当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
予告無く変更になる場合がございます。
現在の商品に関しまして、お電話、又はオンラインショップをご覧ください。
そもそもおとぎ話を子供向けに編纂したのはイタリアの詩人ジャンバティスタ・バジーレ(1575〜1632)という人で、その後フランス人のシャルル・ペロー(1628〜1703)が『赤ずきん』を含む8編の童話をまとめあげました。『赤ずきん』はもともとフランスに伝わる物語で、ペローの話では赤ずきんがオオカミに食べられるところで物語は終わっているのですが、それから120年ほど後に出版された『グリム童話集』では、我々がよく知っている続きがあるのです。
二人を食べておなか一杯になって寝ているオオカミを狩人が見つけ、ハサミでオオカミの腹を切って二人を助け出し、代わりに石を沢山詰めておき、目覚めたオオカミは石の重さで死ぬという結末。改めて言葉だけ読むと、かなり怖い話です・・・。ここでオオカミは老人や子供を食い殺す、救いようのない悪者として描かれています。そのことから、現実にもオオカミは人を襲うと信じられ、危険な動物(害獣)という事で手当たり次第に殺されてしまったのです。
特にアメリカでは政府がオオカミ追跡に予算を組み、さまざまな団体が賞金を出してオオカミ狩りを推進したのです。毒や新式の罠などの発達によりその傾向はますます拍車がかかり、遂にはオオカミ退治に小型飛行機まで動員されることになったのです。その結果、アメリカにおいてもオオカミの数は激減し、中には途絶えたしまった種族もあったり、オオカミがまったくいなくなってしまった地域もあったようです。オオカミにとってはまさに不遇の時代でした。
しかし、前にも書いたようにその後の調査・研究で、オオカミには人を襲う習慣が無い事が分かりました。家畜を襲う事はあっても人に危害を加えることはないのです。人がオオカミを恐れる様に、オオカミだって人間は恐るべき存在なのです。ただ、オオカミには人の後をつけるという習性があるため、それが不気味に思えてしまうのでしょう。東欧には、オオカミは悪魔によってつくられたという伝説もあるそうで、そういう伝承や童話によって、人を喰わないはずのオオカミの実態は捻じ曲げられ、害獣としての虚像が独り歩きしたのです。そんなオオカミたちの濡れ衣を晴らす意味でも、今こそオオカミを日本の森に放ち、健全な森の再生に力を貸してもらいたいと感じます。リアル動物の苦手な私が言うのも説得力がありませんが・・・。 『日本オオカミ協会』さんの活動を影ながら応援しています。
オオカミプロジェクトの最終回です。アメリカのイエローストーン国立公園では、既にその計画が実行され、生態系のバランスの修復に一定の成果をあげています。その根底には、『ナチュラル・レギュレーション』という新しい思想があります。自然の管理は、人間が干渉せずに自然本来の営みの任せることが最適とする考え方です。近年我々は、「人間に役に立つものだけを保護し、無益にならないものは駆除する」という功利的な概念で社会活動をしてきました。
しかし今やそれは行き詰り、社会全体が閉塞状態に陥っています。これからは、人間の都合に反するものも含めた本来の姿の自然を保存し、相応のリスク(例えばオオカミに咬まれたとしても)を承知のうえで、自然と共存する意義をを重視する『自然保護思想』が重要だと述べられています。言葉で書いてしまうと何だかとても難しそうに感じてしまうかもしれませんが、これが少しも説教ぽさもなく、実例を伴って説明がなされているので、まさに目から鱗が落ちる一冊!
