森のかけら | 大五木材


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★今日のかけら プレミアム004オリーブOlive モクセイ科・広葉樹・スペイン産

さて本日は昨日に続いてオリーブの話ですが、ちなみに【森のかけらプレミアム36】に入っているオリーブはスペイン産のものですが、ここでお話しするのは小豆島で育った国産オリーブの話です。まずは小豆島とオリーブの歴史について。四国に来られたことのない方には小豆島がどこにあるのか分かりづらいかもしれませんが、瀬戸内海・播磨灘にある島で、香川県小豆郡に属し、小豆島町、土庄町の2町からなり、人口は3万弱。淡路島に次いで2番目に大きな島です。

こ の島がなぜオリーブの産地になったかというと、今から100年と少し前の明治41年(1908年)に、当時の農商務省がアメリカから輸入したオリーブの苗木の試作をするために日本で3か所が選定されました。なぜそれらの場所が選ばれたのかというと、オリーブの原産地のイタリア、スペイン、ギリシャなど地中海地方に似た温暖な気候の場所であるということと、小豆島については当時沢山獲れたニシン(鰊)をオイル漬けにして輸出する狙いもあったとか。小豆島以外の2ヶ所は鹿児島と三重。

その後、小豆島以外の地域ではオリーブがうまく育たず栽培を断念。小豆島の環境にはうまく適応したようで、順調に生育し、大正時代の初めの頃には搾油ができるほどに地域に定着したのだそうです。栽培農家の努力もあって、その後栽培面積も増えて、昭和29年には県花、昭和42年には県木にも指定されています。しかし昭和34年の農産物自由化以降は、スペインなど海外から安価なオリーブ製品が輸入されるようになって厳しい価格競争の波に飲み込まれることに。

当初考えていたニシンのオイル漬けも、漁獲環境が一変して激減します。ちなみに明治30年には国内の鰊の漁獲量はおよそ100万トンもあって、海藻なども含めたあらゆる漁業の総漁獲量が174万トンだったので、全体のおよそ6割をニシンが占めていた計算になります。個体数で換算すると、約30~40億匹という天文学的な数字!しかしその後ニシンは急速に獲れなくなり、「あれからニシンは どこへ行ったやら ~♪」と石狩挽歌で歌われたように激減の一途を辿ります。




徳川埋蔵金発掘の話を書いていて久々に熱くなってしまったのですが、そこには勝者によって書き直された歴史の裏側を見てみたいというひれくれた気持ちがあるからです。歴史は常に勝者によって書き換えられていくもは定説ですが、その書き換えられ抹殺されたはずの真実の歴史は、稀に後世になって表に現れることがあります。それをごく間近で体験したのは、数年前に発刊されて大きな話題となった、明智光秀のご子息によるご先祖様の名誉の回復、『本能寺の変の真実』

 

 

詳しくは明智憲三郎氏の本を読んでいただければと思うのですが(「本能寺の変・431年目の真実」)、こういう歴史の発掘は大好物なのです。ケネディ暗殺事件の真犯人とか、当時の関係者がすっかりいなくなってようやく明かされる往時の資料なんて話は多々あります。あるいはネッシーの写真のように、当事者が死を目にして心の呵責に耐えかねて暴露するパターン。それらもどこまでが本当でどこまでが盛られたものなのか分かったものではなにのですが・・・それも現実。

 

 

そうやってかつては信じられてきたものがひっくり返されることが最近多くあります。科学的な検証によって解明されたものもありますが、分かってほしくないというものもあります。そのひとつがUMA(未確認生物)。正体がわからないことこそが価値でありロマンなので、その正体が暴かれた時点で商品価値は無くなります。同時にロマンも消失するわけで、解明ギリギリで謎を残すというのがロマンを追い求める者のマナー。一方で、伝説や伝承が科学的に証明され箔がつくことも。

 

 

