森のかけら | 大五木材


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さてさて今年もこの季節がやって来ました、松山市堀江町の堀江港で開催する『ほりえ港青空市』。回を重ねて今回が12回目。もともとは堀江町に店を構える異業種の若手交流会として発足したオレンジ会が、メンバーの大浜タオルさんのタオル即売会に相乗りさせていただく格好で始まったイベントでした。それが市況の変化とともに参加メンバーの顔触れも変わってきました。途中からは地元のまちづくりコミニュティグループの皆さんも運営に関わっていただくようになり、出店者の幅も随分と広がりました。

昨年から新たにNPO法人グループの方々も数組参加していただいたのですが、今回は更に出店業者数も増えて、ホビー体験、リラクゼーション、筆文字やバスボム作り、手作りアクセサリーのワークショップなど体験型のショップも急増。また、炭焼きハンバーガーやメキシコ料理、米粉入り揚げたこ焼きなどの飲食ブースも充実。更に海鮮丼や鯛めしなど地元の居酒屋さんや鮮魚店桟なども出店されます。当初は地元を盛り上げるためにと地元意識が強かったのですが、単なる地域の盛り上げイベントを越えた広がりに驚きを覚えるほど。

出店者が増えた分だけ、イベントに関わる関係者も増えて、テントや机、椅子などの備品の調達から駐車場からの送迎バス、その運転手、交通整備、ゴミの片づけなどなど、それぞれが得意分野を生かして裏方作業をしているので、準備もスムーズだし、規模も少しずつですが年々スケールアップしています。弊社も今までは木の玉プールをメインに、子供たちの遊びのスペース的なスタイルでしたが、今年は販売に力を入れるべく、『うみてらす』から飛び出し、外のテントスペースにお店を構えることにしました。

木工ファンが来店されるというわけではないので、あまり木材素材に偏ったラインナップも組めないのですが、『木のもの屋・森羅』で扱っている木のおもちゃ、クラフト雑貨などを中心に、まな板や木の器などの定番品の他に少しは板ものなども出してみようかと思っています。肝心の日程ですが、5月の19日(土曜日)午前9時から午後3時までの一日限りのイベントです。雨天の場合は翌日の20日に順延します。会場内に駐車スペースはありません。近くに駐車場を借りておりバスで送迎していますのでそちらをご利用ください

※ ほりえ海の駅・うみてらす➡https://ameblo.jp/horie-umiterasu/

雨天の場合の実地及び順延のお知らせは、上記の『うみてらす』のブログでお知らせします。




会社の裏では重機の音が響いているのですが、その隣、つまり私の土地でも小さな変化が起こっています。隣の大規模な造成工事に比べるとあまりにも小さな工事ですが、アスファルトを砕いて杭打ちをして工事開始。何をしようかとしているのかというと、ここに『小屋』を建てるのです。小屋といっても人が住むようなものではなくて、屋根はあるものの壁面が無いオープンハウスというかテント小屋(テントではないのですが)みたいなモノ。

今までは借りていた土地の一角に同じようなモノを建てていましたが、土地を返すに際して小屋は撤去しました。小屋では木育などの各種イベントなどを開催したり、木の玉プールなどを保管してきました。春休みや夏休みともなれば近所の子供たちが勝手に集まって来て、セルフでミニ木工広場が繰り広げられていました。小屋を建てた時に比べると木育の環境も整備され、そこに集まるひと・モノもすっかり増えました。

それで小屋の撤去に伴い、自分の敷地に新たに小屋を建築することを決意。小屋を管理・運営する家内がイメージを作り、我が家を建ててもらった河野住建さんに建築を依頼。以前の小屋に比べるとかなり大きなモノになる予定です。あくまでもイベントなどのための小屋であり、木材を保管するための資材置き場ではありません。しかしそれは紛れもなく木の魅力を味わい、体感し、楽しむための『入口』なのです。

少子化で住宅着工数減少が叫ばれる一方で、木を使う環境は年々拡大しているように思います。弊社でも医療、ジュエリー、飲食店、陶芸、学校など様々な業態とのお取引が広がっています。その要望や使い方に驚かされることも多く、多様な樹種の出口も少しづつながら徐々に広がりつつあります。外に出向いての「種蒔き」はほぼやり終えた感はありますが、次のステージとしての「種蒔き」はこれからこの場所で始まります!




