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本日も『羆嵐(くまあらし)』の話の続きです。日本獣害史上最大の羆による大参事『三毛別羆事件』では、先に3人の被害が出て、住民たちは死者を荼毘に付すために埋葬し弔いをしますが、その行為を作者はこう描写されています・・・「土との融合は、植物の種子が地表に落ちる様に死体を土に帰すことによって深められる。家々で行われる死者を悼む行為が、人々の生活に彩と陰翳(いんえい)を与え、死者を包み込んだ土へのつつましい畏敬にもなる。彼らは土との同化に手を染めたばかりで、村落を囲繞(いにょう)する常緑樹や雑草が逞しい根を張って土の養分を思うままに吸収しているのとは異なり、地表からおずおずとわずかな恵みを拾い上げているにすぎなかった。かれらは、死者を土に帰すことによってその地に生活の根を深々とおろすことができると考えた。」
しかし、その後更に4人の被害が出ると、「彼らは、自分たちの生活が土に根づくこともなく、自然は過酷な姿を変えてはいないことに気づき、土に対する甘えに似た感情を捨て」るのです。その決断は、同胞を惨劇のあった家に放置して、羆を呼び込む囮とするという非人間的な行為としても示されます。そうしてでも羆を倒さねば自分たちの明日はないという切羽詰まった状況は、飽食の時代に生きる我々には計り知れるものではありません。
巨大な羆は警察の手にも負えず、羆撃ちの老練な猟師・銀オヤジの手によって見事に羆は仕留められます。すると突然気象は激変します・・・「羆嵐だ。クマを仕とめた後には強い風が吹き荒れるという。」その描写も実に淡々とした写実的なもので、ドラマチックな盛り上がりはありません。麓の村に運ばれた熊は、銀オヤジの手によって捌(さば)かれ、肉は鍋で煮られます。当然のようにそれを食すことをためらむ村人たちに銀オヤジは言います「お前らは仕来りを知らないのか。」
「人を食ったクマの肉は、出来るだけ多くの者で食ってやらねばならぬのだ。それが仏の供養だ。」アイヌの宗教的な儀式の1つに、羆の肉を食わなければ被害者の埋葬も行えないという習慣があるそうで、村落の者にとっても「それに従うことが、村落の者にとって土により深く根をおろすための必要条件だと思」い、彼らは沈鬱な表情で羆の肉を口に運びます。貧民が武力のある者を雇うという流れは、『七人の侍』に通じますが決して史実をドラマチックに仕立てたヒーロー物語ではありません。
作品は昭和52年に出版されたもので、作者が吉村昭以外で現在上梓されていたとすると、自然との共存やら環境問題など鼻白む逸話が添えられるでしょうが、敢えて事実を誇張もせずに当事者の目線で淡々と描いた事で、その事件の背景にある開拓民の過酷な現実や抗えない野生動物との共生の恐怖などが冷酷なまでに浮き彫りにされます。この小説は、のちに倉本聰がより抒情的に脚色してラジオドラマ化されていますが、なんと銀オヤジ役の声役は高倉健!おお、ここでもつながります。明日に続く!
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