森のかけら | 大五木材


当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
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招かれざる客』から転じて生き物→家紋『森のしるし』の話の続きです。台木にはなるべく触感の滑らかな木を、しっかり磨いて使うようにしているのですが、いくら磨いても相手が紙ではなくて木なので全体に強く圧をかけて押す必要があります。治具を使うとどうしても力が均等に入らずに紋がかすれたり滲んでしまうので、結局最後は自分の「感覚頼り」。最初の頃はなかなかセンターが出せれなくて随分失敗しましたが、人間の感覚の素晴らしいところは微妙なズレを修正していく学習能力、体が覚えるというヤツ

『森のしるし』も販売を始めた当時は、「家紋のマグネットなんか売れるものか・・・」と周囲はかなり冷淡で懐疑的でしたが、蓋を開けてみると多少時間はかかったものの、企業ノベルティなどに採用していただいたりして、お陰で販売開始以来累計で販売個数はあと少しで20,000個にを達します。つまり在庫も含めると今までに20,000個以上の家紋を押してきたことになります。えらいものでそこまで繰り返して同じ作業をしていると、精度も上がり失敗も少なくなって今では「スタンプ職人」と自負できる域に近づきつつあります。

こちらは、いつもお世話になっているミセスホーム㈱さんの30周年記念品として作らせていただいたシンボルキャラクター『ミセルン』のマグネット。オンラインショップで販売している『家紋シリーズ』に比べるとひと回り小さい台木(直径40㎜)を使用しています。明るめで年輪のくっきりしている方が『モミ(樅)』で、やや灰褐色で年輪が不明瞭なのが『ヨーロッパビーチ』です。今回はレーザーでのご指定でしたが、味わいや緻密さなど、レーザーとスタンプにはそれぞれの良さがあるのでうまく使い分けていただきたいです。

台木についてはあらかじめ数種類のストックがありますので、デザインを決めていただければこうして企業ストラップの制作のさせていただいております。当初試験的にいろいろな樹種で台木を作ってみたものの、スタンプとの相性(いくら磨いても油分の多い樹種はスタンプのノリが悪い)や色目の問題(濃い色の木肌だとスタンプと色がかぶる)などがあって、ほとんど世に出なかったブビンガシラカシなどもあります。これからサイズの見直しやマグネットの変更などを行うため旧仕様のものを店頭で廉価で販売する予定




蛇が事務所に迷い込んだ話の続編。とりあえず事務所からは出てくれたので、夜に事務所で独りデスクワークをしていて、足元がムズムズすると思って足元を見るとそこに大きな蛇がとぐろを巻いていたっ~!なんて映画『スネークフライト』みたいな事は回避できたようです。二度と事務所に迷い込まないことを願うばかりですが、へたれな恐怖心が蛇の大きさを異常に増幅させ、私の脳内ではアナコンダ並みの大きさに成長してしまっています。実際は長さ1m前後で、大きさもOKサインの輪ぐらいの青大将・・・

私の田舎では、家に現れた蛇は縁起がいいとか、家の主だからいじめたり追い払ってはいけない(何もしなければ向こうから噛みつくこともない)と言われていましたが、そうは思っていてもリアルな蛇を見るとどうしても気持ち悪さが勝ってしまいます。ところでリアルな蛇はNGですが、これが映画だったり図形化されたりするとまったく問題なくて、興味すら湧いてくるので自分でも呆れるほど。そんな蛇ですが、うちの商品ともわずかな接点があります。それが、日本の家紋を使った『森のしるし』です。

これは家紋をスタンプした木製のマグネットですが、人気が高いのは戦国大名シリーズ。現在のところ戦国大名シリーズは第三弾まで出来ています。勇猛な武将の家紋は、少年・歴女に人気です。その中に「肥後の虎」として知られる勇猛果敢な武将・加藤清正がいます。加藤清正が使っていたのが、蛇の目をデザインしたその名も『蛇の目紋』。同じ加藤姓でわが松山城を築いた加藤嘉明も同じ蛇の目紋を使っていたらしいのですが、当時は武将はいくつかの紋を使い分けていたらしく、悩んだ末に加藤清正はもうひとつに『桔梗紋』に。

蛇の目紋を使わなかったのは蛇が嫌いだからというわけではなくて、そのデザインに拠るもの。というのも、『森のしるし』はゴム印を手押しでスタンプしているのですが、丸い台木に丸いデザインの家紋印を押すというのは想像以上に難しいものなのです。家紋には紋を丸く囲んであるデザインが多いのですが、台木の丸と紋の丸のふたつが重なると、わずかなズレでも非常に目立ちます。最初は台木のセンターが出るように治具も作ってみたのですが、これが思いのほか具合が悪くて早々にフリーハンドに切り替えました。




ところで、これも『引き寄せの法則』なのかもしれませんが、その後思わぬところでシャリンバイに遭遇することになりました。それは、道後で日用品・台所用品・雑貨などを販売している『BRIDGE さんに行った時の事。店主の大塚加奈子さんは『えひめのあるくらし』のメンバーであり、人気商品『丸いまな板』をコラボしています。それを納品に行った際に思わずシャリンバイと遭遇!それがこちらのシャリンバイのドライフラワー・リースです。この美しいリースを制作されたのは二名良日(ふたなよしひ)さん。

このドライフラワーのリースは、『草輪 Wreath』という作品で、シャリンバイの他にもネコヤナギやロウバイ、タケ、モミなどが展示されていました。初めて拝見したのですが、その造形美に体全身に電気が走ったような衝撃を受けました。これは・・・素晴らしい!いろいろな小枝と葉と実で作られているのですが、これも『森の出』の1つのカタチ。今まで200種類を超える材を扱ってきたものの、その対象は幹であり、その先にある小枝や葉、実については、興味はあったもののモノづくりの対象とは考えていませんでした。

正直やられた~という気持ちと、発想の面白さから軽い嫉妬を覚えながらジックリと拝見させていただきました。その後、二名さんのホームページを拝見すると、四季ごとの美しい草輪がズラリと並んでいました。嗚呼、ダメなんです。こういうワンスペックの多品種にもの凄く弱いんです。BRIDGEさんに伺った時には、入荷した結構時間が経過していたらしく、いい感じのドライフラワーになっていて枯れた味がでていたのですが、入荷時はまだ葉も瑞々しくて美しい緑色、実も青かったようでその経年変化の様子も素晴らしい!

