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息子に面白いか尋ねると、かなりはまっていてこのシリーズをずっと借り続けているそうなのですが、さすがに元ネタが分からないのが少し不満だそうでした。息子は私の本棚から、手塚治虫先生や藤子不二雄先生などの昔の漫画の愛蔵版などを持ち出しては読んでいて、それなりには理解はしているようですが、彼が最近はまっているのは野球漫画の金字塔『ドカベン』。その中の名物キャラ・岩鬼正美が『空想科学読本』に登場していたのですが、そのテーマが『岩鬼のくわえている葉っぱな何の木か?』というもの。
『ドカベン』岩鬼がくわえている葉っぱは何の葉か?という項目があり、ドカベンに青春を重ねた世代としては興味深く読ませていただきました。岩鬼のキャラクターについては今更説明は不要だと思いますが、彼は24時間いつも葉っぱを加えています。まず、それは葉っぱなのか?見た目は葉っぱというよりも木の枝。では誰がそれを「葉っぱ」と言い始めたのか?その犯人は、まだドカベンが柔道漫画であった頃の登場人物・牙くん。次に葉っぱを加えて打席に立つのはルール違反ではないのか?
結論は、公認野球規則では葉っぱが抵触しそうな項目は無い事から、葉っぱの是非は審判の裁量次第。むしろノーヘルで学生帽を被っている方が問題!更に葉っぱを加えていて日常生活に支障なないのかという点。ご飯を食べる時に邪魔にはならないのか?!そしてもっとも大きな問題は、この葉っぱは何の木なのかという事。明訓高校のライバル土佐丸高校の犬神が「その木は何の木だ?」と尋ねる場面があるのですが、その時の岩鬼の答えは、「決まってるやないけ、岩鬼のハッパじゃい!」。
本では、その答えには納得せず外見的特徴からその木の正体を探ります。2〜30mmぐらいの大きさの葉が、年中青々としていて丸いところから、光沢のある常緑広葉樹と類推。該当するのはツバキやツツジ、チャノキなど。しかし岩鬼が喜んだ時に葉っぱには花が咲く事を考えれば、ノイバラかノリウツギなのではないかとどんどんマニアックな方向に!更にその葉っぱはどうやって養分を得て生きているのかなどと葉っぱの謎は深まるばかり。私は個人的にこの木であって欲しいというのはありますが・・・
血は水よりも濃いといいますが、わが息子が中学校の図書室から借りてきた本のタイトルは『空想科学読本』(メディアファクトリー社)。怪獣の登場するアニメやロボット漫画などに描かれている事象を現代科学、物理学の視点から大真面目に分析・解析するというエキセントリックな本で初版は1996年。私も若かりし頃面白がった読んだものですが、それがずっと続いているようで、息子はその第9弾(2010年発行)を借りて帰って、この本面白いよと私に紹介してくれました。
第一弾が発刊された時かなり話題になって読まれた方も多いと思うのですが、登場するのはマジンガーZやらウルトラマン、ガッチャマンなどまさに我々世代のキャラばかりで、あの懐かしいキャラの禁断のお約束破りという面も興味をそそられました。作者の方が1961年生まれという事で、我々にはどストライクのネタばかりなのですが、その後もこんなに続いているとは知りませんでした。さすがに9弾ともなるとワンピースやら最近の題材も取り上げられていましたが・・・
内容は、例えば『マジンガーが全力疾走すると兜甲児が複雑骨折する』とか『ウルトラセブンが巨大化するには最低でも9時間半は必要』、『ウルトラマンは体重3万5000tもあるが、毎回毎回地響きを立てて着地しているので近所の住民は大迷惑』など、アニメ・漫画の世界の事象を数値化して科学の目で大真面目に論じていて、こんなしょーもない事に大真面目に取り組む大人がいるという現実がとても嬉しく、どんな事でも飯のタネになるのだと、その当時無性に感心した覚えがあります。
その後、人気本の宿命として、その理論はおかしいとか、その数式には無理がある、怪獣やヒーローに対する知識不足などといった側面から批判本まで発売されました。そちらの方はサラッと目を通しただけで買ってまでは読まなかったのですが、私にはただの揚げ足取りにしか感じられませんでした。『空想科学読本』はアニメや漫画のトンデモ事象を冷静に分析しながらもそこには元ネタへの愛が感じられましたが、批判本は原書あってこその存在であるはずなのに原書への愛が感じられませんでした。
ものづくりも一緒で、誰かが最初にある新しいモノ、商品を生み出したとします。後からそれをアレンジしたり手を加えるのは日本人のお手のものではありますが、最初に出来たものが不完全なものだったとしても、後から改良されたものがいかに使いやすく洗練されたものであったとしても、オリジナル以上にリスペクトを受ける事はありえませんし、私も絶対そんな気持ちにはなりません。オリジナルへの愛や尊敬なき批判は空疎で薄っぺらく、ただの妬み、言葉が心にまで届きません。
先日、北海道からの予期せぬ嬉しい来客がありました。今までにも何度かこのブログにもご登場いただいた北海道在住の森の写真家・小寺卓矢(こでら たくや)さんです。写真家にして作家にして森の語り部。いろいろなご縁があって我が家にもお泊りいただいていますが、精力的に四国でも活動をされていらっしゃいます。その日もちょうど四国でのお仕事のついでに寄っていただいたのですが、その後は香川に移動という事でお忙しくされている中、わざわざ立ち寄っていただいて本当にありがたい事です。
2010年に我が家でワークショップをしていただいた時には『もりのいのち』という小寺さんの絵本を使ってお話くださったのですが、その後2012年にアリス館から『いっしょだよ』という写真絵本を上梓されています。美しい森の風景とそこで息づく小さな虫たちや花たちの命が写し出された素敵な絵本で、平成25年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書にも選ばれていて、出版された時にご紹介しようと思っていたのにすっかり失念してしまっておりました、申し訳ありません・・・。
改めて4年前のその写真を見直していたら、中学生になった双子たちも随分幼かったなあと感じます。自分もそれだけ歳を重ねました。我が家からも小学生がいなくなりましたので、今まで身近にあって接してきた『こどものもの』が姿を消して、次第に『こども』も感覚が消えつつあります。一方で小学生たちに木の話をする機会はそのままありますので、もう少しすると感覚的にズレてくるんだろうなと不安を感じます。なので尚更小寺さんの絵本を読むとピュアな心を持続する難しさ、大切さが胸に刺さります。
小寺さんは全国で子供たち相手にワークショップをしていて、そこでご自分の本の読み聞かせなどもされるのですが、木については言葉だけでなく五感で感じさせてあげたいという事で、北海道に生育する『森のかけら』をご購入いただきました。今後更に発展させて『絵本とかけら』のコラボが出来たら素晴らしいと思います。やはり木は、聞いて、見て、触って、匂って、使って、感じて楽しんでもらいたい!7月生まれの小寺さん、誕生木の『トチ』の木言葉は『博愛』。小寺さんと「いっしょだよ」!