『日本の森にオオカミの群れを放つ』という発想は、既存の正攻法では行き詰っている森林保護政策に風穴を開ける理にかなった壮大かつ実現可能なプロジェクトであり、決して奇策などではありません。自己の利益追求の功利的な論争の中からは決して生まれることのなかった崇高な理念であり、精神的なゆとりにも結びついていると思うのです。木を見て森を見ていなかったような机上の森林保護の考えに猛省を求める一冊として是非読んでいただきたいです。
読後につくづく思ったのは、森の健全な復活を願うのは人間だけではなく、森はこの世に生きとし生けるすべてのものだということです。そして何をするにしても相応の『覚悟』はいるという事!現在オオカミによる生態系の復元に関する本は他にも多数出版されています。さて補足として、恐らく多くの人が子供の頃に「悪なるオオカミ」と最初に出会い、無意識のうちにオオカミを卑怯で残酷で恐ろしい存在として刷り込ませている罪深き『赤ずきん』の童話について。
このオオカミ復活プロジェクトの手段として、著者の吉家世洋さんは、1993年に『日本オオカミ協会』を設立し、いろいろな調査研究の結果、ニホンオオカミのルーツにもっとも近い中国のオオカミの移入と場所の選定まで進められ、現在ではシカなどの食害に悩む全国の地域で説明会やシンポジウムなどを開催し、オオカミの特性にに対する正しい知識と、この活動の意義などについて熱心に活動をされています。古来日本においてオオカミは特別な存在でありました。
オオカミを危険な害獣とみる概念はなく、それどころか神の使いとして尊重し、狼神社として信仰の対象となっているぐらいなのです。私の家の近くにある木野山神社(堀江町)も「オオカミ様の神社」と親しまれ、邪悪なものに対して高い神徳があるとして、狼の姿をした神様が祀られています。実際にもオオカミに人が襲われたという事例も決して多くはなく、それよりはむしろ野犬などによる被害のほうがはるかに多いのです。ではなぜ人はオオカミを恐れるのか?
この計画でもっとも問題となるのは、人がオオカミに襲われるのではないかとい危惧です。その恐怖感は、牧畜民から生まれたキリスト教が本格的に日本に入って来た明治の頃からだといわれています。ちょうど日本人がオオカミを目にする事が少なくなってきた時代、反オオカミ思想が急速に浸透したのです。西洋の童話「赤ずきんちゃん」や「三匹の子豚」で描かれるオオカミは邪悪の象徴で人や動物を襲う存在です。子どもの頃からそのイメージが刷り込まれました。
キリスト協において、布教活動のために作られた「悪しき存在」がオオカミであったのです。確かに牧畜においてオオカミの被害は避けられなかったことでしょう。しかし実際には、アメリカでは1600年代に白人が入植してから現在までのおよそ300年以上の間、人がオオカミに襲われたという記録は一件もないのです。なのでオオカミが人を襲うという話は過剰に盛られたイメージに過ぎず、オオカミにとってみれば言われなき濡れ衣であったのです。
昨日に続いてオオカミの特徴について。オオカミはそれぞれの群れのテリトリーの間に緩衝地帯を作り、草食動物たちの繁殖の余地を残します。そして、数が増えすぎてこの安全地帯に収まり切らなくなった獲物だけを食べるのです。また、無差別に獲物を捕らえるのではなく歳をとったシカ、病気のシカ、怪我をしたシカ、仔ジカなどを的確に見つけ出して狩りをするのです。この事は、シカに伝染病が流行ったとしても大量死する事態を回避させる効果もあります。
また弱ったシカを優先的に間引いていくことから、結果的に健全なシカの遺伝子を残すことになっているそうです。勿論、病気のシカを食べてもオオカミには感染しないらしいのです。さてニホンオオカミは今からおよそ100年前に絶滅したと言われています。そのため天敵のいなくなったシカやカモシカ、サルなどの動物が無制限に増え、彼らの食料となる草や木の葉、木の芽、木の枝、樹皮、木の幹の形成層までがことごとく食べ尽くされ、草も生えない裸地になります。
吉野や日光、阿寒などの国立公園では貴重な原生林が枯死し壊滅状態にあります。大台ケ原ではシカの食害でコケも枯死し、生態系そのものが崩壊しました。尾瀬の湿原でも高山植物から水中植物までもが大きな被害をうけています。無論人間の手による自然破壊も防止しなければなりませんが、放っておけばとどまることを知らないシカやカモシカ、サルなどの食害も緊急課題であって、それを解決することができるのが『オオカミを森に放つ』プロジェクトなのです!
