森のかけら | 大五木材


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昨日に続いて映画の話です。先日観た、『シェイプオブウォーター』(The Shape of Water)について。監督は、あのロボット映画の金字塔『パシフィック・リム』を作ったギレルモ・デル・トロリドリー・スコットと並んで、次に作る映画が待ち遠しくてたまらない、必ず新作を映画館で観なければならない映画監督のひとりです。次にデル・トロが撮るのは、声を失った女性と半魚人の恋を描いた映画という情報が流れた時から、必ず観に行くと決めていたのでなるべく余計な情報は入れないようにしていて正解でした。

これを書いている今もあまり情報入れていないので間違いあるかもしれませんが、こういう映画は自分の感性で語るべき映画だと思うのであまり人の意見は読まずに書いています。上映時間が2時間を超えていて、最近寝不足の私としては途中で眠ってしまわないかと心配していましたが、本当にあっという間の2時間で睡魔に襲われる暇もありませんでした。まだ観ていない人、これから観ようと思う人は読まない方がいいかもしれませんが、これはデル・トロの『異形なるモノへの愛』に溢れた映画です。

半魚人といえば、過去に『ヘルボーイ』でも登場させ、そこでも半魚人の切ない恋を描いていましたが、今回はそれがスケールアップして昇華されたスピンオフのようでもあるし、人魚が閉じ込められている研究室は前に見たような設定で、続編でも観ているかのような錯覚に陥りました。今回の半魚人はアマゾンで現地人たちから神と崇められていたが、米軍に捕らえられ軍事研究のために秘密裏に連れてこられたという設定ですが、台詞で語られるのみで、具体的な映像はありません。その普通にそこにいます感がまたいい。

『ヘルボーイ』も『パシフィック・リム』もそうでしたが、普通ではない異形なるモノが存在する理由をくどくどと説明したりせずに、それが現実、それが当たり前と受け入れた前提で物語はスタートします。なのでこういうテーマを扱っていてもデル・トロの映画は暗くならずにどこか明るく前向き。言葉を失った清掃婦のサリー・ホーキンスが半魚人と恋に落ちたあたりからみるみる表情が魅力的になっていくのですが、彼女を支える脇役も素晴らしくて、こんな奇想天外な話なのにグイグイのめり込まされていくのです。続く。




仕事柄、樹木図鑑をはじめ木や建築に関する本は沢山持っていますが、それと同等、いや恐らくそれ以上に持っているのが映画関係の本。木に覚醒したのはこの仕事に就いてからですが、映画のそれは小学生の頃からで、大学では映画研究部に入り8㎜映画なども作っていましたので、そちらの方がはるかに歴史も長くマニア度も高いのです。ということで木以外の趣味といえば映画なのですが、ここ最近忙しくて映画館に行けていませんでした。先日、息子を部活動の練習試合で送った際、時間があったので久し振りに映画館へ。

春休みという事もあって、子供向けのアニメを観に来た家族連れで賑わうロビーとは裏腹に、私が観た『シェイプオブウォーター』は、私を含めて4,5組の客しかいなくて閑散。アカデミー作品賞受賞で付いたはずの箔も効果無し。封切してそれほど日が経ってもいないのに、大人の映画は人気無いです。今の映画の盛況を支えているのは子供向けのアニメとアイド映画であることを強く実感します。ところで、ある人が、「本当にいい作品がアカデミー作品賞を取ったためしが無い」と仰っていました。

アカデミー賞があくまでもアカデミー協会会員全員によって選出される「身内のお祭り」的な要素が強く、政策会社や配給会社などのパワーバランスや根回しや思惑などが大きく作用している事から考えればそれも理解できます。最近は、候補にあがっても観ていない(あるいは地方では観えない、上映されない)作品が多すぎて、私自身ほとんど興味も失っているものの、若かりし頃は候補になるのはほぼメジャー作品ばかりで、ほぼ観ていた作品ばかりだったこともあり、勝手に予想もするなど一喜一憂したものです。

