森のかけら | 大五木材


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前にも紹介しましたが、私の住む町の公民館の壁に掲げられている地元の歴史が描かれた看板。『平田町歴史地図』と名付けられたものですが、今も現存するスギの木の大木(市の指定天然記念物)やカヤの大木(樹齢300年の市天然記念物)などが記されている一方で、看板の右下には弥生時代の身なりをした男女が描かれています。これは国道のバイパス工事(平成9~10年)の際の発掘工事で見つかった古代と中世の複合遺跡から鏡や器などの遺物が発掘されたことに基づいています。

それがどれぐらい歴史的価値のあるものなのかは分かりませんが、太古の歴史ロマンってなぜだか妙に引き付けられます。特別詳しいわけでもないのですが、愛媛でもよく住宅の基礎工事で地面を掘り起こしていたら、昔の遺物が出来てきたという話を聞きます。しかし、この歴史的遺物というものが厄介なものでもあって、もしそれが埋蔵文化物のような貴重なものとなると、建築工事はストップしなければならなくなるし、場合によっては設計変更や、発掘調査でも行うような事にでもなると・・・

発掘調査が終了するまで一端工事はストップすることになります。場合によっては補助金が出る事もあるようですが、工事が止まった期間にも借家の家賃などいろいろな費用は建て主が負担することになるらしいので、大昔その土地で何があって、どういう暮らしがなされていたのかを探るという歴史ロマンはあるものの、その当事者となるとそうともばかりは言ってられません。昔の暮らしよりも今の暮らしの方が大事であって、遺物が出ても見なかったことにするっていう話もちらほら

当然、家を建てる際はそういうリスクのある場所は避けるのが賢明ですが、そういう遺物が沢山出るような貝塚や古墳、住居跡などのある埋蔵文化財が埋もれているとされる土地(埋蔵文化財包蔵地)は全国に40万か所以上もある!と言われていますので、よく見てみればこの狭い日本、あそこもここも歴史ロマンが埋もれています。それが卑弥呼の墓かも!?なんて聞いたら、地主の事なんかどうでもいいから掘削調査してみろよ!なんてのたまってしまうのですが、ロマンだけでは食ってはいけず・・・




今年は町内の祭りの頭取を拝命致しました、今までの中でもっとも忙しい秋となりました。小さな町の頭取ゆえ、ほとんど雑用係も兼ねているようなもので、人様に命令を出して駒のように使う存在にあらず。ひたすら事業所の寄付のお願いや打ち合わせに飛び回る日々。5年前に若頭取をさせていただき(慣例で、若頭取を経験した者の中から年齢順で本頭取のご指名がかかる)、年齢的にももうそろそろかと思っていて、昨年も声が懸かったのですが、仕事の都合で1年待ってもらいました。

なので心の準備は出来ていたのですが、実際やってみると思っていた以上に仕事量と酒量が多く(酒量は自分のコントロール次第とも言いますが・・・)、大変だった半面、これを契機に今まであまり話したことのなかった町の若い人たちとも懇意になることも出来ました。頭取という立場を図々しく利用して、祭りの協力を呼びかけるをする傍らでいろいろな話もして、地域ならではの祭りにまつわる秘話やら伝承、噂も教えていただきました。

本来、祭りというのはそういう神話世界が根源にあって、面白い伝承や伝説の宝庫のはずなんでしょうが、昨今では祭りがイベント化してしまい、本来大切なはずの起源や祭事の意味、主祭神の事などほとんど語られず気にもしなくなりつつあります。忙しい日々の中で、何百年も何千年も昔の話なんかを振り返っている暇はないのが現実だと思います。私だって若い頃にはそんな事に興味も関心もありませんでした。歳を重ねたせいか、最近こういう行事のたびにその歴史や背景の事も少し気になるようになってきました。

地元の阿沼美(あぬみ)神社は、大山祇命(オオヤマツミ)を主祭神とする由緒ある神社です。大山祇命は、『古事記』によると伊邪那岐命(イザナギ)伊邪那美命(イザナミ)との間に生まれたとあります。50歳ぐらいになって日本神話にも興味を抱くようになってきましたが、それまで日本神話に入り込みにくかった原因のひとつが、登場する神々の名前の似たようでややこしい名前とその関係性。昔の神様はやたら多産で、どの神が誰の子供でその子供が誰それの神の子供とつながってと、それが漢字も読み方も似たり寄ったりでとにかくややこしい。その家系図を見るだけで目がくらみそうになりますが、これだけ複雑で濃密な神話を築いて話が繋がってきたという事は、さざかし大局観でモノを見ることの出来る腕利きのシナリオライターがいたという事なんでしょう。