そのひとつが、ノアの箱舟伝説。今さら説明するまでもありませんが、かつて創造主たる神が、古代の罪深き邪悪な人々を大洪水によって滅ぼした時に、箱舟に乗ったノアとその家族や動物たちだけが生き延びたというもの。架空の神話と思われてきたこの伝承ですが、さまざまな調査の結果、これが実話であったことを裏付ける多数の証拠が発見されたのです。物的証拠のひとつとしてもっとも有名なのは1959年にトルコのアララト山付近の谷で発見された木材の巨大な構築物。続く・・・




全国大会から一夜明け、北信越で迎える4日目の朝。もうこのままずっと北信越で暮らすことになるのではなかろうかと思えたほど濃密でディープな旅でした。とりあえずこれで、当初もくろんでいた仕事に関するミッション(行くべくところ、会うべきひと)はほぼ終了。残すは、趣味と実益を兼ねた日曜日の観光。最後の一日は移動も含めて開けておいたので、体調や時間の都合で行ける場所を3つぐらいに絞り込んでおりました。ですが、その前に行っておかねばならないところがあります。そう、あの金沢駅前の『鼓門』です!

金沢に到着した日はすっかり夜のとばりもおりた時間帯、土地勘も無く人影もまばらな中、宿泊するホテルに近い方に出てしまったため、この鼓門を見ることが出来ませんでした。さすがにこれだけは見ておかねばならないと、これだけを見るために金沢駅に。思えば、この鼓門を見る機会は8年前にもありました。それが前回、金沢で開催された木青連の全国大会。それまで全国大会には皆勤賞であった私でしたが、その年の5月に父親である前社長が亡くなり、全国大会への参加は取りやめました。

それから、いつか行きたいと思っていた金沢への思いが8年後に結実。しかし今考えれば、その当時は村本さんや四住さん、角永君たちとも今のような濃密な関係が出来ていなかったので、その時に金沢を訪れていたとしても今回のような充実した旅にはなっていなかったように思えます。その時にはその時なりに感じるもの、得るものもあったでしょうが、その8年という時間があったからこそ、今回の北信越の旅が非常に内容の濃い、思い出深いものになったのだと思うのです。長い時間かけて望んだものにはそれなりの味わいがある。

世界で最も美しい駅14選の6位に選出された(アメリカの旅行雑誌「トラベル&レジャー」のWeb版)『鼓門』の異形に圧倒された後は、『ダグラスファー(米松)』で作られているとの事。さすがにここまでは『能登ヒバ』信仰は及んでいなかったかと思ったら、新しくなったコンコースの柱の包み板の集成材に能登ヒバは使われているとのことで、さすがです。それでこの後、帰り便は後輩たちの車に乗せてもらうことになったのですが、折角なので福井の観光地にでも行ってみようかということになって、福井といえば『永平寺』、『東尋坊』・・・




20160920-1気持ちばかりが焦ってなかなか倉庫改革が進まないので、長い間倉庫を温めていただいた商品群には強制的に後塵(新たに入ってくる商品たち)に道を譲っていただいております。以前であればそれでもなかなか「卒業生」たちを選抜出来なかったのですが、『モザイクボード』や『誕生木ストラップ』をはじめとする小さくて細い端材の『出口』がある程度確立できたことと、次世代の有望な新人たちの入学(市場でのまとまった仕入れ)も見えているので、大鉈を振るっているところです。

 

20160920-2その中の1つが、今までもこのブログや『適材適所』で幾度も有効な活用方法を呼び掛けてきた、東南アジア原産のゴニスチラ(ジンチョウゲ)科の大径木ラミンの丸棒。当ブログでは2009年に一度取り上げたものの、その後ぽつぽつと売れていったものの、まだまだまとまった数が残っているためと、前述した事情のために現在特別価格での販売を行っております。通常であれば最後の最後まで『出口』を探すものの、このラミンにはやんごとなき事情があるため特別放出。

 

