森のかけら | 大五木材


当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
予告無く変更になる場合がございます。
現在の商品に関しまして、お電話、又はオンラインショップをご覧ください。

さて今日も『福井県立恐竜博物館』の話。後のこともあって、実際にはここにも1時間程度しか居られなかったので、相当に駆け足で館内を巡ったのですが、またいずれ改めてゆっくりと来てみたいと思います。とはいえ折角なので、ひとつでも多くの事を見ておこうと目を皿にしてあちらこちらをつまみ食い。恐竜そのものにも興味はあるものの、こういう場所でしか見られない「恐竜時代の森」についても興味津々。しかしこういうものって見る側にある程度の知識がなければこんな短時間では到底消化しきれるわけもなし。

とりあえずカメラにだけでも収めておこうとカメラを向けるのに夢中で、中身については帰ってらゆっくり確認しようという始末。恐竜が跋扈した時代のジュラ紀の森についての展示も充実していて、当時の森のジオラマなんて、売っていたら個人的に購入したいぐらい。実は以前に、このブログで古代樹について書いたことがあるのですが、その時は恐竜の時代よりも遥かに太古の3億年前のベルム紀、石炭紀の時代に地上で隆盛を誇った『シギラリアTietea singularis)』などのシダ植物について

また別の項では、愛媛県伊予市の市木『メタセコイア』について書きました(『メタセコイア外伝・伊予市の扶桑木』)が、太古の樹木って恐竜と同様に偏屈なマニア材木屋の心も揺さぶるのです。館内の解説文によれば、「ジュラ紀後期は、三畳紀やモンスーン的な気候がとだえた結果、世界のほとんどが均一な植生になった時代」だそうで、「やや乾燥した環境の中でもっとも繁栄した裸子植物はジュラ紀のおわりまでに現在のほとんどのグループが出揃い、巨大化した針葉樹と競うように巨大になったグループが栄えた時代。」


世界のいろいろな樹種を集めていると、こうした今は無き太古樹にも思いが及んでしまいます。もしもタイムマシンがあるのならば、この時代に行って太古樹を少しだけいただいて、戻ってから『太古樹のかけら』を作ってみたい!そしたら中には時々、太古の虫が入っていたり、草食恐竜が葉を食べるときに擦れた傷や噛み跡でもあれば、それはもうジュラシック・プレミアムウッド!どうせ作れないならせめて妄想の中だけでもリストアップしてみようかしら、『森のかけら・ジュラシックウッド36』!




福井県立恐竜博物館』には44体もの恐竜骨格と千数百もの標本があって、とてもとても数時間で見れるような規模ではありません。相当凄いという話は、ここを訪れられた方々のブログなどで知ってはいたものの、想像を遥かに超える規模でした!職業柄どうしても気になるのが具体的な規模と費用。公式に発表されている数字だと、約30,000㎡(約9,090坪)の敷地面積に建てられた建物の延べ床面積は約15,000㎡(役4,550坪)、建築工事費が91億5千万円で、展示工事費31億円。その他資料整備費等を合わせて総額約140億円の県の一大公共事業

4,500㎡という広大な展示室には、44体もの恐竜骨格をはじめとして千数百もの標本の数々が所狭しと居並んでいます。昨日も書きましたが、こんな「建築現場」があれば私なんか相当にテンションが上がって、日に何度配達で呼ばれても飛んで行ってしまいます。以前に地元の動物園に木材等を納品させて」いただいていました。その際に、ゾウのサッカーボールオオサイチョウの巣、トラのベッドなど面白い仕事を受注させていただきましたが、それはそれは非日常的仕事で楽しかったものです。

建築材が主流だったので、どうしても扱うアイテムが限定され、仕事の内容もルーティンワークとなるので、少しでも毛色の違った仕事が舞い込むと気持ちがハイになりやすいのです。ただし不慣れなため容量を得ず、時間も手間もかかるため、仕事して考えれば効率的でもおいしくもないのですが、毎日繰り返されるルーティンワークに変化を求めていた飽きっぽい性格の私はすぐに飛びついたものです。動物園ですらそのテンションですから、「ティラノサウルスの台座の下地材の木材」なんて注文きたら、そりゃあ舞い上がるでしょう!