アスナロの別名『アスヒ』は、『アツヒ』の訛ったものと考えられています。ではアツヒとは何かというと、昔はヒノキの事をヒノキとは呼ばずに、単に『ヒ』と省略して呼んでいたそうで、能登半島などで使われるヒノキアスナロ(ヒバ)の方言名『アテ』は、もともと『アテヒ』と呼ばれていたものが省略されて『アテ』になったと考えられています。その『アテ』については、青森でしか生育しなかったヒバの苗木を隠密が北前船に乗せて持ち帰り植えるとうまく育ったから・・・
それで「当たった~」から「アテ」というオモシロイエピソードがあるのですが、それは改めて能登ヒバの項で。話を「アテヒ」に戻します。ヒノキが「ヒ」から正式に「ヒノキ」と呼ばれるようになったのは平安時代以降のことのようで、ヒノキに比べて葉が厚い事から「厚葉ヒノキ」と呼ばれていたのが、訛って「アスハ」になったのだと推論されています。その後、かの「枕草子」で「あすはひのき」といい言葉が登場し、作品の背景から「明日は檜」と解釈されたのが始まり。
その後、この節がアスナロの語源として定説化していくことになり、ヒノキに比べてやや厚ぼったくて粗剛な雰囲気のあるアスナロが、「明日はヒノキになろう、なろうとしてもなれない木」という日本人好みのドラマチックなエピソードが盛られ、『明日檜』、『翌檜』の漢字も充てられ世間に広まったというのが真相らいいのですが、個人的には明日檜の物語は語り甲斐があって好きですし、メジャーになれないアスナロの現状を表していて、含蓄のある由来話だと思います。
思いのほか長い話になってしまいましたが、木の名前の由来については諸説あり、絶対的にこれが正しいというのはないと思います。確たる理論が組み立てられようとも、それはあくまでも推論でしかなく、決して他の説を論破して立場を明確にするようなものであっては、木の文化が途端に窮屈なものに感じられます。いろいろな方面からの解釈が諸説あって、それぞれの説に思入れがあるという事は、それだけ先人たちが木の文化に親しみ、愛情を持って接してきた証拠だと思うのです。アスナロの項、完結!
本日はようやく実物のアスナロについて。『あすなろ物語』という本との出会いから考えても、『今日のかけら』で一番最初に取り上げるべき木であったと思うのですが、それがようやく今頃になったのには事情があります。まず、今でもそうなのですが、私自身アスナロという木がよく分かっていません。ものの本には詳しく解説してはあるものの、実体験として森に立っているアスナロの木を見たこともありませんし、これぞ間違いなくアスナロ!と断言できる自信もありません。
というのも、アスナロという木はつかみどころのないというか、正体が分かるようで分からない不思議な木なのです。ヒノキ科アスナロ属に分類されるこの木は、地域によって実に多くの名前を持っているのと、この木の名前を冠して呼ばれる木がいろいろあって、どれが本当なのかよく分からないのです。地域によって木の名前は、圧倒的に方言名の方が優位で、例えばそれが植物学的には正しくなくとも、地域ではそれで会話や流通、文化が成立していることはままあります。
例えば、『イチイ』にはオンコ、アララギ、アカギ、ムラサキギ、シャクノキ、スオウ、ミネズオウなど多彩な呼び名がありますが、1つの名前がいろいろな木の事を指す場合もあります。例えば、『ナンジャモンジャ』という変わったというかふざけた名前の木がありますが、これは「この木はなんじゃ?」と尋ねたところ、尋ねられた人が聴き取れずに「なんじゃもんじゃ?」と訊きかえしたのを、尋ねた人が木の名前だと勘違いしたという落語のような話が由来の木があります。
名前の由来してからそうですから、特定の木というよりは得体の知れない奇妙な木に対する形容的な意味で使われることも多く、全国各地にこの名前を冠した木が沢山あります。私も数年前に実家に帰省した時に、この名前のプレートをつけた木を目にしました。植物学の権威・牧野富太郎博士によると、この名前を冠した木は全国に8つあり、その正体はカツラ、イヌザクラ、アブラチャン、クスノキ、ヒトツバタゴなどだそうですが、曖昧さもある意味文化の幅の広さだとは思うのです。
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