森のかけら | 大五木材


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★今日のかけら・#102 【水目桜/ミズメザクラ】 カバノキ科カバノキ属・広葉樹・宮崎産

 

これはあくまでも松山で30数年にわたり木の仕事に従事してきた材木屋としての経験からですが、愛媛とくに松山市においては昔から材木屋の中で広葉樹に対する知見が浅くて、その扱われ方も杜撰でした。歴史的に広葉樹が松山でどういう位置づけだったのか知らないのですが、木材市場でのその扱われ方を見ていると、あまり興味や関心が無かったと思わざるを得ません。愛媛を代表する森林地帯・久万高原町の奥に位置する小田美川地域は紅葉の名所としても知られるところで広葉樹も豊富ですので、用材としても出材されてきた歴史はあるとは思うのですが。

戦後早くから米材の大型工場などが出来たこともあってか、愛媛では米材をはじめとする海外の大径木が入ってきて、海外の木材輸入ルートが確立されていました。そのためそれほど大きくはない国産広葉樹を手間暇かけて加工するよりは、値段も安く加工も容易な海外の大木の広葉樹に流れたのかもしれません。そもそもがスギ・ヒノキの産地ですから、広葉樹の需要が細かったのだと思いますが、市場に広葉樹が並ぶなんて事もほとんどなくて、稀に高知や岡山など他の地域から仕入れてきたケヤキサクラが並ぶ程度でした。勿論その間隙をついて広葉樹でうまく儲けていた業者もいたとは思いますが。

まだ当時は私自身が広葉樹に対する関心が低かったこともあるので、実際は広葉樹もあったのにその存在が「見えてはいなかった」だけなにかもしれませんが。まあ、そんな感じでしたので同業者間でも広葉樹の話が出ることも無く、出てきたとしてもそれに対して知見を持っている人が少なくて、先輩の材木屋に訊いてもよく分からない。まだ景気のよかった頃なので、そんな正体のよく分からない木に関わるよりもヒノキの無節の柱をいかに安く仕入れできるかに関心が集まっていた時代でもあったように思います。

競争相手も少なく例え安く買えたとしてもそれが何の木なのかも分からなければ、買ったとて売りようもないので結局スルーされることになり、その悪循環で市場にも出てこなくなったのではないかと思います。ヒノキやスギの見立てでは、ベテランの大先輩方には逆立ちしたってかなわない私としては、実はそういう木ならば勝機があるのではと思ったりしていたものの、まだ仕入れたとしても売るだけの『変態路線の販路』を切り開いてもいませんでしたし、社内でスタッフを説き伏せるだけの『屁理屈』を言える経験値も情熱もありませんでした。今、考えるとモッタイナイです。

それでもそれが何の木か知りたくて同業者の先輩たちに尋ねても明確な回答は得られず。出品した山元ですら「広葉樹」、あるいは「雑木」としか認識していない(それ以上細かく分類表示する意味もなかった)程度の扱いでした。それでも呼び名も無いと面倒なので、サクラっぽい雰囲気のモノはほぼ『ミズメ(ザクラ)』と呼ばれたりしていました。これとこれだと同じミズメ(らしい)でも質感がかなり違うように見えるんですが・・・」、「ミズメにもいろいろあるから(適当)。」樹種にこだわりを持つような時代ではありませんでした。明日に続く・・・

 




多感であった高校生時代を映画館の無い街で過ごしたため、映画の情報誌だけは擦り切れくぐらい読み込んでいたので、自分の中の『妄想映画館』ではいろいろな年代のさまざまなジャンルの映画が常に上映されていました。昔は今以上にテレビで邦画洋画とも結構放送していたので、眠い目をこすりながら深夜放送の映画も観て、感想を鑑賞ノートに記録していました。思えばそれが【今日のかけら】の萌芽だったのかも。特に60年代から90年代の作品については、実際に観てはいなくてもタイトルや出演者、大まかな内容ぐらいは大体分かります。このブログもそこから感化される事も多いのです。

それが今回は、ブログを書いていてある1本の映画に繋がりました。いつもは先に映画ありきで、そこからいかに木と絡めるかなんて考えたりするのですが今回は逆パターン。オランダの木靴がポプラの木で作られているという話を書いていたとき、「木靴の材料の木」としていろいろ資料を検索していたら、出てきたのが1970年代後半に作られた『木靴の樹』というイタリア映画。実はこの映画を観たことは無くて、情報としてしか知りません。なぜ知っているかというと、この作品は有名な俳優も出ない、田舎の農村が舞台という超地味な内容ながら、カンヌ国際映画祭の最高賞であるパルムドールなどをはじめ多くの賞を受賞していたからです。特にカンヌのパルムドールは、この翌年にコッポラの『地獄の黙示録』が、更にその翌年には黒澤明の『影武者』が受賞したため、歴代の受賞作品のリストを何度も何度も目にしていたので、それらのスケールのでかい超大作とは対極的な小作として『木靴の樹』の事が気になっていました。