人間の力だけでは到底復元不可能なこの問題を、オオカミは驚異の能力でかつ正確にやり遂げるのです。しかも食べ残した餌によって、キツネやタヌキ、クマなども恩恵を受け、今各地で発生し問題となっているクマに襲われるという被害も減少が予想されます。実際に明治時代までは、オオカミは日本の森林の生態系の頂点に君臨し、健全な自然環境を土台から守ってきた自然界の管理者の役割を担ってきたのでした。では、明日は具体的な取り組みの内容について。
先日、映画「狼男アメリカン」の事に触れました。ご承知のように日本にいた固有種ニホンオオカミは、今からおよそ100年ほど前に絶滅したと言われています。私はリアル生き物は苦手なので(!)、もし生きていたとしても遠巻きに眺めるぐらいしか出来ない臆病者ですが、オオカミという存在には強く惹かれる部分があります。弊社の通信誌『適材適所』で5年ほど前に書いた記事(NO.108)ですが、思うところあり加筆して『森とオオカミの関係について』ご紹介します。
ここに荒廃する日本の森を復活させる画期的な取り組みがあります。我々木材業界の人間は、すわあ補助金だ、超大型工場だ、流通経路の見直しだ、大規模植林だなどと(人間の手による)ストレートな方法で長らく森の保護や活用を行ってきました。それが最良の方法であると信じて疑いもしませんでしたし、それ以外の道を考える事もしませんでした。それは行き詰った森林政策と同様に、いつまでも過去に固執し古い価値観から抜け出せない我々の心の状態そのものでした。
しかしここにまったく別の驚くべきアプローチで結果的に日本の森林、ひいてはその生態系、更に日本人の価値観すらも根底から大きく変えてしまう壮大なプロジェクトに挑んでいる人たちがいます。たまたま本屋でタイトルに惹かれて手にしたその本の名は、『日本の森にオオカミの群れを放て』(吉家世洋著 BNP社)。衝撃的なタイトルはオオカミを何かに暗喩したものではなく、本物生きたオオカミそのもののことです。なんと無謀な話だと思われるかもしれません。
ところが実はこのプロジェクトは夢物語などではなく、驚くほど科学的で緻密に研究、検証された計画であり、発想の奇抜さとダイナミックな展開にその内容が記された本著全202ページを一気に読破しました。この本を読んだとき、森との関わり方についてこういう考え方もあるのか、またいかに人間が愚かで思いあった生き物であるかという事を感じ、まさに目から鱗が剥がれる思いでした。それではその内容について触れていきます。まずはオオカミの生態について。太古から日本の自然の生態系の頂点にいたのはオオカミで、しかも彼らは犬などに比べてもはるかに高い知能を持った肉食獣で、自分たちの頭数をコントロールし、獲物となる草食獣を決して根絶やしにしないように巧みに保護(!)するという驚くべき能力を持っている動物であるのです。明日に続く・・・
Category
- 1. 今日のかけら
- 2. 木のはなし・森のはなし
- 3. 木の仕事
- 4. 草と虫と鳥と獣と人と
- 5. 木と映画と舞台とテレビ
- 6. ひと・人
- 7. イベント・講演会
- 8. 気になるお店
- 9. ちょこっと端材
- WOODENTAG& 日本百樹札
- 「森のかけら」舞台裏
- えひめイズム
- おとなの部活動
- お酒にまつわる話
- かけら世界紀行
- かけら日本紀行
- アート&デザインのかけら
- オフセット・クレジット
- オンラインショップ
- キッズデザイン&ウッドデザイン
- スポーツと木
- ハードウッドとウッドデッキ
- パプアニューギニアL.M.H
- フルーツウッド
- メディアあれこれ
- モクコレ WOOD COLLECTION
- モザイクタイル
- モザイクボード
- 一枚板を見せていこう!
- 円い森・円き箱・木言葉書
- 媛すぎ・媛ひのき
- 愛媛のこと
- 愛媛木青協のこと
- 木と本
- 木のものあれこれ
- 木のものづくり+α
- 木のもの屋・森羅
- 木の家具
- 木の玉プール
- 木育のこと
- 未分類
- 森と生きものたちの記録
- 森のかけら玉
- 森のかけら36・森のかけら100
- 森のこだま/森のたまご
- 森のしるし
- 森のめぐみ
- 森のりんご
- 森の出口
- 森の砂・森の粉・森の羽
- 森の5かけら
- 無垢の家具
- 異業種&産官学
- 端材のこと
- 誕生木・12の樹の物語
- 道後温泉とかけら屋
- 都市林業とビーバー雑木隊
- Loopto in Ehime
Archive
Calendar
| 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 | ||||
