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| 共同で『誕生木・12の樹の物語』を作った兵庫県明石市の住空間設計Laboの渡辺社長から今年も甲子園の阪神戦にご招待いただきました。しかも初の巨人戦ナイター!日曜日の夕方18時試合開始なので、最後まで観戦してたら家に帰りつくのは深夜2時は過ぎてしまいそうですが、こんな大チャンスを逃すわけにはいきません。帰りの強行軍覚悟でいざ甲子園に乗り込みました。実はこれで今年度の阪神タイガースの試合を観るのは8試合目。そのうち甲子園球場は5回目。シーズンは終盤に差し掛かっていますが、ほぼ1ヶ月に1試合のペースで野球観戦。 |
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春先の休みが続いている週末の甲子園2連戦などは当然逃しませんが、時期的にデイゲームが多くて、デイゲームだと長い試合でも18時には終わるので、そんな時間から試合を観るの新鮮。折角なので試合前の練習から観ようと、開門直後に入場したのですが、さすがに人気カードの今季最後の地元3連戦の最終日ということもあり既に人が溢れていていました。直前まで小雨が降っていてグランドコンディションが悪かったせいか、練習もほどほどに入念なグランド整備に時間が割かれたのは残念でしたが、雰囲気は最高~! |
| 今年の観戦勝率は無残ですが、勝っても負けても生で試合を観れるのはそれだけで楽しいのです!太陽が沈むに合わせて照明にも灯がともります。ちょうど私たちの席の前に、彼氏が阪神の、彼女が巨人のユニフォームを着たカップルがいましたが、他人様のことながらこれで仲良く観戦出来るのか心配になりました。ふと辺りを見回せばそういう組み合わせのカップルや友人グループなどもそこそこいたのですが、相手球団を応援する友人と並んで試合を観れるほど私は大人ではありません。野球の楽しみ方もひとそれぞれなので余計なお世話ですが。 |
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ご招待いただいたのが、3塁側のベンチのすぐ後ろという素晴らしい席なので選手との距離も近い!目の前に見えるのが憎らしきジャイアンツの選手といえども、プロ野球選手の鍛え上げられた身体は見てみたいもの。と思っていたら、高価そうなズームレンズのカメラを持った巨人の追っかけたちが、ネットに張り付いて練習に出てきた巨人のお目当ての選手を激写。さすがは巨人、他のチームでは野球少年が陣取りますが、ほぼ若い女性がネットに群がります。無償の愛で支えてくれるファンという存在は本当にありがたい。どうすればここまで人を魅了させられるか、何事も勉強。明日に続く・・・ |
| 初の試みであった材木屋での屋外上映会『ホシゾラシネマ』、午後からパラパラと雨が降ったりして、開催が危ぶまれたものの上映時間が近づく頃にはどうにか雨も止んで無事に開催することが出来ました。最初は雨の場合の事も考慮して、倉庫の中の材をはね出して倉庫の中での上映なども検討していましたが、やはり雰囲気的には星空のもと屋外で映画を観たいということで、多くの方のご協力を得て屋外上映という形になりました。今回のこの企画は大五木材女子部主催のもので、私ならこういう発想が出てきません。問題はどれぎらいの人がやって来てくれるのかという事。 |
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そんな心配をよそに、かなり早い時間から近所のこどもたちがわらわらと集まって来ました。子どもの頃ってこういう非日常のイベントとかがあったりすると妙に心がワクワクして、用もないのに随分前から集まったりしていたものですが、きっとそんな感覚なんでしょう。裏の敷地の一角に建てた『小屋』が今回の上映舞台となりますが、近所の子どもたちにとっては、すっかり『遊び場』として定着していて、勝手知ったる場所で上映までの時間つぶし。そのうち辺りが暗くなってきたのでミニ花火大会が始まり子どもたちのテンションも上昇。 |
| 今回のイベントは、大五木材がどういう材木屋で日頃からどういい取り組みをしているか、普段ちょっと近づきにくい材木屋の倉庫にも入って、材木屋というものを知って利用してもらおうというのが趣旨で、利益を出すための映画上映会ではないのですが、そうはいってもあまり人が少ないと寂しい。子どもたちは沢山集まって来てくれましたが大人はどうかと心配もしていましたが、やがてひと組、ふた組とおとなの方々も集まって来始めました。近所の方とかも足を運んでいただき、上映が始まる頃には結構な人数が集まりイベントらしくなってきました。 |
