森のかけら | 大五木材


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20100106 森を見て木も見て酒も飲む①昨年、忘年会は比較的少なかったのですが、新年会は既にかなりの数の予定が入っております。それ以外にも地元の町内会のご祈祷など、毎週平均2回強の強行スケジュール!別に出席してもお酒を控えればよいだけの話なのですが、そこはそれお酒が飲める体質なものですから、酒を前にしてじっと我慢などという体に悪いこと(?)など出来るはずがありません。それでも体も事を考えて、家ではほぼ禁酒状態を続けておりましたが、年末年始ばかりはそういう訳にはいきません。家内の実家でも美味しいお酒をいただきました。『梅錦の究極の酒』!

20100106 森を見て木も見て酒も飲む②このブログで、結構お酒の話題が登場しますので、いつもお酒を飲んでいる酒豪のように思われている方が結構いらっしゃるのですが・・・実際にはたしなむ程度。酒席の回数も数えてもらえれば人並みだという事が判明すると思うのですが、私が大仰な書き方をするので印象が強いのかもしれません。周りに酒好きの方が多いからどうしても酒席の回数は多くなっているのは事実ですが、酒量そのものは昔に比べるとかなり減っている・・・ような気はしています。以前程深酒はしなくなりましたし、深夜12時を過ぎることもほとんどなくなりました。

20100106 森を見て木も見て酒も飲む③その分、短時間に集中して飲んでいるのかもしれませんが・・・。独身の頃のように安酒を大量に痛飲する事はなくなり、気の置けない仲間と美酒を酌み交わす機会が増えました。お酒には随分お金も注ぎ込みましたが、そのお陰でたくさんの方とかけがえのないご縁や楽しい時を過ごさせていただきました。これからも友と美味しいお酒を飲み続けられるように、健康と酒量に気をつけたいと思っています。と、この数年は年初にあたって同じような誓いを立ててはいるように思います。しかし、確実に歳は重ねているので本当に身の丈を考えねばと思います。

 

20100106 森を見て木も見て酒も飲む④身の丈といえば、今年は『国際森林年』ですので、昨年以上に木材業界がメディアにも取り上げられる回数が増えてくるのではないかと思いますが、あまりに視点を大きくし過ぎてしまうと大切な足元を見過ごしてしまいます。テーマに振り回され浮き足立つことなく、身の丈に合った森林観や木材屋魂を持ち、それを実践していくことが弊社の持ち味だと思います。森を見て木を見ないことにならないように、小さな材木屋の出来ることを突き詰めていきたいと思います。木も水を与えねば生きてはいけません。私も多少は香りのついた水を体内に入れなくては口も滑らかにはなりませんので、明日への生気を養うためにもほどほどに喉を潤しながら1年乗り切っていこうと思います。今年は飲むだけではなく、酒にまつわる木製品を数点発表する予定です。酒好きに贈る5かけら』と合わせて酒の肴にしていただければ幸いです。




20110105 神社のキャラクター・守護獣像①昨日に続いて、石鎚神社の話ですが、石鎚神社の境内にはたくさんの木が植えられていましたが、中でも目を引いたのが天に向かって凛と伸びた『ヒノキ』の巨木。神社にはスギやヒノキなどの針葉樹はもとよりクスノキなどの広葉樹も多く植えられていますが、地位が人を作るというように、神社にあるからこその風格や威厳のようなものが備わっているように感じるから不思議です。どこで育っても樹齢を重ねればそれなりに風格が生まれてくるものでしょうが、やはり神社という神聖な場所だけに「特別感」があるのでしょうか。その大きさゆえによく落雷の被害を受けて、やむなく伐採されることも多いのですが、やはり境内にあった神木や鎮守の森の木は、事情ありとは分かっていても案外手が出しにくいものです。さすがにこの木からテーブルが何枚取れるかなどという妄想は沸き起こりません。

 