とりわけ私がまだ学生で多感だった1980年代は、大手制作会社の威信をかけた激しいはにアカデミー賞レース争いが繰り広げられていましたし、今でも名作として語り継がれる作品ばかり。そんな中で、なぜこれが作品賞を取れなかったのかと臍を噛んだのは私だけではなかったと今でも思っているのは、1980年の『地獄の黙示録』(作品賞は『クレイマー・クレイマー』)、1984年の『ライトスタッフ』(作品賞は『愛と追憶の日々』)、1986年の『刑事ジョン・ブック/目撃者』(作品賞は『愛と悲しみの果て』)。今も悔しい・・・明日に続く。




1年以上前に伐採して製材した後、天乾させてきた愛媛県産の『ユリノキ』の板ですが、想定した以上のスピードで乾き、使い勝手がいいことからいろいろな用途で使っていただいています。学校の構内に生えていた樹だったのですが、スクスク育っていたので直径が2尺(およそ600㎜)に迫るような大物もありました。それらもいい具合に乾いて、そのうちの一部は住宅・店舗のカウンターや枠材、クラフトの細工などに利用されました。乾燥したら、未乾燥材にその席を譲らねばならないので別の倉庫に移動。

基本的に乾燥した材は、倉庫内に立て掛けて保管するようにしています。乾燥が出来るまでは桟積みして上から荷重をかけて、風通しのいい差し掛けの屋根の下で保管しますが、しっかり乾燥が確認できたら、最前線の現場に赴いてもらわねばなりませんので、迅速に対応できるように立てて保管します。これこれこれぐらいのコンディションでこういうサイズの板が欲しい、というオーダーが入ると、立て掛けた板をめくりながらどれで対応できるか確認します。注文があるたびにそういう作業が繰り返されるわけです。

ものによっては何度も何度も同じ木をあっちにやったりこっちにやったりと動かすわけですが、そうやって持ち上げることで、その後の乾燥の進行具合を肌で確認することも兼ねています(と自分に言い聞かせながら、倉庫が狭いなんてことは言い訳にしないポジティブ志向!)。含水率を測って乾燥具合を見るというのが基本だとは思うものの、旧式のアナログ人間である私は含水率よりも自分の肩量りの方を信頼しているので、体感測定しないとどうも信用ならない。それでもし間違いあっても自分は納得できるので。

倉庫に立て掛けた材も、販売の状況によってどんどん倉庫内を移動していきます。例えばその樹種がまとまってある時は、もっとも人目につくセンターを飾っていても、枚数が減って来ると隣に移動させられ、センターには別の新人が座ることになります。更にいいものから売れていき、節のあるものなどばかりが残ると、目立たない裏の筋へと移され、華やかりし栄光は過去のものへと。そうやって世代交代ならぬ樹種交代が、狭い倉庫の中では日々繰り返されていくのです。




昨年末に異常な盛り上がりを見せた弊社の『パターンブロック』ですが、レーザーでヘキサゴンにくり抜くなど改良版が完成。またまた全国のパターンブロック愛好家から問い合わせが相次ぎ、商品発送に追われています。メーカーによって微妙に大きさが違うようで、それらに対応できるようにかなり試行錯誤を繰り返したようです。仕事が終わって帰宅すると、それで問題がないかどうか確認するために、我が家で双子の息子と娘がヘキサゴンの枠の中にうまく収まるかどうかを試していました。私自身はそれで遊んだ事がないのでいまひとつ魅力や遊び方を理解できていないのですが、そのうちにそれでいろいろな図形を作り始めました。

