
当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
予告無く変更になる場合がございます。
現在の商品に関しまして、お電話、又はオンラインショップをご覧ください。
| 三重県は「松阪牛」だけでなく、「伊勢海老」に「志摩の真珠」、「桑名のハマグリ」など全国に名だたるブランドの宝庫。その名前を言うだけで誰でも理解できるブランドが定着しているって凄いなあと思う反面、偏屈な材木屋としてはブランドイメージに縛られてしまうリスクや、ブランドの冠に埋没してその中での差別化が難しいのではなかろうかなんてつまらない詮索をしてしまうのです。長いものに巻かれることをよしとしない我々ビーバー一派の進む道は、光の当たらぬ広葉樹を巡るノーブランドの世界。 |
|

|
決してひがみやねたみで言っているつもりではないのですが、どうしても性格的に巨大なるものへの反発心が強いのと、自分の手で新たなモノを作り出したい、新たに光を当てたいという思いがあって、世間の潮流とは逆へ逆へと舵をきってしまうのが悲しきビーバーの性・・・。まあそれが損だとか回り道だとか思ってもなくて、好きだからやってるというだけのもの。多くの方がビーバーハウスに足を踏み入れられて思うことは、「なんでこんな無謀な事をやっているんだろう?!」という疑問ではないでしょうか。 |
| いろいろなメディアの取材なども受けられていて、その書き手がそれぞれに、この人はこれこれこういう理由でこういう無謀な事をしているのだと、理由付けをしようとされているようです。不遇な状況にあった日本の広葉樹にスポットライトを当てたいとか、日本の林業の新しいビジネススタイルを模索する高邁な理念がここあるとか。そうやって何かの動機づけをしなければ自分の中でこの行為が説明できなくなって不安に感じるのかもしれませんが、動機はもっとシンプルで単純なもの。「好きだからやっている!」それだけ。 |

|

|
ビーバーハウスに足を踏み入れた最初の私の印象。うず高く積み上げられた様々な広葉樹の板を見あげて、「嗚呼、もうこの人はたまらなく木を挽くことが好きなんだろうなあ・・・。」世間では「なぜ?」と思われるビーバー活動ですが、もうこれは本能なんだから仕方がないのです。ただただ好きでやっているだけで、ゴールがあるわけではなくて、珍しい木があれば挽いてしまうという条件反射のようなもの。そこに理由などないのです。同じビーバーの血が流れる私には分かる・・・嗚呼、哀しくも愛すべきビーバー魂! |
| ちょうどいい時間になっていたので、工場を見せていただく前にお昼ご飯をご馳走になることになりました。工場の隅には既に焼き肉セットが用意されており、そこへビーバー隊長(武田誠さん)の奥さんが慣れた手つきで焼き肉を持って来ていただきました。恐らくこれは、ビーバーハウス流の「歓迎の儀式」!これぞ材木屋の醍醐味です。日本三大和牛のひとつである松阪牛のご当地松阪が近いということもあって、この辺りはすっかり牛肉文化圏かと思いきやこのあたりは鶏肉文化圏ということでした。 |
 |

|
ちなみに『日本三大和牛』ですが、日本人はとかくこの『三大OO』というのが大好きで、ありとあらゆる分野で『三大OO』が謳われています。木材業界も類も漏れず、例えば『日本三大美林』(青森ヒバ、秋田杉、木曽桧)や『日本三大人工美林』(天竜杉、尾鷲桧、吉野杉)、『世界三大銘木』(マホガニー、ブラック・ウォールナット、チーク)などなど。昔から不思議に思っていたのは、これって一体誰が決めていつからそう呼ばれるようになったのかということ。時間をかけて収斂されたとしても始まりはあるはず。 |
| そういう事が相当に気になる性格なので、機会があれば起源などについても調べてみたいと思います。木の場合は見た目や手触りが判断材料になったのかもしれませんが、肉の場合は何と言っても味覚が最大の基準要素でなおかつ嗜好品ということなので、判断の難しいところではないかと思うのです。多くの人の感想の最大公約数的なところから決まったのだとは思うものの、偏屈材木屋としては『材木屋万流』の旗を掲げているので、『肉屋万流』ちょっと味覚にへそ曲がりな肉屋があってもいいと思うのです。 |