20110105 神社のキャラクター・守護獣像②昨日、ここ石鎚神社が『山の神・天狗様』に守られている事を書きましたが、至る所で天狗の姿が見られます。風に言えば、天狗が神社のキャラクターマークとでもいえるでしょう。守り札などにもその姿が描かれています。龍王様の伝説もあるようで、池には龍王様のお姿もあります。このホームページを立ち上げてから、キャラクターマークやロゴの大切さは身にしみて感じています。他社のものにも目が行くようになりそこに込められた思いやメッセージなどを推察するのも楽しみとなっています。

 

20110105 神社のキャラクター・守護獣像③もともと絵には興味があったのですが、とりわけ動物を描いたものや形作ったものには心が惹かれます。神社では、狛犬(こまいぬ)の造形を見るのが楽しみです。以前に広島の厳島神社では巨大な阿吽の狛犬を堪能しましたが、それぞれの神社で阿吽のデザインにも個性が現われています。昨日アップした、木像の天狗様も良いですが、石像には石ならではの力強さや重量感があります。いつも木ばかり見ているせいでしょうか、木以外の自然素材の質感に憧れのようなものを感じてしまいます。

 

20110105 神社のキャラクター・守護獣像④広い境内の中には幾つもの阿吽の狛犬が鎮座ましましていましたが、中でもユニークな姿を見せてくれたのがこちらの阿形(あぎょう)の狛犬。そもそも狛犬とは、神社に奉納された空想上の守護獣像で、神社を正面に向かって右側が、大きく口を開けて角のない獅子をデザインした「阿像」。向かって左側が、口を閉じて角のある狛犬をデザインした「吽像」。以前にテレビで狛犬のルーツを探る番組を観ましたが、その起源は古代オリエント文明にあり、インドや中国を経て日本に伝わり、日本風にアレンジが加えられ、江戸時代あたりから各地の神社に設置されるようになったようです。この原型が世界各地に広がり、スフィンクスや唐獅子、シーサーなどに姿を変えていったようです。長い歴史と多くの人の手を経たものは、デザインも洗練されてくるものです。そのお姿は少々のアレンジにはびくともしないほど堂々としています。




20110104 天狗の手にするヤツデの団扇①今日で正月休みも終わりですが、あまりにのんびりし過ぎたこの脱力感を明日から切り替えられるか心配です。本日は西条市まで商品を納品がてら、三が日に所用で行けなかった初詣に石鎚神社に参拝させていただきました。実は一昨年にも仕事の帰りに石鎚神社に寄らせていただいたのですが、その時は今は亡き父の事で神頼み的な意味合いで寄せていただきました。あれからいろいろな事がありましたが、大きな赤い鳥居をくぐるとデジャ・ヴのような感覚に捉われます。今こうして、家族で平穏な日を過ごさせていただける幸せをつくづく感じます。

20110104 天狗の手にするヤツデの団扇②あの時は冷静に神社の事を観察したり撮影する余裕はありませんでしたが、今回はじっくり中の様子を見させていただきました。頭の中が別の事でいっぱいだと、目で見たはずのものも心に記憶できないものなのでしょう。あれ、こんな所にこんな物があったかな?の連続でした。神門の両側に阿吽の大天狗の彫像も目に見えていませんでした。改めて見ると、その姿は異彩を放っています。仏師・由谷倶忘氏の手による作だとか。有名な民俗学者で、妖怪や異形のものにも造詣の深い柳田国男さんは「天狗は山の神の化身である」と述べられています。ここ石鎚神社は石鎚山そのものをご神体山とされていますので山の神・天狗にまつわるエピソードもたくさん伝え残されていて、そもそも石鎚山の開祖である役(えん)の行者は天狗であるという話もあるぐらい、密接な関わりがあるようです。 

 

