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今朝のテレビ番組『新・報道2001』で日本の文化について特集がありました。冒頭から観ていたわけではないのですが、『漆』という言葉が耳に入ってきたので、そこから番組を観始めました。どうやら外国の女性作家の方が、日本の漆に魅せられて、日本で暮らしながら漆器作りに励んでいるという内容。外部から自国の伝統の良さを気付かされるというのはいつもの事(というより、そういう形でないとメディアも取り上げたりしませんので自作自演的な部分が多いと思いますが・・・)。
まあ切り口はどうあれ、日本の伝統的なものに光が当たるのははありがたき事。つい歳を重ねると伝統的なものって、知っていて当然、ある程度の知識があって当然という意識になりがちですが、若い方の中には本当にその名前も存在も知らないというケースもあり(情報は氾濫しているとはいえ、自ら知ろうと思わないモノは耳に入っても通り過ぎて身につきません)、とりあえず知ってもらわねば次のステップはありません。番組では漆器作りにに欠かせない『漆』を採取する職人について。
現在、漆掻き職人と呼ばれる方は全国にわずか25人しかいないという事。更にその職人たちが使う専用の漆を掻き削る『漆鉋(うるしがんな)』を作れる鍛冶職人に至っては、全国にひとりだけ。しかもその方は70歳を越える高齢で病を患っていらっしゃっていて後継者もいないということ。かつては福井県に沢山の職人が居たがそこも後継者が絶え、今は青森に住むその職人さんの双肩にかかっている状況で、その技術が継承されないと漆掻きが潰えてやがて無くなってしまう。
そこで老鍛冶師は、漆鉋の製作工程を段階的に作った見本を残す取組みを始めました。自分の技術がなくなると漆文化が衰退すると、伝統を受け継ぐ鍛冶職人の使命感だけが自分をつき動かしているのだとサラリと言う彼の言葉には職人の矜持が感じられました。外国人の作家さんが、日本人に対して語った『値段ではなく価値を買え!や、道具を知れ!』などの言葉は言わずもがなな事ではありますが、実践できていないからこそ外国人の方に「なぜ気づかないのか」と思われてしまうのでしょう。
番組の後半では、日本の言葉に宿る美学などがテーマとして語られていました。雅楽や落語界からもゲストが招かれて、それぞれの立場から日本語の大切さが語られていましたが、私も学校などに出張授業させてもらって感じるのは、子どもたちが昔の名作などの本をほとんど読んでいない事と日本文化についてほとんど知識がない事。ある方が、英語の習達は母国のそれと比例する旨の発言をされていましたが同感。まずは自国の文化についてきちんと喋れることの方が優先されるべきだと思います。
ところでかのニューヨークタイムズが、2015年に『行くべき世界の25ヶ所』の中で、日本では京都や富士山を退けて唯一『四国』が選ばれました。『記念日に溢れる日本の最も小さな島』というタイトルで、四国が88ヶ所の寺を巡礼できる四国遍路の島であるという事、昨年が四国八十八ヶ所霊場開創1200年の記念の年であった事、更に特筆すべき場所として日本最古の歴史を誇る道後温泉があるという事が書かれ久万高原町の岩屋時の写真が使われていました。嗚呼やはり伝統は強し!
本日は、5年目となる生涯学習センターの講師(ふるさとの森林講座)を務めさせていただきました。今年から当施設の管理会社がレスパス・コーポレーションさんに変わったのですが、引き続きお声をかけていただきました。しかも今回は、「愛媛千年の森をつくる会」の鶴見武道会長(愛媛大学客員教授)と「木材と木造住宅の研究会」の織田博顧問(元㈳愛媛県木材協会業務部長)という2大巨頭の間に挟まれて、2日分(2単元)もお時間を与えていただき、本日はその1回目の講座。
内容はこちらにお任せいただいているのですが、毎年受講していただいている奇特な方もいらっしゃいますので、少しは内容も変えねばと、今回は『誕生木・12の樹の物語』に絞ってお話をさせていただく事にしました。いつもは1単元2時間の中であれもこれも詰め込んで話さねばならないという強迫観念に襲われ、駆け足の話になっておりましたが、今回は時間の余裕があるのでじっくりとたっぷりと木の名前の由来や物語、その用途、誕生月との関連、木言葉などについてお話する事に。
毎年3月末頃の講座のオオトリあたりが私の出番でしたが、今年は新年早々の登板という事で参加人数も少ないかと思っていたら、想定以上に参加者がいらして(およそ34~35名)、こんな材木屋の親父の話を聞いてやろうとわざわざお越し頂き本当にありがたい事です。すべての事象の名前にはそれぞれの物語がある事を知っていただくために、まず私自身の名前(照国)の由来(相撲の盛んな野村町出身で、かつての横綱・照国からいただいた)からお話させていただきました。