ビーバー隊長と出会ったから私の中のストライクゾーンも徐々に広がってきました。それまで反応もしなかった(私にとってのボールコース)にも体がピクッと動くようになり、時々手が出るようになりました。まだなかなかヒットゾーンには運べないものの、打てる球が増えたことは素直に嬉しいし、こちらの打ち方も進化しているような気がします。たぶんビーバーハウスでシャリンバイの木を見ていなかったら、BRIDGEさんで草輪のリースを見てもここまでの感動はなかったはず。見えなかったものが見えてくるって楽しい~!




★今日のかけら番外篇・E031シャリンバイ/車輪梅】 バラ科シャリンバイ属・広葉樹・三重産

Rhaphiolepis indica var. umbellata

ビーバー隊長の素晴らしいところは沢山ありますが、その中のひとつにストライクゾーンの広さがあります!それは恐ろしいほどに広くて、広葉樹中心に針葉樹、街路樹、低木、灌木何でも来いです。ビーバーメンバーの『熊鷹』こと柳田国男さんと日々材の捜索には余念がありません。『木に貴賤なし』がモットーのお二人は様々な木を『救出』されるのですが、中にはこういう木もあります。バラ科の『シャリンバイ(車輪梅』。私の中では製材する木という認識すらありませんでしたが、まさかこういう形で巡り合うとは!


名前こそ知っていたものの枝をまじまじと見るのは初めて。誤解を恐れずに言うならば、この木にどれほどの特徴があるのかというのはビーバーにとってはあまり意味がありません。シャリンバイという種類の木が今ここにあるということこそが肝心なのです。一体全国でどれだけの人間がシャリンバイの木を探してきて製材しようと思っているのか。日本植物学の父・牧野富太郎博士によると、「梅のような花が咲き、枝葉が密集して輪生状に(車輪のスポークのように)出るからである」と、その名前の由来を説明されています。

分布域は東北南部より以南ということで愛媛県にも分布しています。日本一細長い半島で知られる愛媛の佐田岬周辺では、『ハマモッコク』の名前でも親しまれているそうです。これは先に『モッコク(木斛』という木の説明をしておくべきなのですが、それは項を改めるとして、浜辺の山に生えるモッコクという意味です。どちらも常緑で、葉が厚くて表面に光沢があり、その特徴がモッコクに似ていることが名前の由来だそうですが、材質はどうなのでしょうか。まだ挽かれていなかったので、その中身が気になるところです。

乾燥や大気汚染にも強く、よく刈り込みに堪えることから道路脇の分離帯や街路樹にも植林されているそうですが、幹や根にはタンニンが含まれていて染色用の染料にも利用されます葉には消炎作用があり、潰瘍の腫を煎汁で洗浄する他、打撲傷に用いられたりもします。なるほど低木ながらいろいろ利用価値のある木のようですが、材としての用途については硬いので木槌に使われるというぐらいで、他にはほとんど記述が見当たりませんでした。やはりそうなると、【新・森のかけら】の1つに加えねばなりますまい!




ビーバーハウスは昔からビーバーハウスであったわけではありません。ごく普通のまっとうな製材所時代もあったそうです。隊長(武田誠さん)から訊いたところ、昔は水力を動力源とした水車製材所だったそうで、その当時の貴重な写真を見せていただきました。当然今はその設備はありませんが、武田製材さんが昔からこの土地で木の仕事に関わられた事が伺えます。昭和の初め頃まではこの水車を使って製材していたということでしたので、隊長の先代か、先々代の時代でしょうか。

武田製材がビーバーハウスと呼ばれるようになったのは、現社長の隊長(武田誠さん)の時代からではあるものの、隊長とて最初からビーバーだったわけではありません。逆に驚いたのですが、ビーバーになったのは今から7、8年前の事で、それまではスギなどの針葉樹で梱包材を挽かれる『時間と競争する納期厳守』の製材工場だったそうなのです。今の状況からは想像もできないのですが、驚かされたのはその事よりもわずか7、8年でここまでになったビーバーの破壊力!?

1年365日のうち正月を含んだわずか数日だけが心休まる日々で、毎日が迫りくる納期との争いで、5,6人の社員の方々と一緒に梱包材を挽かれていたそうです。やがてその反動から、ビーバーへと生まれ変わっていかれるのですが、その当時の土場を写した写真を見ると、そこには梱包用のスギの丸太が並べられ倉庫にも整然と梱包材が積み上げられていて、現状とのあまりの変貌ぶりに笑いそうになってしまいます。人間、やる気になれば短期間でここまで変われるものか!?

ビーバーハウスの土場や倉庫では挽かれた材に、小さな木の板が打ち付けられ木の名前や挽いた日付などが書かれています。挽く材がかなりマニアックなものが多いのと、その数も100種を超えているので、さすがに名前を付けておかねば分からなくなってしまうためですが、これすべて隊長が自ら行われていて、その仕事ぶりは実に几帳面。何の端材だったかすぐに分からなくしてしまう雑な私には到底真似ができません。本来ビーバーはこうでなければなりません。それにしてもそれらの名前を目で追うだけでも食指が動く~!




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