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| 本日も『モミジバフウ祭り』の続編です。通常は当然『無節』の方が『節あり』材よりも高額で、樹種やサイズによっては数倍することも珍しくありません。しかしそれはあくまで人間が勝手に作った価値観であって、自然界においては節のある方が支配者なのかもしれません(妄想!)。しかも圧倒的な力を持った特別な存在っだったりして。節の周辺には写真のような『縮み杢』をはじめ、様々な杢や表情が生まれるのですが、そういうところが私の頭の中で人間のようなキャラクターを創り出し妄想爆発! |
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若い頃にかなりやんちゃをして、ひとには言えない重い十字架を背負ったまま日陰で暮らす『縮み杢のマサ(柾)』、常にふたりで行動を共にして、やることなすこと左右対称の動きをする双子の『シンメトリー兄弟』、ひと睨みするだけで誰でも震え上がる、額に大きな向こう傷(割れ)、頬にはナイフの傷(ヘアークラック)のある裏町の顔役こと『スカーフェイス』、顔に沢山ホクロがあっていつもニコニコ笑っている愛嬌者の『ピンホールのマツ(マツ)』等々。キャラクター祭りが暴走中~! |
| 丸太を製材した直後の板は信じられないくらい重くて、独りで桟積みしていると大汗をかきましたが、キャラクター祭りのお陰で何も苦になりません。それどころか、次にどんなキャラの立った奴が現れるんだろうとワクワクしながら板をめくっていたら、あっという間に桟積みも終了。この後も続々と製材された板が戻って来ますので、キャラクター祭りは後日に持ち越しとなりました。そんな風に板を見ていると、節や割れ、虫穴、傷のある板がとても愛おしく魅力的に感じられてくるのです。 |
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今でこそようやく節のある板にも光が当たるようになり、かつてのような腐っても鯛ならぬ、『糠目でも無節』なんて無節信仰は徐々に減ってはいますが、住宅業界では農林規格や格付けという規準を担保に価値を共有してきた業界だけに、自ら価値を生み出すことに不慣れで(悲しいかな足を引っ張ろうとする人間も多い)、まだまだ節ありはマニアの聖域のように見られがちですが、非住宅分野では『節こそ木』的な歓迎ムードありあり。『節が主役』のモザイクタイルの節あり(キャラクター)全然足らず!! |
| 1月の末頃に『モミジバフウ』の丸太を大量にいただいた話をアップしましたが、モミジバフウ祭りはまだまだ継続中!丸太を製材所に持ち込んで、板状に賃挽きしたもらったのですが、挽けた板が続々と弊社に戻ってき始めました。私が手を加えることが出来るのは、こうして板になってから。丸太が手に入り、運んだりしている作業は『祭りの準備』段階で、ここからが本当の祭りの始まり!祭りが盛り上がるかどうかは、それを支える各パートの熟練スタッフの存在があればこそです。餅は餅屋! |
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今回はすべて厚み50㎜前後の耳皮付きの板に挽いてもらいました。製材直後の板には、挽き粉が大量に付着していますので、まずは1枚ずつ表裏ひっくり返して挽き粉を掃いて化粧直し。今の時期は気にならなくても、暖かくなってくると挽き粉に含まれている水分が、木材腐朽菌繁殖の原因になりかねませんので、丁寧に時間をかけて掃き出します。そうすると挽き粉に隠れていた本来の顔が現れます。高級銘木のようなものであれば、この段階で1枚ずつサイズを測ったり検品、撮影までします。 |
| ただし今回はモミジバフウ祭りですので、枚数が恐ろしく多いのと、これから用途を考えるということもあって、敢えて今は検品しません。とりあえず枚数が多いので、乾燥させることを主目的とします。格付けはしないにしても、中身は気になります。1枚ずつ桟を切って並べるわけですから、必然的にすべての板と面通しを行うことになります。細部は控えなくとも、このLOTにどういう程度のものが含まれているか、ザックリとイメージできれば十分。祭りの成否はこれがうまく乾燥してからのこととなります。 |
