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作家の立松和平さんが鬼籍に入られたとの事。まだ62歳のお若さ、残念です。立松さんといえば、小説もさることながら、その朴訥とした喋りも魅力で、よくテレビのナレーターの仕事でその独特の言い回しを密かに楽しみにしていました。物真似にはもってこいのキャラクターでしたが、真似をする人もあまり見かけなかったのは立松さんのお人柄でしょうか。立松さんの声を聴いていると、上手にスラスラと喋る事が大事なのではなく、自分の意思を持って自分の言葉で語ることこそが大事なのだという事を実感しました。またそうでなければ、何も伝わらないし、意味も無いという事も。お陰で人前で喋る時のコツというか、覚悟のような物を会得しました。それからでしょうか、原稿を読むのは止めました。いいんです、失敗しても噛んでも・・・それが自分だから。
私の初めての立松体験は、1980年に野間文芸新人賞を受賞された小説を映画化した『遠雷』です。立松さんは、早稲田大学在学中から学生運動にも参加、東南アジアなどを放浪し、その後故郷の宇都宮市で市の職員などを勤めながら小説を発表されていました。小説『遠雷』は、都市化の波が押し寄せる栃木の農村地帯が舞台で、新興住宅地に変貌する一帯にわずかに残った土地でトマトのビニールハウス栽培をする青年が主人公です。映画では、まだ初々しい永島敏行と石田えりがカップルを演じていましたが、演技とも地ともつかないようなシュールな芝居が印象に残っています。当時は、芸術性の高い作品を扱うATGで、新進気鋭の根岸吉太郎監督がメガホンを取った作品という事で観ましたが、正直日本の土着的なリアルで粘着性のある画面に拒否感を覚えたものです。
まだ若かった私には、テーマが重過ぎてとても消化できませでした。何とかこの映画を咀嚼しようとしましたが、薄暗い画面と蒸せるような汗の臭いばかりが脳裏に焼きついて、二人が結婚式で歌う『青い鳥』が何ともしょぼいなあ・・・というのが正直な感想でした。恐らくこれから体験していくであろう、そういう地味で平凡な生活に対して潜在的な拒否感を感じていたのかもしれません。父親がケーシー高峰、友人がジョニー大倉、その年上の恋人が横山リエ、その旦那が蟹江敬三と、あまりにも生々しいキャスティングも、まだ本当の『生活』を知らなかったモラトリアムな私には過酷(!)過ぎる現実で、出てくる全ての人間が絶対こんな風にはなりたくない『人生の蹉跌(さてつ)』の対象にしか映りませんでした。
この映画の面白さに気づくのはそれから数年経ってからです。生活する事が本当にリアルになった時、改めて観直すとどうしようもないくらいに、主人公・永島敏行のどこにぶつけていいのか分からないようなモヤモヤした若さの飢えというか渇きのようなものが、とても身にしみて素直に受け入れられるようになりました。職業こそ違えど、木材屋として何のために働くのか明確な目的も持てず、ただ日々汗をかき、夜酒をあおることしか出来なかった青春の悶々が共感を覚えたのです。あの『青い鳥』の場面ですら愛おしく、あの汗の臭いすらも懐かしくあります。その後、何度も何度もこの映画は観ましたが、荒っぽさも激しさも素人くささも全てが懐かしい記憶です。もう二度と戻りたいとは思いませんが、あの頃の経験は今の糧となっています。決してあの日々は蹉跌ではなかったと、今でも遠くで雷が鳴るたびに思うのです。立松和平さん、安らかに・・・合掌。
蛇足ながら、雷が鳴ると「くわばらくわばら」と、昔は呪文のようなものを唱えていましたが、これは『桑』の木というわけではなく、『桑原』という地名の事です。昔、菅原道真が流刑になってその地でなくなった後、各地で落雷が頻繁に起こり被害が相次ぎました。その中でなぜだか菅原道真が領主だった『桑原』という地域にだけは落雷がありませんでした。それを見て人々は、この落雷は道真公の呪いに違いないと思い、『桑原、桑原、道真公ここは桑原です。どうか雷を落とさないで下さい』と言うようになったとされています。もっとも、桑原という地名の由来には、桑が多かったとかそういう関わりがあるかもしれませんが。
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