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その吉村昭氏の書いた作品という事でかなり期待があったものの、タイトルからも分かるように北海道で実際に起こった羆(ヒグマ)による惨事という事で、リアル動物の苦手な私としては、氏の筆による精緻な惨事の表現に多少腰が引けていたのです。それでも読んでみようと思ったのは、『網走番外地』の中にも囚人たちの脱獄を断念させる自然の脅威として『ヒグマの足跡』のエピソードが出るのと、実際の使役も険しい地形と羆との戦いが行く手を阻んだとあったため羆への興味が勝ったため。
また少し前に、ハリウッド版ゴジラが公開された時、ゴジラのテーマ作曲家として名高い伊福部昭氏の事を調べていて、若い頃に北海道帝国大学で林学を学び、卒業後は北海道庁で林業に携わるお仕事をされていたことを知り、開拓時代の北海道の林業に興味が湧いていたことや、久万高原町の木の出口を考えていた時に「久万=熊」という短絡的な発想で、熊と木が結びつくネタがないものかとに探していました事なども、この本を読んでみようと思う動機づけになりました。
この惨事は、大正4年(1915年)12月9日に北海道苫前郡苫前村(現/苫前町古丹別)三毛別(現/三渓)六線沢で発生したもので、開拓民7人が死亡、3名が重傷を負ったという日本獣害史上最大の羆事件で、『三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)』と呼ばれています。小説では、羆の惨事そのものよりも獣害の危険もあったその地に住まわねばならなかった開拓民たちの不遇や暮らしぶりなどに力点が置かれ、残酷なまでの北海道の大自然の凄味を丁寧に描写されています。
被害に遭った三毛別六線沢の住民たちが羆に対して過剰に恐れを抱くのは、貧しさゆえに羆と戦える鉄砲を買う事が出来ないため(戦うための武器は鎌や鍬といった農機具しかないという心もとなさや)、もともと彼らが東北地方で度重なる水害に苦しめられ、餓死寸前に陥った事から政府の移民奨励政策に従って土地・家屋を捨てて北海道の地に移り住んできた貧しい開拓民であるため、本州には生息しない獰猛な羆に対する習性や食性に対してほとんど知識が無かった事にも拠ります。
更に彼らは5年前に入植した地が蝗(いなご)の害にあって壊滅状態に陥り、その地を廃棄してこの地に移り住んだことから、もう移り住むだけの財力も体力も残っていない事。ひとを襲う獣と背中合わせに暮らす危険を冒してでも、ここを終の棲家とせねばならない悲惨な事情などもあります。まだ入植して日の浅い彼らは、まだこの地で一個の死者も埋葬する事をしていませんでした。それゆえに羆による大量の被害(七人の死亡)は悲劇性を増すのです。更に明日へ続く・・・
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