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こうして丸太挽きの板を見ていると、いつも感じることがあります。私が丸太を買ったり、仕入れたりする場合、選木なんてことはほとんどなくて、一般的には用途不明で首をかしげたくなるような小さな広葉樹の場合が多いので、挽けば当然節が絡んできます。そんな節まみれの板を何枚も何枚も見ていると、これが木本来のしかるべき姿であって、無節なんてかなり無理した窮屈な姿なのではなかろうか(あくまで私の妄想)なんて思ってしまうのです。むしろ変幻自在な節や入皮や虫穴のある表情に強く惹かれてしまうのです。 |
| お隣さんがすっかり更地になってしまったので、日々新鮮な風景を見ているのですが、お陰で国道から自宅も丸見えになってしまって、我が家では普段から変な格好はできないねとちょっと自意識過剰な子どもたち。もともと我が家を建てた頃は、家の西側一帯はただただ田んぼが広がるだけで人家も無い殺風景なところだったのですが、今では新興住宅地となって、バイパスが通って、スーパーは出来るわ、ホームセンターは出来るわ、次々にお店は出来るはわですっかり周辺環境も様変わり。 |
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以前はその古びた看板しか見えなかった事務所も、今では遠くからでもよく見えるようになって何だか気恥ずかしいくらい。やや斜めに角度がある国道に並んで建っているため、端の方が少し鋭角になっているのですが、実際はこの写真で見るほど三角な建物ではありません(この写真は煽り気味に撮っているので)。こちらもお隣さんがなくなったので、風がまともに当たるようになって、ここってこんなに風が強かったのかと今更認識するほどのプチ環境変化?!に驚いたり楽しんだりしているところ。 |
| そうやって風とかがまともに当たるようになって、庭の木の葉の揺れ具合も以前よりだいぶ強くなったように思います。わずかに枝に残っていたクヌギの葉っぱも吹き飛んでしまいました。しかし、そんな中でもいまだに枝にしっかりとしがみついているイガグリがひとつ。食べるためだけに植えているわけではないのですが(勿論、食べもしますが)、数年前から実がつくようになって秋も過ぎると勝手に落ちてしまうのですが、この1つだけはしぶとく枝にしがみついたまま歳を越えました。 |
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オー・ヘンリーの『最後の一葉』ではありませんが、さすがにここまで残っていると、頑張れと応援したくもなってきます。イガの中身がどうなっているかも興味のあるところですが、もうこのままずっと次の世代と共存して欲しいと思ったりも。そういうことってあるのか分かりませんが、普段の仕事は伐ってしまって板になった中身ばかり相手にしているので、その母体たる「樹」については知らないことばかりで、特に実や花についてはほぼ知識も無く、こんなことひとつでも驚いたりしてしまいます。 |
| 毎朝、出社(といっても勝手口から1分もないのですが)する時に薄暗い中で、この栗が今日も無事残っているかどうかの確認をするのが日課になって、無事な姿をみると、よしよしと安堵したりして、気分はすっかり『樅の木は残った』の原田甲斐のような気分に。余談ながら山本周五郎先生のこの名作も、今の子供たちの多くは読んでいないどころか名前すらも知らなくて、出張木育などの際に『モミ』の説明をする時に、環境汚染などに弱く高地を好むモミの特徴を伝えるのに最適な教材なのにガッカリすること多し。作品の中で、遠く江戸から仙台は伊達藩の安泰を守り抜いた忠臣・原田甲斐の姿を、残った樅の木になぞらえて、「凛と力強く、昏れかかる光の中に独り、静かにしと立っていた。」と描かれています。このイガグリ、何を思ふ・・・。 |
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| 松山市西垣生(にしはぶ)町にある愛媛における木材産業の集積基地・松山木材団地。外材製材、プレカット工場、問屋、防腐工場などの木材関連産業が多数集まっていて、弊社もわずかながら2日と間を空けず木材を積みに寄らせていただいています。私自身は最近あまりトラックで材料の引き取りに行くことは少なくなったのですが、先日たまたま木材団地に行く用事があったので、ついでに団地周辺ををグルリと回ってみました。大きな丸太には無条件に心惹かれます。 |
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かつては木材関連業者で占めていた(木材団地なので当然のことながら)木材団地にも木材産業以外の会社が軒を連ねるようになり木材団地の風景も随分と変わってきました。ここには丸太を積んだ本船が着岸するバースがあるので、荷降ろしされた大きな原木がズラリと並べられるのですが、私は買うわけでもないのにその光景を見るのが好きで、撮影も兼ねて時々見に来ていました。まだ大五木材に就職する前は、材木屋ってこういう丸太を挽くのが仕事なんだろうという漠然としたイメージしかありませんでした。 |