展示してある恐竜の骨格などを目で追いかけながらも心は建築時期にタイムスリップ。これだけの規模だから敷地への乗り入れや建物への業者の入場も厳格にされていただろうから、きっと恐竜がプリントされた入場証か何かが配られていたんだろうとか(勝手な推測)、展示に使われる木材に関しても地域材の指定があったのかしら、でも恐竜が生きた時代に事を考えればスギヒノキであるはずがないだろうからどういう樹種の指定があったのかしら(展示には本物に木は使われてないだろうが)などなど恐竜並みに膨らむ妄想




福井に行ったならば必ず行っておきたいところ、それは東尋坊でもなければ永平寺でもない、そう男の浪漫、『福井県立恐竜博物館』!!カナダのロイヤル・ティレル古生物学博物館、中国の自貢恐竜博物館とともに世界三大恐竜博物館の一つと称される恐竜テーマパーク。平成12年にオープンして以来、常に多くの恐竜マニアの心を惹きつけており、現在では年間90万人が訪れる福井を代表する人気スポットです。後輩たちの車に乗せて帰る予定でしたので、もしや別の場所を言い出したりしなかとの若干の危惧もありましたが、

さすがにそこは皆男の子、心配は杞憂に終わり全員一致で恐竜博物館へ向かうことになりました。車で福井までやって来た彼らは、事前に永平寺には寄って木の勉強の済ませていたらしいのですが。とにかく人気スポットで日曜日ということもあり、混雑を避けるために開館前から並ぼうと早朝より移動。すると館周辺で、何やらマラソンが開催されていたのですが、そこにもしっかりと「〇〇恐竜マラソン」の幟(のぼり)がズラリ。福井の皆様の商魂逞しく地球の遺産を有効活用なさっていらっしゃいます。

思えばスピルバーグがスクリーンに生々しすぎる恐竜を復活させたのが1993年のこと(ジュラシック・パーク)ですから、今からもう四半世紀近くも前になります。それまでの恐竜といえば、特撮の神様レイ・ハリーハウゼンに代表されるカタカタした動きが哀愁を誘うストップ・ ストップモーション・アニメか、ジャパニーズ着ぐるみ(ゴジラ)でしたので、とても作り物とも思えないほどに滑らかな間接に感動すら覚えたものです。どうして人はこんなに巨なるものに心惹かれるのでしょうか。

まだ誰もいない会館前に到着して、開館を待っていたのですが開館時間が近づく頃にはすっかり長蛇の列が出来上がっていました、さすがは人気スポット。ちなみにこの建物、地上3階・地下1階の鉄筋コンクリート造で、地上はドーム型をしていますが設計はかの黒川紀章氏。地下に降りるエスカレーターに乗って考えていたことは、もしも自分の会社が建築時にこの建物に携わらせていただいたとしたら、伝票には「恐竜博物館」と書き込むんだろうなあ、「恐竜博物館に納品行ってきます」なんて言うんだろうなあと独り妄想しながらワクワク!




北陸に向かい愛媛を飛び出して2日目の午後ようやく福井市に到着。このブログでは既に足掛け62日が費やされていますが、いよいよこの旅も佳境に入ってきました。福井駅に降り立った私を待ち受けていたのは、『福井の巨人』!2007年の第三次恐竜化石発掘調査で発見された大型の恐竜化石で、「日本産の福井巨人」という意味のフクイティタン・ニッポネンシス(Fukuititan nipponensis)という学名が付けられた首長竜です。そう、福井県は日本一の恐竜化石の産出地なのです!

