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| ちょうどお腹も空いてきたので、住工房を見学させていただいた後は食工房の方で「実践」させていただくことになりました。建設当初は、製材工場から発生する端材を燃料にするための手段として考えられた食工房だったそうですが、今では大きな利益を生み出す県内でも有数の人気ピザ店にまだ成長。まだかまだかと入口に並ぶ家族連れの姿に、圧倒されつつもここまで辿り着くまでのご苦労を考えると、「儲かっていいですね」などの軽口は間違っても言えません。 |
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結果ばかりを見て、そのプロセスを考えないのはこの業界の悪癖で、何々の木が売れてると聞くとすぐにその丸太を買い込んで過剰生産して価格が暴落したり、どこどこの家具が人気と聞くとデザインを丸写しして訴訟になったりと、今植えたものの結果が数十年後に出るという気の長い仕事に立脚しているとは思えぬ日和見主義。自戒も込めてではありますが、あまりにも結果を急ぎすぎてしまったり、他社を模倣することに対する抵抗が非常に低いというのは結果がすぐに見えないことへの反動なのかも。 |
| それはそうと、『もく遊りん』のピザはお世辞抜きに美味!腹を空かせた我ら肉体労働者にとってはピザも1枚や2枚では全く足りず。次から次へと注文を重ねて、気がつけばすっかり術中にはまってしまっていました。同行していた大成君は薪ストーブも販売していて(サンシン暖炉)、ピザ以上にそれを生み出す薪やストーブについても興味津々でしたが、少しだけ日頃の視点を大きくしてみれば、暮らしの中で木と関わりがあるもののいかに多いことか。自社の仕事や商品と関わりが無いと思うと、まるでそれが異素材でもあるかのごとく興味が減退する人もいらっしゃいますが、関わりは無くとも木という素材から生み出されるものであれば、絶対に近づけないということはないはず。 |
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恐らくきっとどこかに接点はあるはず、なんて思ってしまうのは貧乏性の証拠なのかもしれませんが、【森のかけら】を作るようになって自分の中では随分と視点が広がってきたと思っています。薪がダメでも、ピザがダメでも、器がある、テーブルがある、椅子がある、お店の看板がある、ノベルティがある、考え方次第ではいくらでも結びつきは作れるもの。そう考えればやはり『木は無敵の最強素材』だと思うのです。それでは明日は、そんな無敵の最強素材がもっとストレートな形で活躍する場面をご紹介致しながら、この長かった旅の締めくくり。 |
| 3日前の深夜、金沢駅に降り立った時は独りぼっちであったものの、愛媛への帰途は、全国大会に参加していた愛媛木材青年協議会の若手メンバーの車に便乗させてもらって賑やかな道中となりました。自由気ままな単独行動もいいですが、同じ仕事に就く仲間と一緒の旅もまた愉しいものです。福井で恐竜博物館を観た後は、彼らの強い要望で再び石川に戻ることになりました。彼らは往路で永平寺に寄って来たらしいのですが、時間的なこともあって寄ることの出来なかった石川が誇るウッド・ミュージアムにも行ってみたいということで、福井から一路石川へ逆戻り。 |
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私にとっては2日ぶりの『もく遊りん』。到着したのは既に昼が近かったのですが、その日は日曜日ということもあって、お店には既に人だかりが!写真は2日前に行った際、まだ開店前に撮らせていただいたもので無人ですが、当日店内はお客さんで埋め尽くされ私たちがお店を出る頃には入り口付近には長蛇の列が出来ておりました。『もく遊りん』さんのお店の仕組みについては、以前にご説明しましたが、宍喰高原の傾斜地を利用して建てられた建物は「住工房」と「食工房」に分かれていて、こちらが食工房の建物の内部。 |
| 住工房同様に店内は傾斜地に沿って階段状になっていて、それがちょうどテーブルの区切りとなっていて最上部から見下ろすと劇場のような面白い造りになっています。愛媛木青協の若手5人は、みな木にまつわる仕事に就いてはいるものの、製材所や薪ストーブ、木工、梱包材など職種が多岐にわたっていて、それぞれの立場で興味のあるところに食いついていました。私の周辺でも「木の仕事」の守備範囲がドンドン広がっているのを実感していますが、この『もく遊りん』はまさにそれが形となったもの。 |
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勝手に中を見させてもらって、後からピザを食べて帰るつもりだったのですが、なんと我々が来ていることを聞いた主の角永善隆君がわざわざ福井から戻って来てくれました。全国大会の主催会団のメンバーって、大会前後は猛烈に忙しく、恐らく昨晩とて深夜まで他県の会員をアテンドしてほとんど寝てもいなかっただろうに本当にありがたい事です。全国大会等で来県された仲間を完全燃焼でもてなすというのは、連綿と続く会の伝統でもあります。その角永君に店内をご案内いただき、熱心に木の話を食い入るように聞き入る美しき姿。 |
| 恐竜博物館の話も今日で最後。恐竜やその時代の植物にも興味津々なのですが、それと同じくらい興味があるのが、ミュージアムショップの商品について。ここに来たかった理由のひとつにその「マーケティング」もあった、なんていうと大袈裟ですが、こういう子供も大人も楽しめるミュージアムだからこそ、そこのショップでセレクトされた商品ラインナップが気になるのです。なぜなら、不遜ながらいつの日にか全国のミュージアムショップで並べていただけるような木のモノを作りたいと思っているからです。 |