20110104 天狗の手にするヤツデの団扇③数年前に家族で京都・奈良へ小旅行に行った時に、巨大な木彫の魅力に改めて魅せられました。小さな木彫の素晴らしさには感心させられますが、身の丈の数倍もあるような巨大な木の彫像を目の当たりにすると、その存在感と神々しさに圧倒され、思わず手を合わさずにいられなくなります。その多くは宗教的な背景がありますが、その製作過程の困難さを考えれば、その象徴としては格好のアイドル(偶像)であったのでしょう。威厳とユーモア(と言っては失礼かもしれませんが)に満ちた二体の天狗の姿は、それを見る年代、境遇によって受け止め方がそれぞれに変わります。威厳高らかに立っておられる天狗様のお姿も、息子にはポケモンのモンスター感覚で「格好いい」と映るようです。その息子もいつか、石柱に刻まれた祖父の名を感慨深く見つめる歳になることでしょう。

  

20110104 天狗の手にするヤツデの団扇④何の木を使って彫られたか明記してありませんでした。ガラス越しに夕陽も反射して詳しく観察は出来ませんでしたが、すばらしい造型美!その手には有名な天狗の団扇を携えていらっしゃいましたが、この団扇がヤツデだとかトチだとかう説があります。形状からすると、ヤツデの方が合っているのでしょうが、トチの葉もヤツデに負けず劣らず大きく、小さな子供の顔だと隠せるほど大きなものもあります。ただ雰囲気的にはやはりヤツデでしょう。

 

20110104 天狗の手にするヤツデの団扇⑤ヤツデの名前の由来は、八つに深く切れ込んだ葉団扇の形状から来ていて、漢字で書くと「八手」。ウコギ科ヤツデ属にあたります。今にして思えば、【森のかけら】が取れそうなぐらいのサイズのヤツデは結構身近な山に自生している事に気がついたのですが、当時は種類を揃える事に必死で足元を見回す余裕がありませんでした。日頃から使ってないと、目の前にあっても脳が「素材」と認識せず、単なる風景と思ってしまうのかも知れません。この木そのものを「天狗の団扇」と呼ぶ地域もあるようです。

 

20110104 天狗の手にするヤツデの団扇⑥成長するに従い三裂から五裂と切れ込みを増やし、大きくなると七から九つに深く切れ込み、立派な天狗の団扇へと成長を遂げるのです。ヤツデの木は日陰を好む陰樹(いんじゅ)の木とされていますが、そういう人目に触れにくい場所に育つという性質も、天狗が団扇にするという神秘性にひと役買っているのかもしれません。ヤツデが日陰で群生している光景はやはり何か独特の雰囲気が感じられます。年末に撮っておけばもっと青々した勢いのあるヤツデの姿を納められたのですが、身近にあるものはついつい見過ごしてしまいがち。ともあれ、無事に初詣も出来ました。いつもは石鎚神社の分家である小藪の分社に行っていたのですが、怪我の功名というかたまたま本家に参拝する事が出来ました。ものは考えようです。何やら先行き開運の光明が見えたようなそんな気分に浸っております。




さて、年明け早々から真面目にライフワークの『今日のかけら』に取り組んでおりますが、昨日に続いて「クヌギ」の話です。クヌギは、「」、「」、「」、「」、「」など多くの漢字で表されますが、漢名でも「櫟」と記されるこの漢字が一般的によく使われているようです。別名や俗名、またさまざまな漢字の多さは、その木が昔から日本人の生活に広く関わりがあったということの証明でもあるでしょう。そのクヌギという名前そのものの由来も諸説あります。その中の幾つかをご紹介します。

まず歴史的な逸話から、かつて景行天皇が筑紫の道後(みちのしり)の国を訪れた時に、長さ970丈(約300m)もの巨木に出会い、地元の老人からその名が歴木だと聞くと、その巨樹にちなんで、御木国(みけのくに)という国名を授けられた事から、この巨樹を国木と呼ぶようになり、そこから国木(クニギ)が転訛したという説。そしてもっとも有力とされているのが、朝鮮語でクリやクヌギの事をkulというらしいのですが、これが日本に伝わった時に、一方ではこれが「クリ」となり、他方ではこれに日本語の木が加わって「クヌギ」となった説。また、葉の形が栗によく似ている事から「栗似木(クリ二ギ」が転じたという説。ドングリの古名は「ツルバミ:橡」というのですが、これも朝鮮語のkul-bam(bamは堅果の意味)が転じたものだと言われており、この説を有力なものとしているようです。