『木靴の樹』は、19世紀末の北イタリアの農村に暮らす4家族の日常と美しい風景を、自然光だけで描いたヒューマンドラマで、ドキュメンタリーのようなリアルな描写と、貧しいながらもたくましく生きる登場人物たちを捉えた人間賛歌という内容で、殺人事件や怪物の襲来などということとはまったく無縁の作品。その解説を読んでも、あまりに地味な内容に、若かった私の食指はピクリとも動きませんでした。もちろんその当時は材木屋になろうと考えても無い頃で、木靴に関心なんて一切ありませんでした。あれから40年、私も馬齢を重ね、ひとの親となりました。

農作物の栽培や家畜の飼育などに汗を流し、教会へ通い、子供が生まれたり結婚したりするなか、ある悲劇が起きます。ミネク少年の大事な木靴が割れてしまう。 村から遠く離れた学校に通う息子の為に、父親は河沿いのポプラの樹を伐り、 新しい木靴を作ろうとするが、そのポプラは彼らの領主のものであった・・・。若い頃ならそれがどうしたと感じた話が、齢50を越えた今、この話を書いているだけでも、当時の時代背景、彼ら家族の置かれた環境や不条理、ミネク少年の悲しそうな顔、もしも自分がその立場ならといろいろな思いが交錯して涙が溢れそうになります。

そもそもポプラの属名であるPopulusは、もともと『民衆(Popular』の意味で、かつては家ごとにポプラの樹が植えられていたことに由来しているので、映画の中の『ポプラの木靴』というのは、本来庶民のモノであった自由が権力者側に奪われてしまったことの象徴として描かれているのだと思います。1足の靴さえも自由にすることの出来ない彼らの悲しみが、出会いから40年も経ってようやく感じられるようになってきました。機会があれば是非観ようと思います。これもポプラの木靴のお陰。木は暮らしの中でもっともポピュラーな素材。社会の入口であり、出口でもあると改めて感じましたのです。

 




という事で、今のところ木材としてのポプラの販売実績も少なく、たいした知見も無いので、これを契機にポプラの板も集めてみようかと思っています。しかし皮肉なもので、いざ集めようとすると、今まではあれほど市場に転がっていて安値で落札されても気にもかけなかった木のが突然見かけなくなってしまったり、製材や商社に問い合わせてみても入荷の見込みが無いなどと、探せども探せども巡り合えないなんてこともしばしばあります。まあ、木の方からすれば、以前はあれほどこちらが「旦那、買ってくださいよ。いい杢出ますよ~」なんて秋波を送っていたのに・・・


今更会いたいなんて何都合のいいこと言ってんだい!てな感じなんでしょう。こういうのを私は『木に嫌われた』と言っています。木との出会いも一期一会なので、そのときどきで出会える木を大切にしていかねばと、頭では理解しているつもりなんですが・・・。ところで、『ポプラ』を積極的に取り扱わなった理由にはもうひとつ、その在所にあります。これはポプラに限ったことでなくて、【森のかけら】を作る際に自分の中でかなり悩んだところなのです。つまりその木は国産かそうでないか。日本の木と世界の木のどちらのカテゴリーに含めるべきかという事

 

これが公的研究機関が作っている学術的な研究品とかなら非常に重要な問題(いやむしろそうであればそういう区別は意味がないのかも)なのでしょうが、所詮市井の偏屈材木屋が独断と偏見で産み出した商品なので、そこは『自分ルール』でいいのだとは思っています。が、変なとこだけ几帳面で融通の利かないA型ゆえ、気になってしまうのです。原産が東欧(外国)であるが、日本で発芽して成長して材となって木ならば、それは国産材と分類していいのではないか。結局【森のかけら】ではポプラは日本の木のカテゴリーに加えています


同じように悩んだ木としては他にも、『メタセコイア』や『チャンチン』があります。ずらりと並んだ時に感じる違和感は、漢字で表している国産の木の中で目立つカタカナ表記。それでも、ポプラに比べてその2樹種にそれまでの抵抗を感じなかったのは、その2種の立木がたまたま私の近くにあったりして、よく目にしていたため。つまり「立ち木として日本で育ってる姿を自分の目でよく見ている」というのが、私の中では思いっきりカタカナ表記の原産地外国の木だけど、日本のカテゴリーに入れちゃってもOKという免罪符となっているわけです。

ポプラに少なからず感じる抵抗感は、実際に立ち木を見たことが無いという点。つまり最初に書いた「馴染みの無さ」が、私の中でポプラを曖昧な存在にしてしまっているのです。写真のポプラは、『ヨーロッパポプラ』として仕入れたものですが、ヨーロッパから丸太を仕入れて割ったわけではなく、国内で育ったヨーロッパポプラの丸太を製材して板にしたもの。これを「国産の木でテーブルを作りたい」というお客さんに薦めるには、私の中で小さな抵抗を感じてしまうのです。だからもう、ワールドワイドな現代において国産とか外材とか細かいこだわりや小さなくくりはもういいじゃないかと、われらは皆、宇宙船地球号の乗組員なのだから!地球の資源を大切に楽しんで使おうぜ!なんて考えてしまうのです。ちなみのこのヨーロッパポプラは仕上げ加工までしていて、すぐにテーブルの天板に使える特価品です!

