友関係にあるので、情報もそれなりに入って来るのですが、お会いするたびに『能登ヒバの非建築の出口』をご紹介していただいています。以前には衛生的で香りも楽しめる『能登ヒバのお箸』をいただきましたが今回の出口は包丁!「孫六(せきまごろく)」で知られる岐阜県関市は、鎌倉時代から続く刀鍛冶で繁栄してきた刃物の町ですが、その関の包丁と能登ヒバが手を組みました。油分が多くて耐湿性の高い能登ヒバは包丁に柄にはうってつけな素材

水回りで使っても腐りにくい能登ヒバ錆びなくて切れ味抜群の関の刃による堅牢な包丁。互いの特性を活かした素晴らしい商品です。しかも石川伝統の輪島塗りによって着色されたものもあり、まさに地域資源の出口のお手本のような商品ともなっています。その中でも四住さんお薦めの逸品が、刃の部分に雅趣溢れる柄が出ている『ダマスカス包丁』!まるで霧島ツガのような芸術的とも思える紋様はどこまでも美しく、じっと眺めていると吸い込まれてしまいそうになります。ダマスカス包丁という呼び名を初めて聞きました。

そもそもダマスカスという名称は中東のシリアという国のダマスカス市に端を発していて、そこで生産されるダマスカス鋼は鍛造時に独特の縞模様が浮かび出て錆びにくくしなやかで鉄をも切るほどの切れ味を持っていたことから世界中に広がりました。その技法そのもの200年ほど前に途絶えたらしいのですが、現代では刀芯にモリブデン鋼を用い、その芯にダマスカス鋼を何十層にも重ね合わせ鍛造時にダマスカス刀のような縞模様が生まれた高品質のものをダマスカス包丁と呼んでいるとの事。まさに銘刀!その銘刀と能登ヒバとのコラボ商品がこれなのです。

包丁の柄に木を使うなんて当たり前だと思われるかもしれませんが、『木の出口』ってなにも今までにないような斬新奇抜なモノでなければならないという事ではないのです。先人たちが長い時間かけて試行錯誤のうえに編み出したそれぞれの木の用途も時代が変わり、少し使い勝手が悪くなっていたり、ライフスタイルに合わせた変化が必要なモノをブラッシュアップして現代風に蘇生させたり今風の味付け(物語)をするというのも立派な出口開発。ダマスカス包丁はそういう意味でまさに『古くて新しい出口』にふさわしい素晴らしい組み合わせだと思います。




イチイの木は愛媛の山にもあるにはあるのでしょうが、原木市場に並ぶようなサイズの丸太に出会えるような事はまず期待できません。それよりも庭の生け垣などに植栽していたけど、大きくなり過ぎたので伐採したものが造園屋さんルートで流れてくるほうが可能性が高いと思われます。愛媛ではなかなか出会う機会の無いイチイの丸太ですが、今年の春に岐阜の市場に行った時にたまたままとまった量のイチイの丸太が出品されていました。サイズは決して大きくはなかったものの、これだけまとまったイチイの丸太を見るのは初めてでした。

これが板に挽いてあったら、売る見込みはないものの勢いで買っていたかもしれません(汗)。もともとイチイはそれほど大きくならないので、建築材向きではないと言われていて、建築では主に赤身と白身のコントラストを活かして床の間の落とし掛けや床柱などに、色を添える装飾的な意味合いで使われてきました。先日書いたように、かつては高貴な位のひとの染料として使われてきた経緯があるため、「位の高い木なのだから、家の中のどこにでも使っていいものではない。家の中でもっとも大切は床の間になら使ってもよい」と考える地域もあるのだとか。まあ古い話ですが。

床柱としては私も何度か納品させていただきましたが、確かに赤身と白身のバランスが絶妙で、床の間に彩りを与えてくれました。しかし今ではそんな風情を楽しもうにも床の間はおろか和室すらない家ばかりで、建築分野ではイチイの活躍できそうな場面が無くなってしまいました。私としては、個人の家の部材としてではなく、その一位とう言葉にかけて、その地域一番の店になれますようにとの願いも込めて、商業店舗の内装などに使っていただきたいと思っています。アクセントとして赤味を添えるという程度なら大きな丸太も必要ありませんから。

例え少ない量でも軽んじずに丁寧に説明をしていくことで、木に対して関心を持っていただくことは出来ると思います。大きな量を扱ったりするとついついその事を忘れて、マテリアルとして木を見てしまいがちです。貴重な木だから大切に扱い丁寧に売るというのは勿論ですが、ありふれた木にだってそれぞれに個別の物語はあるはずです。ただの「素材」としてだけで売ってしまうなんてモッタイナイ!しっかりと骨の髄までしゃぶり尽して、語り尽して売ってこそ木の価値も高まるというもの。それこそが材木屋の腕の見せどころ、語りどころ

 




森の出口』を考える際に重要なのは、その木についてどれだけ多くの情報を持っているかという事だと思っています。材質や質感、産地、名前、由来などは勿論ですが、色合いや香りも大切な手掛かりとなります。特に最近注目しているのが木の色。赤い木は削れば当然赤い削り屑が出ますし、黄色い木からは黄色い削り屑が出ます。個性的な削り屑が出たものは、それをふるいにかけて選別して『森の砂』という商品まで作っています。中でも赤い色の削り屑って一般の方はなかなか目にする機会が無いので、珍しがって興味を持っていただきます。

イチイの場合は大径木が少ないため、どうしても辺材の白太が混ざってしまうため、なかなか赤身だけの削り屑を集めるのに苦労するのですが、機会があるごとに少しずつ集めいます。そんなイチイの色については先人たちもしっかりと目をつけいられていたようで、赤身部分の紅褐色の抽出液は染料として利用されてきました。紫のくすんだ赤色のことを『蘇芳(すおう)』と言い、昔は位の高い人しか使えなかった高貴な色ですが、繊維を蘇芳色に染める時にはこのイチイの染料も使われていたそうです。

そもそも蘇芳(スオウ)というのは、ミャンマーやインドなどアジア南部が減産のマメ科の低木の事(学名:Caesalpinia sappanで、その幹を切り砕き煎じて染料が採られていました。なので本来は木の名前なのですが、それで染めた色の名前としても使われています。スオウという木は漢字で蘇芳という字があてられていますが、これは英語名のSappanwood(あるいは  Sapanwood) からきているようです。日本で染料として使われてきたt歴史は古く、既に飛鳥時代には中国経由でこの木が日本にも輸入されていたのだとか。

かなり貴重なものなので、その代用としてイチイも使われてきたので、地方によってはイチイの事を『スオウ』という名前で呼ぶところもあるほど。あるいは本来のスオウに対して一歩引いた意味で『山蘇芳(ヤマスオウ)』と呼んだり。染料としても用途は分ったものの、色の図鑑などで見る『蘇芳色』と、いま目の前にあるイチイの赤身とがどうにも結ぶつかないのですが、木肌も経年変化で変わっていきますから抽出して煎じていくとこういう深みがかった色になっていくのでしょう、きっと。そんな事考えてたら抽出もやってみたくなってきた、『森のかけら色水』・・・

 




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