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| 四国電力さんが毎月発行されている広報誌『ライト&ライフ』に弊社が取り上げていただくことになり、取材していただきました。『ライト&ライフ』とは、「弊社の事業について皆さまにご理解を深めていただくとともに、四国の歴史や文化、伝統産業、さらに地域の新しい取り組みなどをテーマにご紹介するもので、毎月発行しております。」という趣旨で四国の様々なヒトやモノを幅広くフィーチャーされています。という事で、そのふり幅の広さから11月号は『木の魅力、再発見』というテーマで弊社に声をかけていただいたのですが、材木屋としては王道を踏み外しているうちのような会社が果たしてふさわしいのか?! |
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いやいや、王道を踏み外しけもの道を這うような会社だからこそむしろ目立ったともいえるわけで、世の中万事塞翁が馬。広報誌といっても天下の四国電力さんですからその発行部数も半端ではありません。是非この機会に王道ではない邪道スタイルの材木屋も息をしている事を伝えねば~!といつも以上に張り切って取材に臨みました。取材していただいたのはフリーライターの波多野恵理さん。この波多野さんが本当に聞き上手で、最初はしおらしく閉じていた私の『天国の門』がいつの間にか開門されていたのです! |
| 自分は田舎の出身で今でも訛りが抜けませんが(今ではそれを武器ともしてます)、その分他人のイントネーションにも敏感で、そういう方にはどこの出身なのか訊きたくなります。若い頃からいろいろな木を訪ねて全国各地を巡ったお陰で、いろいろな地域のつながりが生まれて、その地域に関わりのある木や建物の話で接点を作る事が出来るようになったのもけもの道に生きる材木屋ならではの特技!波多野さんは宮崎県のご出身という事でしたが、宮崎には縁があるので馴染みのある宮崎弁がとても耳に心地いい。 |
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波多野さんは宮崎県東臼杵郡のご出身という事でしたが、臼杵といえばお隣は日向(ひゅうが)。日向には『日向松』が有名です。恐らく全国的にはこの日向松の名前の方が知名度があると思うのですが、愛媛というか私の周辺では『霧島アカマツ』あるいは『霧島松』の名前で呼ばれていました。宮崎から銘木屋さんが愛媛に持ち込んできた流れから、霧島アカマツの名前が定着したのだと思います。霧島アカマツについては以前にも書きましたが、この機会に改めてもう一度ご紹介させていただきます。明日に続く・・・ |
| 作日のブログで書いた名残の木材、結局その名残が積み重なって大きな在庫となっているという現状があり、今回のロングセールではその禁断の名残にすらも手をつけようというものです。【森のかけら】などに必要な最低限のモノだけを残して、一端整理しなければもはや倉庫が倉庫として機能していません。今のところ、私の周辺ではリフォームを中心に木材需要はそこそこあって、それなりに木材も動いていて、大工さん不足も叫ばれているものの、長い目で見ればこのままの状況が続くとは考えられません。 |
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今のうちに、これからもまだ売れるであろうモノと、今までは売れたけれどこれからは難しくなるであろう過去のモノとに分類して、今のうちに売る、あるいは売れるモノに形を変えておく(それを原料として商品を作る)必要があります。かつてのように、売れなくても店の顔として展示しておく木材のスペースを与えておくだけの余裕もなくなってきているし、時代に合わせてそのやり方も変えていく必要があります。レースウッドにも県外からまとめてお声がかかり、随分と在庫も少なくなってしまいました。 |
| 『森のかけら』や『森のりんご』などを作るために最低限の量を残して、販売していくつもりです。名残として取っておいて端材については丸い器に加工。既に先行してHPのオンラインショップでは販売をしていますが、この奇杢をまるまる全部活かしたいという事で、底の薄い『銘々皿』として仕上げました。板や角材など素材のままで買っていただく方がこちらとしては手離れがいいのですが、長年連れ添った(?)木材たちの倉庫では埃まみれだった下の真の姿をひと目見ておきたいという親心もあって・・・ |
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結局のところ未練タラタラなのではありますが、やはりひと様の手に渡る前にその晴れ姿を目に焼き付けておこうという気持ちからこういうモノを作ってしまうのだと思います。そうして晴れ姿は拝ませていただきましたので、今度はいよいよ販売させていただこうという、もの凄く虫のいい話です。残りのレースウッドの板材も厚みが25㎜なので、テーブルの天板には厳しいかもしれませんが、板材としてもネットで販売させていただきますので、まだレースウッド未体験の方は是非この機会に奇杢を体感してみて下さい。 |
| 私が勝手に『奇杢』と呼んでいる『レースウッド』ですが、入手した当時(今から20数年前)は、ただただ物珍しい木が欲しいという事で、誰にどうやって売ろうなんて考えてもいませんでした。愛媛という小さな限られた市場の中で売り買いしていたのでは決して手に入らないであろう木材を、県外に飛び出して行っては必死にかき集めていて時代の収穫のひとつがレースウッドだったのです。しばらくの間は、来店されたお客さんにこんな面白い杢の木もあるんですよと、『見せる木、語る木』として活躍してくれました。 |
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ほとんどの反応が、「面白い」、「初めて見た」、「どうやったらこんな杢が出来るのだろう」といった感じで、まさに我が意を得たり。十分にその存在価値を示してくれました。私的にはそれだけでもこの木を持っている意義はあると思っていたので、焦って売る気も無かったのですが、そのうちこれを使ってみたいという人もぽつぽつと現れるようになってきました。圧倒的なインパクトを持っているものの、その稀有な存在感は半端ないので、下手に使うと室内のバランスを逸しかねない諸刃の剣! |