私はあってが弊社にやって来た木材は骨までしゃぶりたいという強欲な人間なものですから、どうしても材の足が遅いというか回転が悪いのです。入ってきた材が、そのまま全部すぐに右から左へと売れる、なんていうのは材木屋の理想といえるありがたい商いなんでしょうが、私の場合はそれだとモッタイナク思えて・・・。それがまだスギやヒノキのように日頃からよく目にしている木であれば、そこまでは思わないものの、変わったりした木だと「自分を素通りして売れてしまうなんて口惜しい!」完全にアウト!

梱包をさばいて1本ずつなめ回すように見て、写真を撮って、自分の肩に乗せて重さや質感を確かめながら倉庫に立て掛けて、値札をつけて、しばらくの間ひとりでニヤニヤしながら眺めては悦に入り、少しぐらい加工をして刃物切れや塗装のノリを確かめて、また写真を撮って、図鑑とかで情報を集めて、たっぷりブログに書いて、それから少しずつ売れてく、というのが私の望むべき姿。経営者としては完全に失格。自分でも分かっているのですが、こればかりはどうしようもない。その木と少しでも関わりあいたいッ!

そんな青臭いことを言い続けた結果が今の倉庫に反映されていて、さすがに私も猛省して、かけら70,000個突破記念という事もあってロングセールである程度昔から眠っている材を回転させようという事にしたのです。そんな思いが神様に通じたのかどうかは分かりませんが、いつもは全部売切れるまでに半年ぐらいかかっている『カランタス』の梱包が、珍しく入荷後およそ1週間で完売!商売としては滅茶苦茶ありがたい事なのですが、そうなると私の中のビリー・ミリガンが目を覚ますのです!

まあ今回はギリギリのところで覚醒させなかったのですが、今回ばかりは一度ブログで書いた材については、『泣いて馬謖を切る』覚悟で売り切ろうと思っています。カランタスは細幅に加工して、天井や壁材としてよく使っていただいているのですが、今回は材に印刷してある文字とかが面白いと気に入っていただきまとめてのおとな買いをしていただきました。市場ではいまひとつ知名度が低く、存在感も希薄なカランタスですが、オイルを塗ればチークと見間違うほどに重厚さと落ち着きが出てきます。モノは使いよう。




以前に大学で大学生相手に木の話をさせていただく機会があって、その中でたまたまモミアスナロの話になったので、イメージしやすいかなと思って、ちょうどいずれもが文学に登場する木ということで、山本周五郎の『樅の木は残った』と井上靖の『あすなろ物語』を引き合いに出したのですが、そこにいた数十人の学生全員が無反応。後から先生に聞いたのですが、最近の学生はそういう昔の本や映画をほとんど読んだり観たりしていないので、授業でそういう例えを使っても理解できないですと聞かされました。

私は本を読むのが好きなインドア派の子供だったので、子供の頃結構本は読んだ方だと思います。買って読むのはほとんど漫画で、本はもっぱら学校の図書室。当時、どれぐらい本を借りたか(読んだか)をグラフにしていて同級生と競うように本を読みました。意味も分からず読んだ(文字の羅列を眺めていた?)本もありましたが、紙をめくる感覚と古い本の独特の匂いは今でも大好きで、どうしても電子書籍には馴染めない昭和40年代男です。山本周五郎も井上靖も遠くになりにけり・・・

いつものように枕が長くなりましたが、今日書きたかったのは節の所でバックリと欠けたゼブラウッド。長さも短く家具材としては使いにくいので本来であれば【森のかけら】にするところですが、現在『ゼブラのかけら』はたっぷりあるので、オンラインショップの『ちょこっと銘木端材コーナー』で販売することにしました。もともと大きな節のところで豪快に欠けていたのですが、そこを飛ばして綺麗な板にしてもよかったのですが、こういうものって使い勝手もあるので、あえてそのままのサイズで削りました。