|

|
『日本三大和牛』ですが、必ずしもその三種が固定化されていないらしく一応、松阪牛と神戸牛(神戸ビーフ)はほぼ決まっているものの、あとのひと枠は近江牛であったり米沢牛であったりするそうで、やはりそこが嗜好品の難しさか?まあ、こういうものは目安程度で考えておくぐらいがちょうどいいのだと思います。ところでご当地松阪でも一般的には牛肉ではなく鶏肉を甘辛の濃い味噌で食べるらしいのです。昔から養鶏農家が多かったためだそうですが、百聞は一見にしかず。三重の鶏肉とっても美味でした!満腹~(^^♪ |
| 瀧原宮から荻原神社を経て、向かうはビーバーハウス。わが故郷に似た山道を進むと集落が見えてきてその中に突然とそれは現れました。初めて松山にやって来られるお客さんを道後温泉にご案内する機会がこの数年やたらと多いのですが、特に東日本の方が抱かれている温泉のイメージと現実がかけ離れていることが多くて、道後の街に入ってからくり時計の角を左折すると忽然と現れる道後温泉本館に、「えっ、ここ?!」と驚かれること多数なのです。湯煙も無く、温泉街という風情も無い中に突然現れるからそう思われるのでしょう。 |

|

|
たぶん多くの方が抱かれている温泉街のイメージというのは恐らくこんな感じではないでしょうか。写真は九州の別府温泉の湯煙の風景です。まあ、これはこれで私の勝手なイメージなのかもしれませんが・・・。幼い頃はよく両親に別府に連れて行ってもらったいたので温泉というとこういうものと思い込んでいて、私の中の刷り込まれたイメージなのだと思います。道後温泉に初めて来たのは中学生頃だと思うのですが、実は大学生になるまで私の中に道後温泉の印象はほとんど残っていなかったのです。 |
| まあ何はともあれ、念願のビーバーハウスに到着!私の中の勝手なイメージでは、山の中にポツリとあって、集めた材と周辺の山の木がほとんど同化してしまっていて、土場の中央にはまさにビーバーの家のように材がうず高く積み上げられてあたかも小山のようになっている姿を思い浮かべていました。隣近所にも普通に家があって、ちょっと驚いたのですが、この場所で製材業が継続されているということは、ご近所周辺とのコミニュケーションがいかにうまくいっているかということの証明ですね。 |

