森のかけら | 大五木材


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20100915 日本三景「飽きぬ宮島」・・・一幕①折角広島まで来たのにこのまま帰る手はないと、翌日は日曜日でしたので朝から安芸の宮島に行って参りました。宿泊したホテルは広島市内で、スパージェットで来ましたので当然移動手段は電車になります。電車で片道30分ほど掛かります。仲間を誘うと皆用事があるらしく、早々に引き上げるとの事。私はこういう機会があると必ずその地の名所を廻るようにしています。またいつか来ればいいと言う人もいますが、案外近くても思いつきが悪いと来れないものです。逆に1度来た事がある場所の方が、次また家族で来る時など思いつきやすいものです。人生は長いけれども、時は短い。今観れるモノは今観て、今行ける所は今行っておきたいのです。今、この年齢でしか感じ取れないもの、この年齢でしか味わえないものもあると思うから。何もせずとも時は過ぎていきます。とにかく百聞は一見にしかず、です!

 

20100915 日本三景「飽きぬ宮島」・・・一幕②という事で宮島に向かったのですが、同伴者は久万銘木井部勇治君。こういう想定外の道中には必ず隣にいるのが彼です。そういえば前回の日木青の大阪大会の時も二人で、通天閣と串カツを堪能しました。もっと昔の名古屋大会では、前日にナゴヤドームで野球観戦、山形大会では途中福島の材木店廻り等々、思い起こせばよく二人旅をしたものです。井部君とは同時期に互いがそれぞれの会社に就職して、もう20年来の付き合いで、ある意味一番腹を割って話せる気兼ねのない友人です。こういう誘いには必ず乗ってきます。ありがたい!

20100915 日本三景「飽きぬ宮島」・・・一幕③行くと決めているので例え一人でも行くには行きますが、どうせなら二人の方が楽しいし、同じ木材関係の人間ならば尚楽しいじゃありませんか。こういう人が一堂に集う大会の楽しみって、本番の前後を自分でどうカスタマイズする事じゃないかと思うのですが。人それぞれ嗜好は違いますので強要もしませんが、今知っておかねば年老いて知っても役に立たない事もあります。出来るだけ可能な事はやっておきたいものです。宮島も三度目でしたが、材木屋として本気で意識して観たのは今回が初めて。

20100915 日本三景「飽きぬ宮島」・・・一幕④ただ漫然と観光するのではなく、目的意識を持って観ると、今まで観えなかったものも観えてきます。年齢に応じて趣味や嗜好も変わってきてますので尚更ですが、昔は寺院などにほとんど興味もありませんでしたが、自分でも不思議なくらいです。フェリーで5、6分もすると宮島に到着。3台のフェリーが引っ切り無しに観光客を運んでいますが、そのせわしなさになぜか映画「宇宙戦争」の船の避難風景が浮かんできました。次から次へと島に人が送り込まれていきます。

 

20100915 日本三景「飽きぬ宮島」・・・一幕⑤中でも外国人観光客の姿が非常に目立ちます。なにしろ『世界文化遺産』ですから!立派な『欅(けやき』の綺麗な杢目の看板が掲げられていました。こうして見ると、欅の力強く風格のある杢目は如何にも看板に適していますね。またそこに筆文字がよく似合ってます!弊社では今、小ぶりな欅の耳付の看板板を多数揃えていますが、耳なしのストレートの板も品があって雰囲気が締まります。杢目次第ではありますが、欅は大柄な根杢もそれなりに味が出ます。これは本物の看板ですが、世界遺産というワールドワイドな看板はやっぱり強いですね~。それにしても掃除が行き届いていて、朝1番だったとはいえ島に降りてからゴミひとつ見当たりませんでした。指定を受けていろいろ厳しい指導でもあるのかもしれませんが、周辺のお店も実に整然と陳列され、有名観光地に比べると随分上品に感じられました。

 

