森のかけら | 大五木材


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20130910 1もう少しだけ鯨の話題。この生月島(いきつきしま)は、捕鯨の島としても有名ですが、もうひとつ「隠れキリシタン」が熱心な信仰に殉じた島としても有名で、2階の展示室には、450年もの間厳しい弾圧にも耐えながら現在にまで引き継がれてきた当時の信仰の様子やご神体などが展示してあります。小学校の頃歴史の教科書で見た『踏み絵』の実物もありましたが、木製の枠で囲まれた随分立派そうなものでした。それよりも私を惹きつけたのは、この島が生んだ日本一の巨漢力士の事。

 

20130910 2その名を、『生月鯨太左エ門(いきつきげいたざえもん)』。この生月島出身で、誕生日が文政10年(1827年)ということなので、11代将軍・徳川家斉の頃に産声を上げ、14歳で鯨を仕留めたとか、怪力だったとか伝説には事欠かないようです。身長が227㎝、体重が169kgもあったという事ですから、当時からすればまさに巨人であった事でしょう。ちなみに東洋の巨人・ジャイアント馬場さんが、身長209㎝、体重135kg。曙が身長203㎝、体重233kgですからその突出した大きさが偲ばれます。

 

20130910 3圧倒的な大きさを誇りながらも最高位は西張出前頭で、わずか24歳で亡くなってしまいます。その巨躯から繰り出す技は圧倒的なパワーがあったようですが、お披露目的な土俵入りが多くて、まともな取り組みが組まれなかったのかもしれません。あまりに大きすぎる体ゆえ、見世物的な扱いを受けたアンドレ・ザ・ジャイアントの苦悩がだぶります。亡くなった際には、遺体を運び出すのに長屋の天井を壊して搬出したというエピソードも残るなど何事も桁違いだったようです。

 

20130910 4さて相撲の話になったので、相撲つながりで1冊の本をご紹介。今までに何度か触れてきましたが、私の名前は第38代横綱・照国にあやかって命名されました。気迫がこもり肌が紅潮したときの美しさから「桃色の音楽」とも呼ばれた名横綱ですが、その横綱・照国とのご縁で、秋田県湯沢市で小学校の教員をされていた簗瀬均(やなせ ひとし)さんとつながり、その簗瀬さんが2011年から秋田魁新報の日曜日に地元の名横綱の生涯を連載されていましたが、このたび上梓されました。それがこちらの『横綱照国物語』(無明舎出版)。以前に資料をいただき拝読させていただきましたが、早速本も購入させていただく予定です。無敵の双葉山に、ただ一人勝ち越した第38代横綱・照国。内気温厚で、争いを好まなかった少年がなぜ相撲取りになったのか? 秋田が生んだ「相撲の天才」波瀾の生涯を活写する!またひとつ、名前のルーツに一歩近づきました。

 
 



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