上が息子の作品で左が娘の作品。全国各地から注文が殺到して初めてパターンブロックがそこまで人気にある商品であると知りましたが、これってもしかすると単なる木育の知的玩具のカテゴリーを越えて、多彩な遊び方がある滅茶苦茶凄い洗練された商品なのかも?!。形も色も限られた中で何を作るのか?確かに作り手のセンスが問われる玩具で、好きなデザインで作っていいと言われると逆に行き詰ってしまうタイプの子もいたりしそう。こちらの作品のモチーフは『ツバキ』だそうです。なるほど、なるほど。一応こちらは綺麗に全部を枠に収めたパターンです。

今度は自由に好きなデザインで枠に作ってみてということで娘が作り上げたのがこちらの作品。わずか350㎜角足らずの小さなヘキサゴンという限られた世界ですが、それなりに自己表現も出来るようです。中のブロックそのものはメーカーのもので、もともと着色してあります。材木屋なのでどうしても木の素材感で勝負したいという気持ちが強すぎて、これぐらいベッタリと木目が見えなくなるまで着色するのにはどうしても抵抗があるのですが、こういう遊び方を見ると着色すてみるのもいかなあと思ったりも。

こちらは息子の自由演技作品ですが、なかなか大胆な発想で衝撃を受けました。我が子ながら耳が枠から飛び出す、上に重ねて立体的にするなど規格外の発想力に感心しきり。なるほどこういう使い方、遊び方もあるのか~。折角作った力作ですが、やがて壊されてしまう儚(はかな)さもこのパターンの魅力のひとつなのかも。こうしてスギの木目や色合いも背景のひとつだと考えると、粗目の年輪も赤身と白太のアンバランスさもそれなりにいい感じ。このパターンブロックの枠は、『木のもの屋・森羅』にて販売しています。気になる方はこのホームぺーの問い合わせ欄からご注文下さい。




昨日に続きて地方の木育の話・・・こういう活動が広まれば広まるほど、形式化され全国どこでも同じような木育が実施されるというのは味気ないし、面白くもない。偏屈材木屋としてはそういったマニュアル施策が大嫌いなので、木育はこうあらねばならない、こうあるべだなんて意見を大上段から振り下ろされると引いてしまいます。商売も同様ですが、撒いた種から翌日芽が出るような即席栽培のモノなんてすぐに飽きられてしまう。そこは時間をかけて改善や改良をしてコツコツとファンを作っていくしかない。

西予市が木育に取り組まれる姿勢は素晴らしいと思うのですが、これってすぐに効果が現れたり、その成果が目に見えて分かるようなものではないだけに、やり始めたからには是非とも気長に粘り強くやっていただきたいと思います。この政策の肝は、ひとです。木の楽しさ、面白さ、素晴らしさを知っていただくためには、その魅力を伝えるひとがいてこそ。いわゆる「作り手」と「広め手」の関係。西予市には学生時代の同級生や先輩・後輩など頼もしい人材が沢山いますので、『木の語り部』の育成にもご尽力いただきたい。

里山カフェ イソップ物語』では木育の翌日に演奏会も開催されそちらの方も好評だったそうですが、その場では地元で採れた食材で作った料理も出されました。そこには『吟醸牛 山の響』の肉を使った料理も!家内の実家は牛の肥育農家で、独自路線で販路を広げており、一昨年作った新ブランド『吟醸牛 山の響』も地域の方々の後ろ支えもあり少しずつ認知度が広がっている様子です。大きな道には大きな明かりもありますが通る人も多くて、小さき者はその中に埋没してしまいます。

小さき道には小さな明かりしかないものの、通る人も少なく目を凝らしてゆっくり進めば歩けないわけではない。足元は決して暗くない。これだけ木育が認知され、広がってきたのなら、中には皆が驚くような規格外のアプローチの木育があってもいいのではないかと思うのです。日当たりの悪い山で細くて曲がりくねって育ってた木にだって、好事家に愛される『変木』という出口があるのです。マニュアルの木育よさらば!ぜひ振り切れたような、エッジのきいた、変木のような木育を期待しています!!




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