| 実際にレースウッドを幅剥ぎにして作ったテーブルとかを見られると、「うわ~面白い~!」とは仰られるものの、自分の家で使うとなるとさすがにこれはないな~という感じ。木も買い手を選ぶというのはまさにこの木にあるための言葉。そうやって年に数人現れる奇特な人の手によって少しずつ売れていたのでしたが、近年はさまざまな規制等によって海外の木材が入手困難になってきたことと、このHPのお陰で少しは認知されるようにもなってきたこともあって、県外からレースウッドを求められる方が急増。 |
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在庫しているといってもそんなに大量に持っているわけではありませんし、今後の入荷のアテがあるわけでもないので、売れるのは嬉しい反面、次第に手持ちの数が減っていくのは寂しくもあり不安でもあります。大抵の木であれば、売ってもまた今度仕入れればいいと割り切れるのですが、レースウッドのように仕入れのルートが細い木だと、これですべて無くなってしまうと、今生の別れのような気がして切なくなってしまうのです。そうやって結局どの木も少しずつ『名残の数枚』が山のように残っていく・・・ |
| 数年前に地元で大量の『ユリノキ』の丸太が入荷して、板に製材してテーブルやカウンター、クラフト細工などいろいろなものに利用してきました。まだまだ大きめの耳付き板も残っているので、そちらは改めて紹介するのですが、丸太を賃挽きしたため、このような丸太の最後の端材も発生しました。いわゆる『ガッパ』というモノですが、さすがに私でもどう使えばいいのか頭を悩ますレベル。ガッツリ樹皮が残っているのと、これ以上のいいコンディションのモノが大量に挽けたためとりあえず桟を入れて放置。 |
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屋外で雨ざらしの中で数年経過してすっかり真っ黒にんなってしまいました。樹皮に引っ張られて内側に少し丸まってしまっています。まあ一見すれば何の木やらも分からず、とても使えるようなものには見えません。通常ならばそのままチップになるか廃棄されてしまうようなものです。丸太を扱えばこういう端材が大量に発生するので、いちいち顧みていては仕事にもなりません。放置している間に腐ったり、虫害に遭って本当に使い物にならなくなってしまう事の方が多いのですが、どうやらこれはまだ使えそう。 |
| 幸いにもそれほど反りもなくて、腐りも見受けられなかったので、プレーナーで削ってみると、真っ黒だった顔の下から乳白色の綺麗な顔が現れました。端は多少変色しているものの、使い方次第でまだまだ活かせれそうです。真っ黒の荒材の状態ではさすがにどこからもお声はかかりませんが、こうしてひと削りしておけば、こういう素材だってうまく活かして使っていただく人も現れます。こんなところに手間かけてる暇があったら、その本体の方に手間暇かけんかいっという声が聞こえてきそうですが・・・ |
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なんか誰からも相手にされないような材を見るとほっとけいのです。市場なんかでも形や状態が悪くて、「こんなの使えん」とか「使えない木」だなんて悪態をつくひとがいると、敢えてそういう木を買ってしまう(しまいそうになる)のです。そんな風に言われたら木も可哀想だし、そんな木を救えるのは俺しかいない!なんて勝手に使命感に浸ってしまう馬鹿な性格です。でも材木屋が木を見限ったら、救いが無いと思うのです。素人が見たら使いようが無いような木でも生かすことが出来るのが材木屋の腕の見せ所! |
| 少し前の話になりますが、今年も地元の中学生が職業体験という事で、大五木材にやって来ました。さまざまな職種のリストがあって、子供たちがその中から興味のある職業を選んで体験するのですが、その中に「材木屋」が入っているわけです。職種として選ばれたというわけではなくて、学校の周辺でこのプログラムを受け入れてくれる先の1つにたまたま材木屋があったという事だと思うのですが、毎年3人ぐらいの中学生が体験に訪れます。彼らにとって「材木屋」ってどう映っているのだろうか? |
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私が子供の頃は、「町のお店」として「お肉屋さん」や「お魚屋さん」、「八百屋さん」、「電気屋さん」などが当たり前のように描かれていました。それが普通というかそういうものだと思っていましたが、今ではそれらの専門店は巨大スーパーなどに淘汰され、地方の商店街からすっかり姿を消してしまいました。よほど特徴がなければ専門店は生きていけない時代。時代によって仕事の形態も変わっていくのは世の常ですが、子供たちが夢見る職業ってどういうものなんでしょうか。 |
| 恐らく、将来材木屋になりたいなんて考える子供は、材木屋の息子ぐらいのもので、そういう仕事自体が存在していることすら分かっていない子供が圧倒的だと思います。なにしろ町の中に材木屋って見かけませんもんね。愛媛の松山ですらそういう状況ですから、都会の子にしてみたら、ホームセンターの少しマニアックなところぐらいのイメージなのかもしれません。別に悲嘆しているとかいうわけではなくて、わが社は田んぼのあぜ道、けもの道を行く会社ですのでそれで間違ってはいないのですが。 |
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ただ職業として体験しに来た子供たちにとっては、そういうマニアックな材木屋での経験が『材木屋』という職業として擦り込まれるのはいいのか悪いのか(笑)。これが材木屋の仕事なのか~って思って、もしも将来ほかの材木屋にでも就職することになったらビックリするのではないだろうかと、そんな事を妄想したり。自分自身の中でも、もう何が材木屋の本道、王道なのかすらも分からなくなっております。そろそろ「材木屋」から「木のモノ屋」って謳った方が分かりやすいのかも、と思案中。 |