今回福井に来た理由のひとつに、翌日に行く予定の恐竜博物館があります。まあどうしてこうも恐竜は男の中にある少年の心を刺激するのでしょうか!福井県ではさまざまなことに対して恐竜というモチーフが使われていますが、実のところか細いご縁でしかない「坊ちゃん」を何かと使いまくる愛媛の人間としては羨ましい限り(著者の夏目漱石は東京生まれ。英語教師として赴任してきた松山での経験を元に描いた小説が「坊ちゃん」)。坊ちゃん電車、坊ちゃんスタジアム、坊ちゃん文学賞、坊ちゃん団子・・・

それが悪いとは思わないものの、夏目漱石が愛媛に赴任してきたのは明治28年(1895年)のこと、そして小説「坊ちゃん」が明治39年(1906年)ですから、もう110年以上も昔の話。恐竜はそれよりも遥かに昔のことですが、福井県から産されたものだという『トレーサビリティのしっかりしたコンテンツ』であるのに対して、江戸っ子の漱石が愛媛を舞台にして書いた小説という点に何か借り物的な印象が拭いきれないと感じている人って結構多いのではないかと思うのですが、強力な地元産コンテンツを持たない県民のコンプレックス?


まあそれはともかく福井駅前にはこのフクイティタンの他にも複数の恐竜モニュメントがあって、それらは定期的に動く仕掛けになっていたりするので、記念写真を撮ろうとする親子連れなどで賑わっていました。この写真には人影が写っていないじゃないかと思われるかもしれませんが、それは人がはけた隙をじっと待っていて撮ったものだからなのですが、ずっと恐竜の傍らでその瞬間を待っていたので、よほどの恐竜おたくのおっさんと思われたかもしれません。いいです、何と思われようとも。

今までの経験上、若い頃にやって後悔したことよりもやらずに後悔したことの方が多かったので、やってみたいと思うことがあって、それが出来る機会があれば迷わずやるということにしています。こうやって人ってドンドン年をとると図々しくなっていくんだなと実感していますが・・・。恐竜のことに関しては、この後の木青連の大会の翌日に、恐竜博物館に行きますのでそこで改めて触れることにして、さあいよいよ大会へ!とは言っても厳密には大会の後の懇親会に顔を出しただけなのですが・・・。




首の皮一枚』という言葉がありますが、まさにこれなんかその状態。『クヌギの皮一枚』って奴です。よくイベントなどで、小さな枝を薄く輪切りにカットして、そこに名前とかを書いて首からぶらさげたりするワークショップをしたいなんて声がかかるので、こういうサイズの丸太もいくらか置いたあったりするのですが(常時あるわけではないので、あまり期待とかしないように)、必要に迫られて奥から引っ張り出してみれば、すっかり虫たちの餌食になっていることもままあります。

 

 

まあ、こうなってしまうと皮つき用のネームプレートには使えなくなるので、途端にこの枝の価値が無くなってしまうものの、それでもここまで綺麗に外皮だけ残して食い尽くされているとかえって清々しいほど。一見すると、まだ樹皮が残っている(ひっついている)ように見えるかもしれませんが、枝を思い切って地面に叩き付けると、これでもかというほど木粉が吹き出してきて、まさに文字通り皮一枚残したギリギリのところまで食害が進んでいることが観察できます。

 

 

何度も地面に打ち付けていると、薄くなった樹皮が木から剥がれ落ちたりして、輪の形のまま樹皮が抜け落ちることはありませんでしたが、ここまでくるといつもは堅くて厄介者のクヌギの皮も面白いようにパキパキと簡単に剥がれていきます。仕事柄、こういう経験はよくありますが、それを見ていた子供が「面白そう~」と言ってきたので、やらせてあげると想像以上に大喜び。トントンすると、みるみるうちに足元に木粉が溜まっていくので、まるで魔法の枝のように思えるのかも。

 

 

意図して虫に食ってもらったわけではないのですが、弊社の土場のあちらこちらでこういう事態が起こっていますが、正直手の打ちようがないので、喰われるだけ喰わせて後は何とかそれに対応していくということしかありません。個人的には、少々虫に喰われていたって気にしませんし、それぐらいの方が愛嬌があっていいと思うぐらいでないとやっていけないのです。木は人間のためだけのものにあらず、諦観に似た境地に辿りつかねば広葉樹の材木屋なんてやっていけないのです




オンラインショップ お問い合わせ

Archive

Calendar

2026年1月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
Scroll Up