その中で喋らせていただいたのですが、比叡山延暦寺の開祖・最澄が残した『一燈照隅 萬燈照国(いっとうしょうぐう ばんとうしょうこく)』という言葉があります。自分の名前が含まれている事から、私の心の拠り所としております。意味は、「ひとつの灯りは隅しか照らせないが、万の灯りは国全体を照らすことが出来る」という事です。転じて、ひとりひとりが自分に与えられた役割を懸命に果たすことが、国や組織全体にとってもっとも大切な事であるという意味がなります。
昭和天皇の玉音放送の草案作成にも関わり、「平成」の元号の考案者でもあり、昭和歴代首相の指南役を務めたことでも知られている碩学の財界人・安岡正篤氏は「天下国家をあれこれ論じるよりもまず自分がいる場所を明るく照らせる人間になれ。ただ一途に自分の真心を尽くす。そうすれば、そんな一隅を照らす行為に励まされた人が共鳴され輪が広がるものだ。」と好んでこの言葉を使われていました。遥か遠い境地ですが、その名を戴く者としてこの言葉を常に肝に命じておかねばならないと思うのです。
本日、道後のホテルで開催されるミセスホーム㈱さんの業社会であるミスター会の総会&新年会に出席させていただきました。もう20年近く続く新春の恒例行事で、これが無いと新年が始まった気がしません。業社会は20数名で運営されていますが、新年会には会社とお付き合いのある関連企業や大工さん、社員の方も勢揃いされるので、毎年80人前後の大掛かりなものとなります。昔は道後のホテルの大広間でこういうスタイルの忘新年会も結構開催されていましたが、最近はめっきりすくなくなりました。
こちらの業社会は、通常の工務店の業社会では考えられないほど結束力が強く、メンバーもほぼ固定しており、意思の疎通も横の連携も完璧です。ミセスホームの大下社長の年頭の挨拶でも「この業社会のメンバーを家族同然と考えている」なんてありがたい言葉をいただきましたが、私の経験した範囲ではここの業社会ほど肩肘張らずに心穏やかに駆け引きも無しに話が出来るところは他には知りません。だからといってなあなあで、サロン化しているわけでもなくメリハリははっきりしています。
今年は日程的に取引先の忘新年会が重なる事が多くて、いつもの年に比べると出席できた回数が随分少なかったのですが、以前に比べるとお酒の量もめっきり減りました。信じられないかもしれませんが、私は自宅ではほとんどアルコール類は飲まなくて、夏場でも月に缶ビールを1本飲む事が2,3度あるかどうか。夜にブログを書いている事もあって、酔うと眠たくなって仕事が出来なくなりますので。もうそんな生活が3,4年も続いていますので家では酒も恋しくなくなりました。
体調が悪くてお酒が飲めないとかいうわけではないのですが、ダイエットで炭水化物も控えるようにしていますので、このところ体調はすこぶるよくて、体重もあと少しでこの10数年間見た事も無かった桁までもう少しのところまできています。世代交代などの引き継ぎはあれども、ミスター会の業者はほとんど不動でしたが、ここ数年体調を悪くされて仕事を継続するのが難しくなり退会される方もいたりして、個人業主が多いこともあり、体調管理も他人ごとではありません。
話題も健康管理の事や後継者問題ばかりで、どの業界でも職人さんの高齢化が顕著で、弊社でも若いスタッフへの引き継ぎが喫緊の課題で、今年は大きな判断をしなければならない事の多い1年になりそうです。私ももうすぐ50歳ですが、プロ野球(中日・山元昌投手49歳)やサッカー(三浦知良選手47歳)の世界でも、同世代が活躍している姿を見ると、気力もさることながら、その気力を具現化さすことの出来る健康な体あってこそと、道後の夜景を眺めながらしみじみ思ったのです。
書き始めた時から、きっとこの話は長くなるだろうと思っていたものの案の定長篇となりましたが、いよいよ本日で完結の予定です。『網走番外地』は思わぬ大ヒットで、その後『新・網走番外地』まで含めると計18作という息の長いシリーズになりました。私はすべてを観ているわけではありませんが(これから少しずつDVDで増やしていく予定)、作中たびたび健さんたち囚人が森林伐採に行くという場面が登場しますが、北海道の原野の開拓には囚人が労働力として投入されたそうです。
明治の混乱期に政府に立ち向かった国賊と呼ばれる大量の罪人を収監するために新たな監獄を作る必要があったのと、富国強兵の政策から北海道の開拓が急がれていた時代。囚人を使えば費用を抑えられるという事もあり北海道の各地に刑務所が作られました。道路の開削工事や森林伐採は、険しい地形や熊などとの戦いでもあったともいわれ、映画と同様に逃亡を防ぐために囚人はふたりずつ鉄の鎖に繋がれての重労働で、その過酷さあまり多くの囚人が命を失ったと言われています。