今年も自宅の傍らに植えた桜桃が薄紅の可愛らしい花を咲かせました。春には花を愛でて、初夏になるとたわわに実ったサクランボを採って食するのも家族のささやかな楽しみでした。カラスや鳥たちに食べられる前に収穫しなければならないのですが、タイミングが早いとまだ酸っぱくて、朝学校に向かう子供たちも収穫のタイミングを逸しないように注意を払っていました。残念ながらその桜桃の花を愛でるのも今年が最後となりました。

私の自宅のある敷地と地つながりの土地を資材置き場として長年借りていたのですが、3月末でその土地を返すことにしました。昔はここに梁や桁などの構造材や野縁、ラス板、胴縁などの羽柄材を積み上げていましたが、この10年で弊社の取扱品目もかなり変わりました。梁や桁などの構造材は在庫していませんし、野縁などの乾燥材はすべて表の差し掛けの倉庫に移動。今は天然乾燥させている下地板をわずかに置いている程度。

耳付きの板材などの取扱量が飛躍的に増えたのですが、雨ざらしで保管できるものが少なくなった(昔は構造材も羽柄材も普通に屋外で保管していた)という事情もあり、ここ数年は弊社でイベントをする時の駐車場として主に使っていたのですが、折角の土地を使いきれていない現状を鑑みてお返しすることに。地主さんが松山に居ないということもあって、土地は住宅会社に売られて分譲地として整備されることになりました。

早速測量が行われ、杭が打たれ重機がやって来て地面が掘り起こされていきます。私が会社に入って直後からおよそ四半世紀も見慣れていた光景が一変。それで境界際に植えていた桜桃の木も伐らなければならなくなりました。弊社がある県道から西は、30年前は畑が広がるばかりで人家はありませんでしたが、ここにも6件の家が建つそうで来年の今頃は全然違う光景になっていると思われます。そんな感傷にも浸る52歳の春の日。




本日は倉庫整理。倉庫の奥の方には普段出にくい木材を入れているのですが、滅多に声のかかることの無い木は奥へ奥へと詰め込んでしまうので、年に数回ぐらいは強制的に「撹拌」させないと、どんどん積み重なってしまいます。自分の中では、強い台風がやって来て海中が撹拌され、海底の冷たい水と水面の温かい水が混じり合っていいバランスになるというイメージ。今回も数年前から倉庫の奥深くに埋没していた『ホンジュラス・ローズ』が数年ぶりにその神々しいお姿でお出ましになられました。

ギターなどの楽器にも珍重されるホンジュラス・ローズですが、私が持っているのはそこまで木柄の整ったものではありません。あくまでも『世界中のすべての木を見たい、触ってみたい』という私の心の声、材木屋信条に従って買ったまでの事。木柄云々よりも実物を手にしてみたかったというのが本心で、それをどうやって売ろうかなどとは考えてもいませんでした。それでも、日本中には自分と同じような樹種フェチ、他樹種愛好家もいるはずだとの無謀な確信があったので、いつかは必ず売れると思っていました

仕入れたのはホンジュラス・ローズの丸太で、それを板に賃挽きしてもらったのですが、それから既に10年以上もの月日が流れていきました。その間、ホンジュラス・ローズにご指名がかかったのは10回程度。やはり世の中には似たような嗜好の人間もいるようで、大体年に1回ぐらいは『ホンジュラス・ローズってありますか?」とお声がかかります。しかしだからといってそれが必ずしも商売に結び付くわけではなくて、サイズをはじめ木柄、価格の問題等で取引に至らないケースも多かったりするのです。