 




ポプラが私を疎遠にさせる最大の理由は、今までのポプラに対する馴染みの薄さと、そこからくる生い立ちの煩雑さ。そこまで複雑ではないものの、その立ち木や材を見た経験が、他の木に比べたら圧倒的に少ないことに起因してます。ポプラは、ヤナギ科ヤマナラシ属に分類される落葉高木ですが、その仲間にはおよそ30ほどの種や亜種があります。【森のかけら】の240種の中に加える際にもポプラをどう扱うかについてはかなり悩みました。私がここでいうポプラは、学名Populus nigra. var. italica(ポプルスニグライタリカ)、和名だと『セイヨウハコヤナギ(西洋箱柳)』。

欧州、中央アジアが原産地ということで、別名は『イタリアヤマナラシ』。「ハコヤナギとヤマナラシ?」と既にここで何か違和感を覚えるのですが、更に一般的には『ポプラ(白楊)』と呼ばれることが多い。???愛媛に住む私のイメージだと、ヤナギといえば『シダレヤナギ(枝垂れ柳』なので、そもそもハコヤナギがイメージしづらい。しかもその樹形が似ているとかならともかく、樹形もまったく違います。ポプラといえば北海道大学農学部のポプラ並木のこと、と言われても、初めてその風景を見たときも違和感しか感じませんでした。材としてのポプラ材に出会うのはそれから少し後のこと。

ポプラ独特の瘤杢は、今でこそ私好みの絶好球ですが、初めてそれに出会った頃のまだ若くて純真だった私にとっては、あまりに個性が強すぎて受け止めることが出来ませんでした。世界的にはポプラといえば、北海道大学のポプラ並木を構成する木の事を指すようです。原産地とされるヨーロッパ(現地ではクロヤマナラシの栽培品種ともいわれるそうですが余計にややこしい)から移入された外来のヤマナラシ属の木が、品種改良などを経て日本の環境に馴染んで公園や街路の緑化樹として定着して、それらが一般的に『ポプラ』と呼ばれているのだとか

全国各地で植栽されているので愛媛にも生えているはずなのですが、街路樹のポプラの立ち姿を見た(認識した)記憶が無いので、自分で書いていてもイメージしづらい・・・。テーブルサイズのポプラはいくらか在庫があるので、実例の出口も撮ろうと思えば撮れるのですが、生い立ちについてはまだよく整理できていません。立ち木のポプラに会えた時にでもまた詳しく書きたいと思います。とりあえずは『今日のかけら』として入口だけは開いておこうと思いまして。

 




昨日の話の続きですが、私が乗り気にならない木というのは、面倒くさがりで複雑な話が苦手という私の個人的な感覚だけで、木には何の罪もありません。それについてはただ申し訳ないと思うばかりなのですが、何かのきっかけで急激に興味が湧くようになるかもしれないので、これもご縁。さて、今回取り上げた『ポプラ』という木が、私にとっていまひとつ乗り気になれない、関心薄き木のひとつなのです。ポプラとご縁が少ないというわけではなくて、今までにこのブログにも何度か登場してきました。

しかもブログを読み返してみれば、かなり早い時期に『ルイ・ヴィトン社の鞄の素材ビーバーの好物の木』としてポプラは登場してきています。しかしその際にもそこで『今日のかけら』として取り上げることは避け、先送りにしてきました。これはたまたまではなく意識的にそうしたのです。ポプラという木が大五木材に無かったからというわけではありません。森のかけらを作り始める際には、少量ですが既に数枚のポプラの耳付き板の在庫はありました。にも関わらずつれない態度をとってきた理由。1つは、やわらかい事。もう1つは生い立ちがややこしそう

まさにポプラにとっては全人格を否定されたような失礼な話で本当に申し訳ないのですが、こういうのって感覚的なものなので、前述したように何かの契機で劇的に好きになってのめり込むかもしれないので、その時にはよろしくねの心境です。まず、あまり軽い木というのは、出口がありそうで少ない。ポプラはかなり軽軟なのでその特徴を生かして(肌目が白いというのも利点)、マッチ棒の軸木爪楊枝などにも利用されてきました。しかしいずれも近年急激に生産量が減っているうえに、大五木材ではその加工をすることは出来ません。

ポプラには独特の『瘤杢(こぶもく)』が出るので、カウンターやテーブルなどの家具に使われますが、材質的には軟らかいので、オイル仕上げの場合にはそれなりの覚悟は必要になります。その点については弊社にはライトウッド・フェチさんも多数ご来店されますので、そういう場面で活躍してもらいます。しかし瘤杢はある程度の面積あってこそ。小さなノベルティ商品に加工するには、軽軟すぎる木は毛羽立ちが出やすく、瘤杢はあまり小さくなると魅力半減。とはいえ材としては出口はあるし、使い方次第では面白い木です。問題は・・・

 




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