ゼブラウッドとしては、正直なところ縞柄は今ひとつ。節の周辺にうねりが出るので、欠けた節の周辺がいい感じになっているので惜しいのですが、まあこれはこれで個性。割れも逆目もありますが、購入された方が自由に割ったり削ったりして使っていただければ。粗削りしたサイズで440 X290X62mmですが、仕入れから15年も経過していますので、ゼブラウッドとしてはかなり軽い方だと思います。それでも収縮したりするやんちゃぶりがゼブラの怖いところでもあり愛おしいところでもあるのですが

そんなやんちゃなゼブラへの愛を、名作の台詞を使って表現しようと思っていたため、冒頭のような話になったのです。ある人が私に「世界中の木の中でどの木がもっとも好きかと」尋ねます。私は答えます、「どの木もそれなりに素晴らしく、木に貴賤などあるべくもなく甲乙つけがたくとてもどの木が一番好きなどとは・・・」と、ここまで型通りの優等生発言を続けた私でしたが、その時私の目にザックリ欠けたゼブラウッドが映ります。感極まって私は思わず本音を吐露してしまうのです。

どの木もそれなりにすばらしい・・・・・・いえ、やはりなんといってもゼブラです! 私はゼブラが大好きだ!割れていようがかけていようがゼブラが大好きなのだ~」。そう往年の映画ファンなら誰もがご存知の『ローマの休日』の名場面。アン王女こと妖精オードリー・ヘプバーンが記者に囲まれてつい本音を漏らしてしまう場面です。映画では「どこの国もそれなりにすばらしかった・・・・・・いえ、やはりなんといってもローマです! 私はローマの思い出を生涯心に抱き続けることでしょう!」と訳されました。そういう話も若い人には通じないとしたら切ないなあ・・・




新しいモノをいろいろ企画して考えることは大好きで、時間も忘れるほど没頭するのですが、それが完成した途端に急激にテンションが下がりはじめ、その商品のリーフレットが出来上がる頃には完全に「やり切って真っ白に燃え尽きた」状態に陥る事が多々あります。そうやって販売に力が入らずにほとんど日の目を浴びぬまま倉庫の棚で埃をかぶってしまった商品も数知れず。そういう意味では、もう10年以上も売り続けていていまだに興味が尽きない【森のかけら】は私の中では特別な存在。

ただ木を35㎜角のキューブ状に加工してオイルを塗って、ネームシールを貼っただけという極めてシンプルなモノだけに、「飽き代(しろ)」が無いというか、これ以上足したり引いたりしようが無いので、放置せざるを得ないのと、常に在庫を補充し続けていかないといけないので、興味を失くす暇が無いというのがその理由かもしれません。それと、一応現在は240種という事にしていますが、まだまだ新たな種類が増えていますので、追加で続編を作らなければならないという「勝手な使命感」もあります。

30年の間にいろいろ作ってようやく気がついたのは、熱しやすくさ飽きっぽく私には【森のかけら】のようにシンプルなスペックで、新たに樹種を増やし続けられ、低い状態でテンションを持続できる商品が(しか)向いていないという事。今思えば、もし【森のかけら】を作り上げていなかったら永遠に私の好奇心は、安住の地を見つけられることなく彷徨い続けて、倉庫にはその亡骸で埋め尽くされていたことだと思います。今でさえかなりの商品が眠っているのに、考えただけで戦慄が走ります。

傷や加工ミス、虫穴、欠損などは『夢のかけら』という別の出口商品(30個で¥4,000+消費税。ただし専用桐箱ナシのビニール梱包)を作ったことで、【森のかけら】に関しては、70,000個という販売総数に対してはほとんどデッドがありません。そういう意味でもまさに理想的な商品。ただし240種の樹種それぞれの在庫の事を考えると、1つの樹種が10個でも2,400個、100個だと24,000個、1,000個だと240,000個・・・いやまあそんなに在庫しているわけではないのですが、掛け算なので油断するとすぐに在庫が膨らんでいってしまい、大な数になるので70,000が消し飛んでいきそうなのです・・・。そういう意味でも、今後もこのまま少しずつでもいいのでジワジワと末永く売れ続けていくロングセラー商品になっていってもらわねばなりません。浜の真砂は尽きるとも、世にかけらの種は尽きまじ




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