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ええ、そりゃあ私だってこんな立派なミュージアムのショップで扱っていただけるなんて場違いだとは分かっています。しかし世の中には常に一定数の『マニア』というマイノリティが存在します。展示パネルにも書いてありましたが、「茎の周りに根を巻き付けて太る『変わり種』もあって、デボン紀中期に現れたシダ植物に続いて、同様に「太る能力」を獲得してきた」と。どこかで何かの突然変異が起きて新たな「価値」が生まれてくることを信じて、まずはマニアックが集まるようなミュージアムショップから・・・。 |
| 私自身も持っているある商品があるのですが、今回巡った北陸の3つのミュージアムショップのうち2か所(21世紀近代美術館、恐竜博物館)でもそれは販売されていました。そういう風になるには、そうなるだけの魅力や理由があります。今までは建築資材を主として扱ってきて、工務店さんやハウスメーカー、設計士さん、またはその先の施主さんなど、見える相手がお客さんでしたが、目に見えない不特定多数がお客さんということになると、販路は飛躍的に増大することになりますが、その分ハードルも高くなるということ。 |
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そうなるといくらマニア向けとはいえ独りよがりのものづくりではさすがに難しいのではなかろうか、いやそこで方向性を変えては何が己かなと、捕らぬ狸の皮算用。しかし、たまたまのご縁で新潟市美術館で『森のしるし』を販売させていただいたりと、昔ならば到底想像もできなかったミュージアムショップとのご縁が、ほんのわずかながら出来つつあって、強く願う思いはいつか必ず叶うを感じているところ。目の前にある恐竜たちの「亡き骸」からすれば、そんな感傷もわずかな光のまたたきであるのでしょうが、だからこそ強く輝きたいと願うのです。 |
| 恐竜博物館内には太古に隆盛を極めたシダ植物に関する展示も沢山ありましたが、今ひとつ興味が湧かないのは、それが果たして「材」となった時にどんな色合いをしているのかとか、どんな木目をしているのか、どんな表情を醸し出すのかといった材木屋的視点で木を見てしまっているからということと、基本的な植物の勉強をきちんとしてこなかったというとこに問題があると思っています。興味のあるところだけ深く掘り起こして、関心が薄い部分はほとんど手つかずというスタイルなので知識の偏り方が酷いものです。 |
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普段は多くの針葉樹に接しているものの、興味の対象としては圧倒的に広葉樹の方が強いので、ついつい広葉樹贔屓のもの言いになってしまいます。更に知識不足で関心が薄いのがシダ植物で、名前すらも覚えられず。まあ、【森のかけら】とは縁が無さそうなので仕方ないところです。ところで、そんな風に知識の乏しい太古のシダ植物に対する私のイメージは、子供の頃に見た恐竜図鑑のイラストに決定づけられています。CGなんてない昭和40年代、恐竜は想像のイラストで描かれるのが当然の時代でした。 |
| 今からみればかなりいい加減な時代考証がまかり通っていたと思いますが、誰も実物を見たものがいない想像上の姿なのですから仕方ないところですが、かなり「怪獣的要素が盛られた」それらのイラストは少年の心を萌えさせるには十分でした。そのイラストには巨大なシダ植物と思われる木々の姿が描かれていて、恐竜が跋扈した時代の森はそういうものなんだと長らく信じていました。ところが実際には、シダ植物が全盛だったのは恐竜時代のもっと前の古生代で、恐竜が跋扈した中生代は針葉樹などの裸子植物の時代。 |
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なので、本来恐竜の背景に描かれる植物はスギやヒノキやマツなのです。しかし恐竜と巨大なシダ植物がセットになったイメージが植え付けられていて、頭では理解していても逆にスギやヒノキと恐竜という組み合わせに妙な視覚的な違和感を覚えてしまいます。広葉樹は更にその後の時代になるそうで、雰囲気としては広葉樹のジャングルと恐竜って凄く合いそうなのですが、そういうのも映画などの視覚的なイメージによるものなのです。最近の映画ではそういう時代考証が改善されているらしいのですが、恐竜映画を作るのも大変な時代です。 |
| さて今日も『福井県立恐竜博物館』の話。後のこともあって、実際にはここにも1時間程度しか居られなかったので、相当に駆け足で館内を巡ったのですが、またいずれ改めてゆっくりと来てみたいと思います。とはいえ折角なので、ひとつでも多くの事を見ておこうと目を皿にしてあちらこちらをつまみ食い。恐竜そのものにも興味はあるものの、こういう場所でしか見られない「恐竜時代の森」についても興味津々。しかしこういうものって見る側にある程度の知識がなければこんな短時間では到底消化しきれるわけもなし。 |
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| また別の項では、愛媛県伊予市の市木『メタセコイア』について書きました(『メタセコイア外伝・伊予市の扶桑木』)が、太古の樹木って恐竜と同様に偏屈なマニア材木屋の心も揺さぶるのです。館内の解説文によれば、「ジュラ紀後期は、三畳紀やモンスーン的な気候がとだえた結果、世界のほとんどが均一な植生になった時代」だそうで、「やや乾燥した環境の中でもっとも繁栄した裸子植物はジュラ紀のおわりまでに現在のほとんどのグループが出揃い、巨大化した針葉樹と競うように巨大になったグループが栄えた時代。」 |
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世界のいろいろな樹種を集めていると、こうした今は無き太古樹にも思いが及んでしまいます。もしもタイムマシンがあるのならば、この時代に行って太古樹を少しだけいただいて、戻ってから『太古樹のかけら』を作ってみたい!そしたら中には時々、太古の虫が入っていたり、草食恐竜が葉を食べるときに擦れた傷や噛み跡でもあれば、それはもうジュラシック・プレミアムウッド!どうせ作れないならせめて妄想の中だけでもリストアップしてみようかしら、『森のかけら・ジュラシックウッド36』! |