そのため映画同様に脱獄を企てる囚人もいたようですが、脱獄できたとしても大雪原に行く手を阻まれ『日本一脱出の不可能な刑務所』とも呼ばれました(昭和初期には数名の脱獄があったそうですが)。そういう事もあって、その後「網走」や「番外地」、「極寒の監獄」といった過激なイメージが独り歩きをするようになるのですがそれもこの映画の功罪。実は私もその呼称を、このHP内の『今日のかけら』コーナーで、『番外篇』という事で使わせていただきオマージュを捧げているのです。
【森のかけら240】のリストに含んでもらえなかった恨み節というわけではありませんが、晴れやかな表舞台に立つことは出来なかったものの、そのキラリと輝く個性派そのまま光もあたるところに閉じ込めるなんてモッタイばかり。それで『番外篇』という形で樹の紹介をさせていただいているので、『今日のかけら・番外地』なのです。今やっと明かす命名秘話ですが、だからといって何か問題や凶暴性があるというわけではありませんので念のため・・・。
ところで映画の中で逃亡計画を図る囚人たちの話し声の中で、確か「丸紅製材の四時の定期便・・・」という言葉が出てきます。原木を運ぶ定期便の事だと思うのですが、明治初期の開拓時代には主に製材とマッチ軸木だった木材の用途も、製紙原料として飛躍的に用途が拡がり、その定期便もそれを運ぶ車(機関車)だったのかもしれません。『網走番外地シリーズ』は、この後九州や四国にも舞台を移しながら大暴れすることになります(四国松川刑務所とか坪島ドックの坪島とか)。
権利や肖像権が曖昧というかおおらかな時代だったのでしょう。高倉健が歌う『網走番外地』の主題歌にも不適切な表現が含まれているとかで長らく放送禁止になっていたり、作中にもきわどい描写がいくつもありますが、そんな事でこの映画を封じ込めてしまうなんて愚か。そんな折に出版されたのがディアゴスティーニの『東映任侠映画DVDコレクション』!なんと任侠映画100連発!お陰で見逃していた『網走シリーズ』も観る事が出来そう・・・なんて、嗚呼すっかり囚われの身!
昨年、秋田に行く機会があったのですが、本当はその時数日早めに松山を出て八甲田山か白神山地にも行けないものかと画策したのですが、あまりに無謀な行程になるのであえなく断念しました。秋田には『秋田富士』とも呼ばれる美しい山・鳥海山もありますし、一度はゆっくり東北の山にも行ってみたいのですが・・・。ところで、映画『八甲田山』では、白銀の中に凛として佇む巨木たちの姿がありましたが、当然のことながらその存在についてはただの舞台背景として完璧にスルーされ触れられる事はありません。
映画の中に登場する木って、いくら立派な巨木とかでもほとんど樹種名が呼ばれる事はなく、ただの『木』としてしか描かれる事がないように思います。そんな事を気にする人なんて、ごくごく一部の木フェチなんでしょうが(戦争映画で画面の端にチョイ映りするレアな戦車に萌えたり、アクション映画で使われる銃に萌えるガンマニアの心境でしょう)。でも世の中に存在するマイノリティたちのために「この立派なケヤキはニレ科の仲間でなあ・・・」なんて台詞がひと言でもあれば心打ち震えるのですが。
さて、いよいよ本命の『網走番外地』!今更説明する間でもない名作ですが、公開されたのが私の生まれる前年、東京オリンピックの翌年という事ですので若い方向けにサラッとご紹介。元々実録モノの小説があったのですが、そこから網走刑務所という舞台設定とタイトルだけを拝借して、『手錠のままの脱獄』(名匠スタンリー・クレイマーが監督した1958年の作品で、囚人護送車が田舎町を移動中に、真夜中に転落事故を起こしてしまい白人と黒人の脱獄囚が手錠に繋がれた脱獄するが、人種偏見から反目するふたりが、修羅場を切り抜けていくうちに友情が芽生える・・・という話。トニー・カーティス、シドニー・ポワチエというふたりの名優が演じました)をベースに石井輝男監督が換骨奪胎して作り上げた刑務所映画の傑作なのです。
親分のための傷害事件で懲役三年を言い渡された橘(高倉健)は、前科五犯の権田(南原宏治)たちと網走刑務所にやって来る。房内を仕切る古参囚人たちとの軋轢に耐える橘のもとに、母親が病気で危険な状態であるとの知らせが舞い込む。橘の保護司である妻木(丹波哲郎)を心の支えとしてきたが、囚人たちの脱獄計画に巻き込まれる形で橘も脱走。奇しくも相憎しみ合う権田と手錠でつながれたまま雪の中を脱走し、怒りに震える妻木に追われる事となる・・・というのが大まかなあらすじ。
最初は看守に反発していた健さんも、やがて怒りのエネルギーを労務作業の森林伐採の斧に込めることになるのです。おお〜、ここにやっと健さんと木の融合を見ました!舞台設定は定かではないのですが、明治時代には刑務所に隣接する最先端の蒸気機関を有する工場で、囚人使役によるマッチ軸の製造が行われていたそうです。その原料確保の森林伐採も行われていたので、もしかすると健さんもポプラやシナノキ、エゾマツ、トドマツなどを伐っていたのかも・・・この項、明日完結(予定)。
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