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今回上映するのは、宮沢賢治原作・高畑勲監督の『セロ弾きのゴーシュ』というアニメです。タイトルぐらいなら誰でも聞いたことのあろう名作ですが、肝心の話の中身は知らない人も多くて、恥ずかしながら私も今回初めて知りました。宮沢賢治がこの童話を書いたのは1934年(昭和9年)ということで、人物描写や台詞回し、時代背景や当時の価値観など結構個性的。それらを考慮したうえでの演出であろうと思われる、延々と音楽だけで展開されるシーンも私は面白かったのですが、これって今の子どもに理解できるのだろうか少し心配になりました。 |
| 子どもたちにとっては映画の内容云々よりも、普段は味わえないような暗闇の中で友達や家族とひと時を過ごすという時間のほうが楽しみだったようで、早速「次はいつするの?」なんて声を聞くと嬉しくなります。ライフスタイルもモノの流れも多様化して、何事もひとくくりでしばれない時代になって仕事そのものに対する考え方、価値観も多様化しています。そんな中で材木屋の仕事って果たしてなんだろうかと考えます。即物的な木そのものを売るだけが材木屋の仕事だろうか。ひとの暮らす空間の「気」を作る木の事を知ってもらう、木の楽しみ方を伝える、材木屋の仕事はまだまだ沢山ある。 |
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| 広島からの帰りは、久しぶりのフェリー。平日だった事もあり船内は人もまばら。子どもが小さかった頃は、船という日常とは違う異空間が楽しかったらしく、よくフェリーに乗ったものですが、最近はほとんど利用することがなくて本当に久しぶりでした。平日の遅い便という事あってさすがに船内に人影はまばらでゆっくり休むことが出来ました。四国が本州と繋がるひと昔前は、すべてこうしてフェリーで海を渡ってきたものです。逆に我々が本州に出る際もフェリーが必須。 |
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到着時間の関係で夕方から深夜に船に乗って、翌朝早くに目的地に着くことが多かったため、おのずと船内では酒盛りが行われたりしたものです。展示会などだと、行き時は「全部売ってくるぞ~!」と威勢はいいのですが、帰りはションボリと意気消沈する事も多くて、行きはよいよい帰りは怖いを地で行くフェリー旅でした。まあそんなフェリーでの行商も仲間がいれば、気分転換のミニ旅行みたいなもので(まだまだ景気も良かったので)、売り上げ云々よりも道中の話の方が楽しくて、今ではいい思い出です。 |
| 久しぶりにフェリーで横になったと思ったらもう到着。当初はそのま帰るつもりでしたが、善家君の高校時代の友人がやっている寿司屋が近くにあるというのでそこで晩御飯を食べて帰ることに。看板はよく見かけていましたが、入るのは初めて。三津浜の「次男坊寿司」さん。フェリーの発着する港に近いこともあって外国の方が多いようで、その日の私の隣の席の方も中国の方のようでした。そういえば昔はよく遠洋漁業で愛媛に立ち寄った(当人たちがそう言っていました)外国人が動物の毛皮の敷物とかを買ってくれと会社に訪ねて来ていました。 |
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もちろんそんな怪しいもの買ったりはしませんでしたが、丸太ん棒のようなでっかい腕にビッシリとタトゥーの入った髭もじゃの外国人が、熊やら虎やらの毛皮を担いでやって来たら腰が引けます。まあ当時は買いたくとも買えるようなお金も持っていなかったので、シドロモドロで本当にお金が無いと伝えたら、諦めて帰っていきました。もしかしたら彼らの国では材木屋はいずれもお金持ちで格好のお得意様だったので、日本でも材木屋を狙ったのかも(笑)。残念ながら材木屋にも大小いろいろありまして大きな見当違い。 |
| 久しぶりのフェリーに乗って、港の近くで外国の方にあって、そんな昔話を思い出したりして、折角美味しいお寿司をいただいたのに料理の事は疎くて、その美味しさをうまく伝える筆も持っていないため申し訳ないです。で、お店を出たらその前にたまたま、以前こちらに引っ越してきた際にテーブル用の木材を求めて弊社にやって来られた設計事務所さんの事務所でした。遅い時間でしたのでもうお店は閉められていましたが明かりがついていて中の様子は伺えました。最後の最後まで木にご縁のある広島の旅でした。 |
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| 『チャンチン』については不意にそこにあったので、つい立ち寄った感覚で実例等まだ不十分ですので、その材質等についてはいずれまた改めて書かせていただきます。とりあえずLOST店内の蔦屋書店へ。先月、家内が広島に行った時にここへ来たのですが、面白かったと聞いていたのでいずれ広島に来る機会でもあれば自分の眼でも観てみたいと思っていましたが、最近そう思っているとそれ関係の仕事が舞い込んで来たり、それ関係の人と出会ったり、そこに行く機会が巡ってきたりと、「引き寄せの法則」を実感しています。 |