20100915 日本三景「飽きぬ宮島」・・・一幕⑥まだ時間が早かったので観光客が少なくて良かったです。好きな角度から好きなだけ写真を撮れました!まあ、どこから撮っても、何を撮っても画になります。何処にも歴史が刻まれているからですが、もしこれが木以外の素材だったら、850年も持ちこたえていないでしょう。当然、その間に大規模な修理が幾度も繰り返されてきたことでしょうが、それも木材という加工しやすい素材があり、そうしてでも残そうという強い意思を皆が共有出来たからこそでしょう。日本人にとって歴史ある木の建築物に対する畏敬の念は特別深いように感じます。これがコンクリートであったなら数百年も持っていないし、すぐに取り壊して新しく作り直されたでしょう。躯体そのものよりも内部の電気配線や給排水などが先に朽ち果ててしまい、無用の長物になってしまう事でしょう。最終的にシンプルな素材だけが残っていくんでしょうね、「猿の惑星」のように。

 

20100915 日本三景「飽きぬ宮島」・・・一幕⑦そう考えると、現代建築は数百年先まで残そうという想定で建てているわけでもありませんが、数百年後に残っているのはやっぱりこの厳島神社のような木の建物かもしれないと思うのです。それは強度とか耐久性とかいうハードな問題でなく、何とかしてでもその建物を未来に残そうという、自然素材に対する畏怖の感情によって。それは流行や技術革新を鼻で笑って、ただひたすらにその姿をとどめようという強い意思となって人のDNAに受け継がれていくのでしょう。それでは、日本三景の一角の内部を明日ご紹介。




20100914 気の置けない仲間と木の話①さて真面目な会議、式典の後は恒例の大懇親会です。この中四国地区地区大会の最大の楽しみは、遠方の友と一堂に出会える事です。役員の皆さんとは年に4、5回顔を会わす事になりますが、出向されてない他地区の会員の方と揃って顔を会わす事が出来るのは、全国大会と中四国大会の場という事になります。全国大会であまり遠方過ぎると参加者が少なくなる事もあり、そういう意味ではこの中四国大会がもっとも地区の交流の深まる場所だと思っています。アクセスの良い広島という事もあり沢山の仲間と先輩諸兄がお集まりいただきました。

20100914 気の置けない仲間と木の話②大会誌を見ると、私は入会して20年が経ちますが、中四国大会は20回全回参加、全国大会も1回だけ不参加(父の葬儀)という高打率でした。熱心というのではなく、こんなチャンスを生かさない手はないというだけの事です。沢山の先輩、仲間に出会え、また遠方から日木青の役員さんが参加されるのも「出会い」の好機です。歴代日木会長として岩手県の日當和孝先輩も遠路はるばるお越しいただきました。現役は退かれましたが、相変わらずパワフルです!こちらが元気を頂きました。

20100914 気の置けない仲間と木の話③広島県西部での大会は12年ぶりでしたが、こちらの木青協は会員6名と少数会団ながら、先輩方との連携もよろしく、OB会員も積極的にご協力いただき、アトラクションも練りに練った企画で楽しませていただきました。各地区から代表選手が登壇して、『ウッドマン』を決めるという競争では、まず1回戦『木のクイズ』。地元にちなんで、「厳島神社の支柱に使われている木は桧である」・・・答えはX(樟)とか、「榧(かや)は広葉樹である」・・・X(針葉樹)とか。2回戦は剣玉です。実はこの広島県西部地区は、全国有数の剣玉の産地なのです。

20100914 気の置けない仲間と木の話④数年前にもこの地で役員会をさせていただいたのですが、その際の研修で剣玉工場を視察・体験させていただきました。実際に剣玉の柄や玉が削られる様子を拝見しました。玉の部分には山桜を使われていました。これも立派な『森の出口』の1つです。こういう事でもなかったら、この地が剣玉の産地だと知ることもありませんでした。木を使った日本の伝統芸能の1つですが、さすがに最近は剣玉をする子供を見かけなくなりました。残念な事です。是非、学校の授業あたりで取り組んでいただきたいものですが。さて、この段階でわが愛媛からは加藤君(住友林業フォレストサービス)と歴代会長枠で鶴居秀夫兄貴(鶴居産業)が残っていましたが、残念ながら剣玉の奔放な玉の動きに足が付いていかず惜しくも脱落!その後、ビールの早飲み競争を経て、人数が絞り込まれ、3人による決勝戦は材木屋らしく丸太切りです!