| 一般の方は、木材屋と聞くと恐らく大きな台車で丸太を製材しているイメージなのかもしれませんが、実際にはその仕事は細分化され、丸太を扱うのは商社、原木問屋、製材所で、製材された製品を扱うのが弊社のような小売りの材木屋や製品市場などです。台車を持っていない弊社では丸太を挽くことはありませんが、最近は地元産の丸太を買って、製材所で賃挽きしてもらうことはあっても基本的に外材の原木に手を出すことはありません。 |
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いや、外材というと語弊があって、北米針葉樹についてはまず手を出しませんが、それがアフリカ産の広葉樹などになると可能性はあるかも。同じ丸太といっても、針葉樹、広葉樹、径級、長さなど条件次第ではうちのような零細弱小材木屋が手を出しても商機がある場合があります。その場合はもちろん数本の小さな話で、毎日こんな丸太を挽くという世界とはまったく別次元。掌に収まるようなモノを作っていたりしますが、その大本はこんな丸太だったりするわけで、大きな仕事も小さな仕事と背中合わせ。 |
| 「世界でもっとも美しい木」の1つとも称される『ウエスタン・レッドシーダー(米杉)』ですが、その魅力のひとつは、いい意味での『色むら』ではなかろうかと私は思っています。よく言えば『色のバリエーションが豊富』とか、『表情が多彩』ということでしょうが、その差がかなり顕著ですので好みの分かれるところかもしれません。赤みの深みによって、ワインレッドやダークレッドなど呼び名が変わるほど色の幅が広く、一見すると違う種類の木を貼っているのではなかろうかと見紛うほどです。 |
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こちらは、ジューサンケンチクセッケイさん設計、もみじ建築さん施工の住宅で玄関の壁面にお使いいただいた『ウエスタンレッドシーダー(以下WRC)のパネリング』。色むらの究極、【モザイクボード】を作るような人間ですから私はこういう色のバラつきは大好きですし、ジューサンケンチクさんも「大好物」なので、施主さんともども喜々として楽しんで選ばれたのですが、中には「あまり色むらが激しいと困るので、なるべく色合いの揃ったものにしてもらえませんか」なんて無粋な事を仰る方もいらっしゃって驚かされます。 |
| 集成材や突板に馴れてしまっていて、無垢といえども色は揃っているべきなんて思いこまれているのかもしれませんが、それでは折角のWRCの魅力が台無し・・・。一応説明はするものの、とにかくサンプル、サンプルと、サンプル信者の設計士さん、工務店さんにはなかなか伝わりません。特にWRCのように色ムラの激しい木は、梱包によってもその差が顕著なので、小さなサンプルを数枚並べて見たぐらいでは、貼り上がりのイメージが掴みにくいと思われるので、ぜひ実物を自分の目でご覧いただきたいところです。 |
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〇〇のメーカーのモノは前回はああだったから、とか言われることもありますが、人工の印刷物ではなくあくまで自然素材ですので、前回がそうだったから今回もそうだなんてあり得ないこと。とりわけWRCやブラック・ウォールナットなど色の濃淡が強い木の場合、図面には書き込んだもののイメージと違ったなんてこともよく聞く話。こちらも設計士さんの癖とか分かっている場合は何とか対応することも出来ますが、それも長い付き合いでお互いの根本的な理解があってのうえでのこと。 |
| 折角の個性がマイナスな方向に作用してしまってはモッタイナイというよりも逆効果ですので、こちらとしてももっとしっかり説明をせねばと気をつけています。今回みたいに、設計士さんや工務店さんに理解があれば、使い方の幅が広がったり、「遊び」も出来るのでこちらとしても施工後の写真を撮りに行くのも楽しくなります。そんな『世界一美しい木』ですが、馴染みだった専門製材工場が昨年店を閉められ、あの独特の匂いを嗅ぐ機会がかなり減ったしまったのはとっても残念です。という事で久々のWRCの話でした。 |
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