今ではナラやカシ類の果実の事を総称してドングリとしていますが、そもそもドングリとは、クヌギの果実の事を指していたようで、「丸いクリ」の意味合いがあったとされています。その意味ではクリも広義ではドングリの仲間です。そういえばクリもクヌギも同じような所に生えています。クリもクヌギも食料としてのドングリから、薪炭材や、器具や柄、枕木や染料などに使われてきました。昨年はナラ枯れが深刻な問題となりましたが、クリやクヌギも減っているのでしょうか?

クヌギはあまり手入れをしなくとも、病気にも強く、成長も早い事から生産効率は高いのですが、重厚で乾燥すると割れたり暴れやすいので建築や家具用材としては使いにくい木です。そのため最近では椎茸の榾木か薪炭としての用途が中心となってますが、その需要も年々減少し、木の成長力に追いついていないため、愛媛の森でも大きくなりすぎたクヌギがあちこちで放置されています。大きくなりすぎると榾木としても適さなくなるため、成長しすぎたクヌギの「出口」を見つける事が出来れば、愛媛の森の大きな武器になると思うのですが、これも今年の課題です。

 




まだ残る雪の中から顔を出すのは『クヌギ』。椎茸(しいたけ)栽培の榾木(ホタギ)として伐採され積み上げられたクヌギの山を白く覆った小さな小山をあちこちで見かけます。「クヌギ」と聞いて思い浮かべるのは『カブトムシの木』でしょう。私も子供の頃はよく採ったものですが、その木がクヌギであったかどうかの記憶はありません。当時はカブトムシが集まっていたのはクヌギに限ったことではなかったように思います。普通にカブトムシもよく採れました。クヌギの樹液はドロリとした琥珀色で、手につくとなかなかのやんちゃぶりでしたがそれだけの価値はありました。

今から40年近くも前の話です。エコとか森林破壊とか環境問題などの言葉は子供の耳に届くほどメジャーなものではありませんでしたが、普通の大人にとってもそうだったかもしれません。まだ子供の頃の思い出が白黒フィルムだった、恐らく最後の世代としては、それから得たものと失ったものを見比べるとその大きさに愕然とします。ただ一方的に失った環境を嘆いたり、高度経済成長の弊害を指摘する気もありません。父母たち当時の大人達ががむしゃらに働いてもらったお陰で、物質的なモノ以外にも多くの豊かさを得ることが出来たのも事実ですし、逆説的に言えばそういう経済発展のために環境を省みなかった極端な時代があったからこそ、その反動から世界でも類も見ない、自虐的といえるほどの高い環境意識を手に入れたのかもしれません。

子供の頃に過ごした風景は、決して遠い過去ではないのに、今行ってみるとミニチュア・セットのように小さく感じられます。かつて、カブトムシがそれほど貴重な昆虫になるとも、森がこれほど小さくなるとも思ってもいませんでした。子供は大人が思う以上に残酷で独りよがりの行動をとるもので、私たちも大きな幹をナイフで傷つけたり、枝をバキバキに折ったりしたものですが、自然の復元力や恐るべし!人間の想像力を遥かに凌駕する逞しさがあるものの、度を越えるとその芽をも摘んでしまいます。

クヌギは、カブトムシやクワガタムシだけにとって恩恵があったわけではなく、アベマキと並んで日本最大とされるドングリは、森の多くの動物たちにとっても恵みを分け与えていました。それだけでなく我々子供たちにとっても、その大きさと量によって自己顕示欲を満たす重要なアイテムのひとつでもあったのです。弊社のすぐ裏の公園にも小さなクヌギ林がありますが、子供たちがそのドングリを競い合って集めている光景を目にすると、その変遷は脈々と受け継がれているようです。明日はその名前の由来などについて触れたいと思います。

 




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