森のかけら | 大五木材


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昔は狭い地域で地名を表わす場合、東西南北などの方角を頭につけることが多かったので、愛媛県の西に位置する通称南予地域(ややこしい💦)の中を東西南北に分けて、西宇和郡に対する東側で東宇和郡と名付けられていたのだと思います。それが大合併によってエリアが拡大したため、小さなエリアの中では東に位置していたものが、大きなエリア内では西に位置するようになり、しかも名前に無難な方角名をつけたものですから、土地勘のない方には位置が分りづらい事になってしまっています。

小さな地域を大きな地域が飲み込んでしまって、名前だけ聞くと大きいのやら小さいのやらサッパリ分りにくくなっている例としては、お隣の「香川県高松市香川町」。私の妹が香川に住んでいるので、昔から香川にはよく行っているのですが、合併によっていま車で走っている場所が、地名だけ見ると一体どこなのかイメージしづらくなりました。エリアが妙に大きくなったことで距離感がいまだに掴めません。さて、なぜこんな話をしているかというと、先日木材の納品で愛媛県最南端の「愛南町(旧御荘町)」に行く機会があって、現場の場所を地図で確認していて感じたからです。

愛南町は、昔はその一帯は南宇和郡と呼ばれていました。そこに御荘町、城辺町、西海町、一本松町、内海村という4つの町と1つの村がありました。それが平成の大合併で 愛南町になったのです。私はその愛南町の北側に位置する野村町(現西予市野村)に住んでいましたが、南宇和郡に行ったのは数えるほどしかありませんでした。昔は完全なインドア派の人間でしたので、あまり家から出るのを好みませんでした。その頃もっと外に出てたら、多少は土地勘もついたのかもしれないと思いますが、大人になっても方向音痴でいつも苦労しています。


その愛南町の中の旧御荘(みしょう)町が現場なのですが、もうそこから車で30分も走れば県境で、その先は高知県宿毛市。御荘という地名は、王朝時代に延暦寺の荘園がこの地にあり、それをあがめて「御」を附し「御荘」と呼ぶようになったのが由来だとされているそうなのでもともと歴史と由緒ある地名だったのです。この辺りは協会が入り組んでいて複雑なのでもともと分りづらかったのですが、旧名が無くなって余計に分りづらい。城辺町、西海町、一本松町、内海村って特徴が分りやすくていい地名だったんだけどなあ・・・。まだ続く

 




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