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家内が以前に来た時に驚愕してインスタグラムにアップしていたのがこの巨大本棚。天井まで連なる壁面がまるまる本棚になっています。もうこういうのを見ると、自分がいかに貧乏性&心配性なのかを思い知らされます。上の方の本を取るための専用の巨大な梯子はあるそうなのですが、そうそう出るものではないだろうから、いざ注文があって取ってみたら、埃まみれになってはいまいか?室内と言えども長期間陳列していてら結構日焼けしたりするのではなかろうか?大きな地震でも来たら下にいる人にとって本が凶器となってはしまわないか?そんな事ばかり考えてしまいます。恐らくそういう問題に対する対策は講じられているんでしょうが、凄いのは凄いのですが、上部の掃除どうやってするのかそれが気になって気になって・・・。最近こういう感じの『見せる本屋、図書館』多いようです。 |
| それともうひとつ気になるのは、これだけ巨大な本棚の材料をもしも自分が受注したら何の材を提案できるかという事。色は後から着色するとしてとりあえあず無視するとして、ベニヤなど一切使わずすべて無垢という設定で考えてみます。本の出し入れが頻繁な下段は、ある程度摩耗にも強い木にしたい。節があると本が引っ掛かるので、基本無節とします。するとハードメープルやブラック・チェリーあたりがお薦めですが、これだけ巨大になると総重量でもかなりなことになると思われるので、あまり重たい木は難しいかも。となると、ホワイトセラヤあたりか・・・。 |
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いやそもそも物語を紡ぐ本屋なのだから、機能性よりも物語優先でいったほうがいいのかも。となると、やはりBOOKの語源とも言われるビーチ(ブナ)しかないのかも。太古の昔、木材質が精緻なビーチの棒や小片などに文字を書いていたのですが、後にビーチの薄い板を重ねて使うようになり、それがBOOKになったという事。しかし重たいビーチでこれだけの量をまかなうと思うと、入口から内部に運び込むだけでも相当大変。うちの3トン車だと何十往復しないといけないんだろう。う~ん、だったらやっぱりビーチは止めて他の木に・・・捕らぬ狸の皮算用。 |
| 一般の方はほとんど馴染みがないと思われる『チャンチン』ですが、私は割と若いうちからよくその名前を耳にしていました。当時、宮崎県あたりから銘木を売りに来ていた業者の方たちがチャンチンを持って来ていて、鮮やかなオレンジ色の硬質な木があるという事で、チャンチンを見せてもらいました。ただし、薄い板ものとか、細い角材などで、コンディションも決していいものではなかったため、まだ当時は建築以外にこれほど多くの木の出口があることすら知りませんでしたのであえて積極的に購入するには至りませんでした。 |
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今して思えばもっと買っておくんだったなあと思いますが、木との出会いも一期一会です。チャンチンという変わった名前の由来については昨日説明しましたが、【森のかけら】に加える際に悩んだのがこの木を世界か日本のどちらに加えるべきかという事。そもそもが一介の材木屋の趣味嗜好から生まれた商品なので、独断と偏見で判断すればいいものなのですが、購入していただく方もそれなりの木フェチなので、こういう分類にはそれなりの理由が必要になるぞと勝手に思い悩みました。私の基準としては原産地とかではなく、その材がどこに生えていてどこから来たかという点。 |
| チャンチンは中国原産で、既に室町時代には日本に渡来してきたと言われています。それだけ古くから日本にあったのであればもはや日本の木と言っても差し支えないほどで、その存在がもっと浸透していてもいいはずだと思うのですが、その歴史に反比例するほどに認知度が低いのです。なぜなんだろうか?こういう場合よくあるのは、全然別の和名で親しまれていたパターン、あるいは材質が日本人好みではなくて市場で用材として利用されなかった。そして最後が、ただ私の認識不足で、世間の常識と乖離していただけという世間知らず。 |
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最後のパターンだとただただ私が恥ずかしいということになるのですが、少なくとも愛媛では「チャンチン」は大工さんと話していて普通に出てくる言葉ではありません。雷電木や雲破りの別名が現わすように、まっすぐに高く伸びるので日本の狭い土地事情にそぐわないので好んで植えられなかったのかも。まあ実例も少ないのでその辺りはもう少し調べてみようと思います。そういう事からこの木を日本産とする事に抵抗があったのと、今でも【森のかけら・お任せ】セットには進んでは入れてはいないのですが、そろそろこちらの意識を変えていかねば、室町時代からの先人に失礼。 |