 

20100914 気の置けない仲間と木の話⑤木を扱っているから上手いだろうなんて思うのは大間違い。現実的に鋸を触る木材経営者はほとんどいません。皆さんほとんどが経営者で、鋸をコントロールするより人をコントロールするのが仕事です。それゆえにこういう競争は一層盛り上がります。運命のいたずらか、日本の落合会長と来年の中四国地区会長予定者の須山さん㊨が残っています。激しいデッドヒートの末、来年の中四国地区の会長が優勝するという出来すぎた結末!出雲の熱意がライバルを制しました。ご講演いただいたウッドワンさんご提供のビッグな松ぼっくりが輝いております!

20100914 気の置けない仲間と木の話⑥OBの大野先輩の軽妙な司会でアトラクションはかつてない盛り上がりとなりました。相当に準備段階で時間を掛けられたものだと察します。こういう事ひとつ取ってみても、どうすれば相手を喜ばせられるか、真剣に考える事がサービス業でもある木材屋としての原点でもあります。特定少数の工務店に販売していると、ルーティンワークになってついつい忘れがちな事ですが、サービス業としての原点を忘れてはいけないと思います。中にはサービス満点の方もいらっしゃいます。人気者の彼・山下昭郎君ですがこの秋に結婚を控えています。ゆえにこのハイテンション?

20100914 気の置けない仲間と木の話⑦会も佳境に入り、わざわざ埼玉の地より来年の全国大会のPRに来られた埼玉大会実行委員の皆さんによるPRタイムです。私にとっても現役会員としては最後の全国大会となりますが、今までご縁がなかった埼玉ですが是非来年は早乗りして、埼玉が誇る『西川材』を観てこようと思っています。埼玉というとどうしても消費地という感覚で見てしまいますが、実は豊かな森林資源を有し、かつて江戸の大火や関東大震災の際には復興用材として大活躍をしたという歴史があります。来年6月4日が楽しみです!

20100914 気の置けない仲間と木の話⑧会も盛況のうちに幕を閉じ、広島市内に繰り出し、最後は愛媛会団だけで、知る人ぞ知る宮崎地鶏専門店『とりきん佐藤』にてカレー鍋で〆ました。OBの鶴居秀夫先輩、松末繁治先輩も加わっていただきましたが、いつもそこに居る筈の實田貴文先輩が仕事の都合で不在だったのが残念!気の置けない仲間と飲む酒は最高です。これが愛媛木青協の活力源でもあります。楽しむためには、会員としても日頃から地元での地道な活動というものがあります。それなりに汗を流してその対価として飲む酒はまた美味し!




20100913 木を信じる木材人の集い①日の続き。中四国地区は全国でも有数の木材製材が集結している地域でもあり、その職種も取り扱い樹種も実にバラエティに富んでいます。中国・四国と地域が広い事もありますが、規模の強みというのはあります。本年度の役員の方々、事務局の豆原君(院庄林業・美作)、総務の鈴鹿君(鈴鹿製材所・美作)、会長の安東さん(銘建工業・美作)、直前会長の弘中さん(中国木材・呉)、代行会長の須山さん(須山木材・出雲)、監事の柳本さん(柳本商店・福山)と実に多士済々な顔ぶれ。このメンバーが今の中四国地区の多様さを物語っております。

20100913 木を信じる木材人の集い②でもうよく考えれば全員中国地区の会社ばかりで、現実的には中国地域におんぶに抱っこで、四国としての木材業界の疲弊ぶりは激しいものがあります。既に徳島県は脱会してしまっているので実質3県なのですが、愛媛も若い会員が増えたことですから、何とか古豪復活を目指さねばなりません。地区が活性化すれば、各人の会社にとってもプラスになる事が増えますから。今回は新たな試みとして、会場の前にブースを出して各地区、各企業が商品PRに精を出しました。【森のかけら】も出展させていただきました。

20100913 木を信じる木材人の集い③こういう時に身軽に持っていける飛び道具があるというのも強みです。こういう経験が重なり、なるべく容易に持ち運び出来るものというのが【森のかけら】関連商品の開発の際に重要な必須条件のひとつでした。流した汗も伊達ではありません。愛媛からは、井上剛さん(マルヨシ)、大成郁生君(サンシン暖炉)、井部勇治君(久万銘木)もカタログなどを出展しました。そこへ、落合祐二・日本木青連会長が立ち寄っていただきました。落合さんには総務委員会の頃からのお付き合いで、実は【森のかけら】を東京で販売していただいている代理店さんの1社でもあります。