|
|
さてどこから何を見させていただければいいのか見当もつきませんがドキドキが止まりません。今までに全国各地のいろいろな製材工場見学をさせていただきました。最新設備を備えたフルオートメーションのコンビナートのような超大型製材工場から、アフリカの大径木を挽く専門製材、特殊加工機のある工場など個性的な工場は沢山見てきましたが、そのどこよりも惹きつけられるのは私にもビーバーの血が流れているからなのか!そしてここからいよいよ長い長いビーバーハウスでの2日間が始まるのです! |
| さあ、瀧原宮の次はビーバーハウスに行きましょうかと勇んで車に乗り込んだものの、ビーバー隊長(武田誠さん)が、「折角なのでうちの近くに大きなイチイガシをご神木としてしている神社があるので、是非そこにも寄りましょう」と誘っていただき、隊長が氏子でもある大台町の荻原神社に行くことになりました。小さな神社でしたが、そこにあった石碑には『旧満蒙双龍開拓団』の文字が刻まれていました。調べてみると昭和61年秋季大祭に旧満蒙双龍開拓団の氏神神社であった双龍神社の御霊を中国政府の特別な計らいにより返還を受け、合祀したのだとか。 |
 |
 |
決して大きな神社ではなかったものの、以前は境内に大きな木が数本あったらしいのですが数年前に伐採されたため妙に境内の広さが目につきました。社殿の裏側に案内していただくとそこには噂通り大きなイチイガシが鎮座ましましていらっしゃいました。数あるカシ(樫)の木の中でも、もっとも材質が良いことからイチイガシ(一位樫)と呼ばれる(あるいはよく燃えるから一火樫が語源との説もあり)イチイガシですが、全国的にみると神社のご神木となっている例は多くあります。 |
| わが愛媛県でも、南予の広見町の広見川のほとりにある蔵王神社には、樹齢700年といわれる夫婦のイチイガシがあって、県の天然記念物にも指定されています。また道後温泉本館の南側にある湯神社の駐車場には、樹齢400年のイチイガシの巨木があります。以前からその光景に違和感を感じていましたが、どうやらもともとはその周辺にはクスノキの巨木などとともに豊かな広葉樹の森があったそうで、時代とともに周辺の整備事業で徐々に伐採され、最後に残ったのがこのイチイガシ(もう1本、樹齢300年のクスノキも)らしいです。 |
 |
 |
こういう大きな木を見ると、材木屋魂に火がついて伐って加工したくなりませんか?なんて訊かれることがありますが、とんでもない。畏れ多いことです。縁あってそういう巨木が私の元に来ることもありますが、自分の身の丈の何倍もある自分の大先輩を見上げた時に感じる感情は別のもの。長寿なるものへの畏怖の念があるからこそ、理由があって伐採されたにも関わらずそのまま放置されてしまう木に対して救済の手を差し伸べずにはいられなくなるのが我らビーバー隊員なのです。 |
| このブログで三重県の話が始まって今日で10日目。しかしながらいまだ最初の地・瀧原宮を抜けられず、まさに北信越の旅と同じ轍を踏んでいるわけですが、明日にはビーバーハウスに到着できると思います。ということで、瀧原宮の話も今日で最後になります。瀧原宮にはここまで紹介したように多彩な樹種が生育されているのですが、中でも多いのが『イチイガシ』ということです。『イチイガシ』といえば、このブログではかなり早い段階で取り上げさせていただきました。いつ頃だったのかしらと、調べてみると2009年の7月10日に書いていましたので、もう8年も前の事。読み返してみれば、まだブログのフォーマットも定まっていない頃でかなり苦心しながらキーを叩いていた事が思い起こされました。 |
 |
 |
瀧原宮のイチイガシは、エイリアンの触手のような根板(ばんこん)が広く伸びていました。根板は、何らかの理由で土中に根が伸ばせなくなった場合に根の上側が板状に突出するものなのですが、土中に硬い岩盤があったり赤土だったりこの瀧原宮の土中に深い根を拒む何かしらの理由があるのでしょうか。熱帯で50~60mにも育つ巨木の場合は、その巨体を支えるために大きな根板が形成されるとも言われています。根板の話は詳しくないのですが、根板を見るといつも生きることへの『執着』を感じるのです。 |
| 瀧原宮の門前には、キツツキの名前を冠した「木つつき館」という名前の道の駅があるのですが、そこにもビーバー隊長が木材を出品されているということでしたので、立ち寄らせていただきました。隊長は、別に大したことないと謙遜されていたものの、県内各地から取り寄せられた手作りの木工品の数々が多数展示販売されていました。三重は製材工場数日本一でありながら、川下である木工関係は数も少なく広葉樹の出口が小さいと嘆かれていましたがどうしてなかなかの充実っぷりでした。 |
 |
 |
その中の一部にしっかりと「ビーバーコーナー」があり、ビーバーハウスで製材されたさまざまな種類の板が所狭しと置かれていました。ヒノキやスギの板もありますが、レアな広葉樹も沢山。木工愛好家が購入されるということでしたが、ここに来られる方はこのスペースがいかに内容(樹種)の充実したものであるのかという事をどれぐらい自覚されているのでしょうか。灯台下暗し、いろいろな種類の広葉樹の板なんてそう簡単に手に入るものではなくなっているんです。 |
| ビーバーコーナーの板には一枚一枚丁寧に木の説明が貼り付けられていて、ビーバー隊長の木材愛、端材への『執着』がひしひしと伝わってきます!木工マニアってこういうところのコメントとかも読み漏らさないので、購入されるときの大切なポイントになったりします。もし私がビーバー隊長の事を知らなくてここに来て、これを見たとしたら、嗚呼どうしようもないくらいに木が好きで好きでたまらない製材所の社長がいるわ~なんて思ったことでしょう。ディティールにこそ端材の神宿る。いよいよ明日はビーバーハウス! |
 |