20160920-3その理由はブログでも書きましたが、2001年にワシントン条約によって、絶滅する危険性がある種に指定されたからという事と、ラミンの生育地がワシントン条約で絶滅する危険性がある種に掲載されている野生動物、オラウータンの生息地でもあるから。今後日本に入ってくる可能性が無い木であるため、頑張って出口を作っても弊社の在庫が終われば出口は閉じられる運命にあります。弊社の在庫はそれは、ラミンが輸入出来なくなるので廃業された木材屋の倉庫にあった在庫品。

 

20160920-4現在あと4000本ほどになっています。最初はかなりの数があったのですが、それでも結構減りました。中には多少青染みブルースティン)やカビが発生しているものや小傷があるものもありますが、腐ったり使えないレベルではありません。サイズは、長さ600☓直径24㎜(多少誤差あり)。今でも10本単位ぐらいでは日々売れるものの、倉庫整理のためにも最低500本単位での特別価格を打ち出しています。500本単位で、1本¥30。つまり500本で¥15,000です!

 

20160920-5ただしこれは弊社でのお引渡し価格で、消費税・送料は別途です。取りに来られる場合はこの値段で大丈夫ですが、遠方に送り届ける場合は別途送料が必要になります。金額は安いものの、結構かさばるのと重さがあるため、地域によっては送料がかなり高くケースもあると思われます。送料は場所とボリュームにもよるので、あくまで実費。場所と量を教えていただければ大体の金額は算出しますが、在庫数に限りがあるため、取り置き等は出来ません。在庫売り切れ次第終了となります




もく遊りん』さんの店内には木の素材もふんだんに展示販売されています。仕事柄どうしても完成品より耳付き板など素材の方に目が向いてしまいます。店内の一角には綺麗に仕上げられたブラック・ウォールナットウェンジなどの外材から各種国産材までの幅広の一枚板が陳列されています。村本さんによると、昔は石川ではほとんどこの手の外材は流通されることもなく、需要もなかったそうです。加賀百万石の質実剛健な武士文化を伝統的な国産材が支えた慣習が永らく継承されたのでしょうか。

 

 

 

それこそ村本さんが県外から各国の外材を仕入れて地元で販売するようになってから、徐々に石川でもこの手の外材に需要が生まれた、いや需要を作ってこられたようです。その後、もく遊りんさんなどでも取り扱われるようになって、急速にシェアが広がったという事ですが、現状は羨ましくなる在庫の充実ぶり。店内にも買って帰りたくなるような材があちこちに展示してあります。こちらにも縞柄の美しい『クロガキ』の薄板がさり気なく置いてあったり。

 

 

 

中でも、私がもっとも羨ましかったのは飾りっ気なく置かれてあったこれらの板。興味の無い人にとっては、ただの小幅の薄い板としか見えないでしょうが、実はこれらは『フルーツウッド』の耳付き板です。『フルーツウッド』という言葉は、三重県の雑木探検隊の武田誠隊長柳田国男副隊長によって結成された『ビーバー雑木隊』の中から生まれた造語で、今まであまり利用されることの少なかった果樹系の木を指しています。そんな隊長が集めた木の一部がここに・・・!

 

 

 

実はここに来る少し前に、村本さんから話を伺っていて知っていたのですが、実は武田隊長とは私の方が先行して知り合っていて、材も分けてもらっていたのですが、角永君と一緒に材を仕入れるために三重方面に出張していた村本さんが、たまたま次目的地にショートカットするため通った道沿いに武田隊長の工場があって、偶然立ち寄ったのです。私もまだ工場には行ったこともないのに。しかも角永君は完全に棚からぼた餅のはず。そんなフルーツウッドがここに!!

 

 

 

私もビーバー雑木隊の一員に加えさせていただいているのですが、会員でありながらいまだ武田隊長の工場詣でも出来ていないのに、紹介した非会員に先を越されて工場詣でをされるとは・・・。もう自分が情けないやら悔しいやら。これは早いうちに隊長の処に行っておかねば。ところで、店内にはこういうった素材やクラフト商品以外にも、植物性オイル薪ストーブなど木に関するあらゆるアイテムが揃っています。ここでとりあえず1日目の工程は終了です。





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