森のかけら | 大五木材


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20110601 最後の楽園~森を歩く飛べない鳥・スネアーズペンギン~①昨日の続きでNHKの「ホットスポット・最後の楽園」についてです。NZ大陸が一度水没して再び浮上してきたところから・・・つまりキーウィやモアの祖先が、NZ大陸の水没を生き抜いたのではなく、再び現われた新大陸に向かってオーストラリア大陸から飛んでやって来て、そのうち飛べなくなったという事です。その説を裏付けるべき根拠として、ダチョウやキーウィなどの「飛べない鳥」のルーツが、オーストラリアにいる「飛べない鳥エミューと近縁であるという事がDNA鑑定の結果解明されたのです。

 

20110601 最後の楽園~森を歩く飛べない鳥・スネアーズペンギン~②「飛べていた鳥」はオーストラリアからやって来て、「飛べない鳥」に『進化』したと推察されるわけですが、8300万年前とか2000万年とかあまりに大きな数字が並ぶので、感覚が麻痺してしまいますが、人間がサルから進化するのに要した年数は400万年とも600万年とも、とても理解が及びません・・・。その後の氷河期という過酷な環境をも乗り越え、天敵のいない孤立した島では、劇的な環境にも適応し、神様ハリーハウゼンが創りたもうた傑作『SF巨大生物の』(1961)さながらの巨大化した生物達の王国となったのです。これを書いていて、懐かしさのあまりDVDを購入してしまいました。思えば、動物の実物はミミズでも苦手でも、観察の対象としては異常なほどに好奇心を覚える感覚を形成したのは、子どもの頃に観たこれらの動物SF映画と、テレビ『晴らしき世界旅行』であると確信するのです。やっぱ日立は凄いわ。

 

20110601 最後の楽園~森を歩く飛べない鳥・スネアーズペンギン~③話を戻します。このリアル巨大生物NZには、巨鳥モアをも襲ったとされる、全長3mにも及ぶ巨大なハーストイーグルという鷲がいて、陸上の小さな生物達はその鋭い爪から逃れるために夜行性に進化したというのです。巨きなるものが巨なるものを餌食とする食物連鎖は、きっと植物達にも巨大になる種の保存の選択を与えたのではないでしょうか。恐らく天に向かってそびえる岩のごとき巨木群が溢れていたことでしょう。おおっ・・・!しかし、飛ぶ必要も無い事から羽根を無くした彼ら「飛ばない鳥」たちに悲劇が襲うのは、今からわずか700年前。万年単位から一気に現実的な単位になるのが何とも切ないですが。700年前に上陸したマウイ族によって乱獲され巨鳥モアは、あっという間に姿を消してしまうのです。森林を切り開いたため棲みかがなくなったとも言われていますが、いずれにしろ短期間のうちに「NZの森の王モア」は、幻の鳥となってしまったのです。

 

20110601 最後の楽園~森を歩く飛べない鳥・スネアーズペンギン~④ハーストイーグルも、最大の獲物であったモアの絶滅と合わせて姿を消していきました。更に残された小動物たちにも悲劇が襲い掛かります。その後も島にやって来る人間は犬や猫を持ち込み、船に紛れてネズミもやって来ました。彼らにとって、飛べない鳥達は格好の餌であり、その卵までも食べ尽くしてしまいました。どうしてもモア目線で考えてしまいがちですが、動物達には生きる本能しかありませんし、マウイ族の乱獲にしたって当事者たちに罪の意識は薄かった事でしょう。環境に対しての冒涜という事であれば、自覚がある現代社会の方が遥かに酷い事をしています。何千万年という悠久の時間を掛けて、島の環境に適応した彼ら「飛ばない鳥」にとって、この数百年の変化はあまりに冷酷であり、次なる進化をするにはあまりに短すぎた・・・これが辛い現実です。

 

20110601 最後の楽園~森を歩く飛べない鳥・スネアーズペンギン~⑤巨鳥モアは幻となりましたが、NZの独自の進化の一端として、今も島で繁殖するスネアーズペンギンの事が取り上げられていました。もともとペンギンの祖先は森で暮らしていたのでスネアーズペンギンはその名残をとどめていて、普段は森で暮らし、お腹が空くと海まで歩いて狩りに出掛けるのです。最強の猛禽類・ハーストイーグルに襲われていた遥かな記憶から、夜薄暗い中で彼らの心許ない森の行軍が始まります。

 

008082-01無数のペンギンが隊列を作り、ヨタヨタと森の中を歩く姿は、まるで映画のCGのような滑稽さがあります。しかし彼らの選んだこの滑稽な新化のスタイルこそが、今もこの地で命を連綿と受け継ぐ唯一の道だったのかもしれません。わずか700年前までこの地上に君臨していた巨鳥モア。NZの大草原を我がもの顔で駆けたであろうその姿は、文明を謳歌する今の我々人間の姿そのものかもしれません・・・。NZのその奇跡のような動植物たちの映像が涙が溢れ出しそうになるほど美しく感じるのは、それが再びは繰り返されないであろうひとときの命の煌めきであるから。木を扱う事にもっと真摯であらねばと思わされた含蓄ある番組でした。実は第5回の「ブラジル・セラード」時も、かんり感動していて、絶対ブログに書こうと思っていたのですが、イベントなどがあり、すっか機を逸していましたので、今回胸のつかえがが取れました。さあ、最終回も絶対観ようっと




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