20100913 木を信じる木材人の集い④その落合会長は、東京は新木場で面木・目地棒・仮枠材などを製材する(資)落合製材社を経営されていますが、決して大型工場という訳ではありません。この時期、経営が楽ではないのはいずこも同じですが、にも関わらず全国を飛び回るり奮闘される理由を語られた言葉がとても印象的でした。「それは、まだ私が木の可能性を信じているから」不平不満を言う前に、如何に今の環境が木材業界にとって恵まれているか『足るを知る』事で、木の可能性は広がるのです。私も木の可能性を信じる木材人でありたいと思います。

20100913 木を信じる木材人の集い⑤式典の来賓挨拶でも、紋切り型のお役人言葉ではなく、いつになく熱いお話が多かったの偶然ではないと思います。新たな木の価値を見いだしてほしいとか、建築以外の用途を探るとか、流れは完全に来てます!建築としての木材を諦めたという訳ではあなく、従来以外の用途も積極的に探っていくべきだと思うのです。業界の中からこれほどまでに声が高まっている旬を逃して、「この次」は二度と来ないと思います。安東中四国地区長にも満面の笑みで【木言葉書】をお買い求めいただきました!このお方も木を信じる素敵な木材人であります。更に明日に続く・・・




20100912 瀬戸の波を越えて①昨日の11日は、広島で日本木青連の『第39回中四国地区協議会・地区会員広島県西部大会』が開催され参加してきました。最近イベント続きなのですが、秋はイベントの季節。体感温度はまだまだ秋の気配を感じられませんが、イベントはスケジュールに従って粛々と実行されていきます。次から次と、イベント大変ですねとお声を頂く事もありますが、呼んでいただくうちが華だと思っておりますので、お声が掛かる間は時間の許す限り参加させていただくつもりです。広島だとスーパージェットで1時間ちょっとの距離ですから、感覚的には日帰りです。

20100912 瀬戸の波を越えて②船は松山観光港からの出航ですが、ここに来るといつもデッキの様子が気になります。数年前に改修工事で全面リニューアルされ、デッキの綺麗に整備され、たっぷりと木も使われました。弊社は関わってはいませんが、たくさん木を使ってある建物って惹かれます。もう今ではすっかり退色して、当時の面影はありませんが、私は今の方が渋みがあって好きです。ユーカリ系のハードウッドを利用されたと、その工事に関わった大工さんにお聴きしました。関わった仕事が永く残るものだと素晴らしい事です。

20100912 瀬戸の波を越えて③現在愛媛県では、『公共施設等の整備に際して、環境や人に配慮した安らぎと潤いのある施設づくりを進めるため、県事業や補助事業等における県産材の利用を促進し、公共施設等の木造化・木質化を推進する』という事で、公共施設の木質化は進んでいますが、そればかりでなく民間の施設でも街中にも『木』がふんだんに使われるようになったような気がしますが、そういう場面ばかりに注目しているからでしょうか。木の物が増えてくると何だか、安心した気分になります。緊張感が和らぐからでしょうか。

20100912 瀬戸の波を越えて④さて、無事に広島の会場に到着。太陽の盛況ぶりはいずこも同じ。移動中も汗が吹き出ます。大会式典は午後2時からで、午前中は役員会に出席させていただきました。中四国地区協議会にとっての年間最大行事の1つである中四国地区大会という事で、いつもの役員会以上に数多くの会員が集まっております。参加者の数でその地域の会団の今後の趨勢というものが垣間見えます。我が愛媛会団、地区でも2番目の所帯に拡大、ありがたいことです。この記事、中身が盛り沢山なのでしばらく続きます。