現在もオンラインショップで数枚アップしているものの、なかなか売れません。もっと安かったら買いたいという方は多いものの、ホンジュラス・ローズの丸太って凸凹が多いだけでなく、ねじれ曲がったりしているうえに辺材のダメージも多く、無節で赤身の張った大トロ部分なんて、そんなに取れるものではないのです。もっといい丸太を買えばいいのかもしれませんが、自分の好奇心を満たすためだけに無謀なチャレンジは出来ません。手持ちの材で、なるべく使いやすいように形を整えていたらどうしても価格もそれなりになってしまいます。

それでもいい、と言っていただくお客さまとの巡り合いを辛抱強く待つしかありません。幸いにもネットのお陰で手持ちの材の紹介は簡単に海外にまで出来る時代ですから、昔に比べればフェチの分母は飛躍的に増加しています。きっと「こんなホンジュラス・ローズを探していました~!」なんて出会いもきっとあるはずと信じて、滅茶苦茶重たいホンジュラス・ローズに鋸を入れていい具合にカットして形を整えています。しかしその際に発するバラ科特有の強い匂いは、強烈な香水のようで匂いに酔ってしまいそうになる

ホンジュラス・ローズはオンラインショップで販売中!




宇和島の天赦園、徳川、島津、樹木つながりでもうひとつ気になるものがあります。それが学校などによく植えられている『ソテツ(蘇鉄)』。以前にもこのブログで取り上げましたが、ソテツは枯れかかったり弱ったりすると、釘を刺しておけば復活するので、鉄で蘇るから蘇鉄なのだとう伝承がまことしやかに囁かれていますが根拠はないようです。西日本だけかもしれませんが学校などによくソテツが植えられています。昔からなぜ学校に南国情緒溢れるソテツが植えられているのか不思議に思っていました。

どうやらそれっぽい理由が2つほどあるようです。そのうちの1つが、ソテツそのものが九州や南西諸島など南国に自生しているのですが、明治維新後に薩摩出身のひとたちが政府の役人として全国各地に赴任した際にソテツを広めたという話。明治維新時に薩摩がどれほど力を持っていたかを示すエピソードです。その真偽は定かではありませんが、天赦園にも立派なソテツがあって、もしかしたらこれも薩摩が広めたソテツのひとつなのかもと考えると、思い起こされるのが徳川家と薩摩の島津家に関わる蘇鉄問答

徳川11代将軍・徳川家斉が薩摩藩第10代藩主・島津 斉興(テレビの『西郷どん』で、鹿賀丈史が演じている、島津斉彬の父)にある日こう言った。「そちの家の庭にはたいそう立派なソテツがあるそうじゃな。」斉興は「それは三田(江戸)の屋敷のことですか?」と聞き返すと、「いやいや三田ではなく薩摩の屋敷のソテツの事だ。」「ご冗談を・・・」と笑う斉興を遮って、家斉は続けた。「疑うならば国元に人を遣って調べてみよ。一番大きなソテツの根元を掘ってみるがいい。葵の紋を彫った小柄(こづか)」が刺してあろう。」

斉興は慌てて国許に早馬を走らせて、薩摩の庭のソテツを調べてみると確かに家斉の言う通り葵の小柄が見つかって斉興は恐れをなしたというもの。つまり当時徳川が使っていた公儀隠密がいかに有能で、江戸から遠く離れた薩摩の地でもし何か企てようともすべてお見通しだぞという徳川の力を示すエピソードです。あまりよく出来過ぎていて、作り話っぽいですが、木にまつわる話ってこれぐらいがちょうどいいんです!一方で、もっと現実的でドライな理由としては以下のような話もあったりします。

公立校の学校の植栽については、文科省から「日本の心を学び、また入学、卒業時の記念とすることを目的に桜を植栽すること」とか、地域の気候や環境を鑑みながら「教材用となる裸子植物を一種以上植えること」と指導がされているそうで、その中で成長が遅いので将来大きくなりすぎて困らない、手間がかからず育てやすい、根腐れを起こしても幹と新芽が生きていれば再生できるほど生命力が強いなどの理由でソテツが全国各地の学校や官庁に広まったというものですが、あまりに味気ない。やっぱりソテツは薩摩の志士か隠密が広めてくれないと!




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