20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展①先日、久万高原町で愛媛木青協の例会が行われましたが、その晩はふるさと村のケビンに泊まり、翌日は朝から久万美術館に行きました。目当ては、今開催中の『鉄を叩く 多和圭三展』です。内容はそのタイトル通り、鉄の鉄の造形作家・多和圭三さんが、鉄のハンマーを振り下ろして鉄塊を叩いて造りあげた作品の展示会です。最近、愛媛新聞などでもよく連日取り上げられているほど注目されていますし、鉄を刻むのではなく「叩く」というシンプルな技法に惹かれました。何か掴めそうな予感がありました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展②入館するといきなり展示会場の傍らに、多和さんが創作に使われた鉄のハンマーが立ててありました。注意して触ってもらっても構わないという事でしたので、まずは下の小3の娘が挑戦。一番小さなハンマーでも持ち上げるのがやっとという感じでした。右端の一番大きなハンマーは、私でもオッというぐらい持ち応え充分。これを振りかざすとなると、その自重だけで体が持っていかれるのではと心配せねばならないほどの重量感がありました。あまりに重いので、壁に立て掛けなくてもそのまま立ちます。これは「創作活動」というよりもむしろ「労働作業」に近い感覚なのでは!ロビーには製作中のビデオが流れていましたが、多和さんが黙々と鉄を叩く場面が、鉄の塊のアップで延々と映し出されておりました。カンカンという高い金属音だけが聞こえてくる、修行僧の荒行のような趣きがありました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展③芸術と一緒にするにはあまりに失礼な例えですが、私も耳付の板を削ったり磨いたりする時に「無心の境地」になる事がしばしばあります。特に硬いアフリカ産のマメ科のような木をサンダーで荒磨きする時は、ただただひたすらにベルトサンダーを前後左右に動かすだけなのですが、もうこれを何枚も続けていると、最初は雑念もありますが、次第に手だけが勝手に動き、脳は別の事を考えるようになります。そして、次第に脳も考える事を止め、ただそこにある板だけが見えてくるのです。時間や手間の事などもうそこには在りません。自分と板だけが厳然とそこに存在し、何の感想も思考もない無の感覚、「魂ここにあらず」の状態になるのです。板に流れ落ちる汗の粒で、これ幾らになるんだろうという俗世の感覚に呼び戻されますが、一瞬でも無心の境地、というよりウッドワーク・ハイとでも呼ぶべき状態になる事があります。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展④肉体を酷使するような単純作業を繰り返していると、誰もがそういう感覚に陥る事があるのだと思っているのですが、もしかしたら私だけでしょうか・・・。ビデオを観ていても、展示してある作品を仕上げるためには膨大な時間を要することが窺い知れます。きっとその間、雑念も砕かれ、腕は疲れても頭の中は無になっていくのではないでしょうか。なんだか無性に鉄の塊に向かってがむしゃらにハンマーを叩きたい気分になりました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展⑤鉄と木の相性って決して悪くないのですが、私が鉄という素材に疎いので、今までほとんど使った事がありません。木一辺倒ではなく、いろいろな素材を組み合わせる事も考えなさいと、よくアドバイスを頂くのですが、数ある自然素材の中でも「軽くて柔らかな和紙」と「硬く重たい鉄」は、それぞれが対極にあり、ちょうどその中間が木材だと思うので、バランスが悪いはずはないのです。もう少し鉄の事も勉強してみようかと思わされる展示会でした。会場内は撮影禁止なので、そのものズバリは撮れませんでしたが、叩かれたはずの傷が、重なり合って美しい別の顔を覗かせています。それが木の杢目や節などの自然の造型美とは真反対の人工物であるのに、その事を忘れさせるような自然さが不自然なほど、鉄の冷たさ以上のモノが感じられました。

 

20100910 鉄塊の叩かれ具合・多和圭三展⑥中に1作だけ木を削った作品がありました。素材はチークで、四角い箱を荒々しく削り出したようなシンプルなモノですが、素材のチークの質感が研ぎ澄まされたように表現され、この木以外には考えられないような技法で合致。改めてチークという木の持つ大人の色気と気品を感じさせられました。ここ「叩く作家」さんが選ばれた唯一の木がチークというのもいい感じです。頑なまでの鉄塊の叩き具合、叩かれ具合、一見の価値ありです!『鉄を叩く 多和圭三展』は、10月31日まで久万美術館にて開催中




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