森のかけら | 大五木材

以前に出演させていただいた南海放送さんの『えひめ情熱人』、木について喋りたいことは山ほどあれど(文字通り)論点をまとめきれないという性格が露呈して、だらだらと長時間喋り倒してしまった事が結果的に番組史上初の4回に分けての放送という事になってしまったのですから人生何が幸いするやら分かりません。そのお陰で多くの人の方の目に触れることとなり、思わぬ形でPRもさせていただきました。それから数か月、今度はなんとそのスピンオフ企画が持ち上がり、再びスポットを当てていただくことになりました。

番組プロデューサーの伊東英明さんの念願であった企画、愛媛情熱人出演者によるトークライブ、情熱人ショー!実は7月末に津軽三味線奏者の堀尾泰磨さんを招いて、試験的に第0回のトークショーは開催されていたのですが、今回満を持して第1回のトークショー開催となったのですが、そんな栄えある場に私でいいのかしら・・・と戸惑いは感じながらも、偏屈であろうが変人であろうが材木業界に向かって当たったスポットライトにひるんでなるものかとふたつ返事でお引き受けさせていただいた無謀者です。

えひめ情熱人の出演は私で157人目。そんな私が第1回の情熱人トークショーのふさわしい人間とは思えませんが、伊東さんが用意してくださった舞台は、伊東さんの故郷でもある久万高原町面河の面河茶屋・渓泉亭。その店主である中田直美さんも『えひめ情熱人』の出演者でもあり、伊東さんが久万で幼稚園の先生をされていた頃、同じ敷地内の小学校で先生をされていたという仲。その中田さんは、盟友・井部健太郎と、現在弊社で働いてもらっている井部勇治と幼き日に机を共にした同級生という繋がり。

これはもうそこで話させていただく事が運命づけられていたとしか思えないご縁の連鎖。そういうことで、10月28日(土)に風光明媚な面河茶屋・渓泉亭にて、『情熱人トークショー』が開催されることとなりました。午後2時からスタートで、3時20分頃まで好き勝手に、木の事を話させていただきます。後半は、ご来場いただいた方を交えてのフリートークの流れです。面河の深い山は秋には錦秋に染まる広葉樹の森、広葉樹に尋常ならぬ愛着を抱く偏屈材木屋の戯言を聞いてやろうという奇特な方のご来場をお待ちしています!




甲子園といえば、誰もが知る高校球児の聖地であり、愛する阪神タイガースの本拠地ですが、「全国で競い合って日本一を目指す大会」という比喩としてOO甲子園という言葉がジャンルを超えて使われています。『俳句甲子園』しかり『マンガ甲子園』しかり『ダンス甲子園』しかり。そんな巷に溢れるOO甲子園の中に、『和牛甲子園』というものがあります。正式名称は、『全国和牛能力共進会最終比較審査会』というもので、和牛日本一を決める共進会の中の、高校の部の俗称ということで、球児ならぬ牛児が日本一を競います。


ほぼ5年ごとに開かれている和牛の改良成果を競いあって日本一を決める大会で、「高校の部」を含め39道府県527頭が出品される和牛業界最大規模のビッグイベントなのだそうです。その中の一部門である『和牛甲子園』という言葉がどこまで浸透しているのかは分かりませんが、私は夏季休暇で家内の実家に帰省していた際に、テーブルの上に置いてあって何気に手にした『日本農業新聞』の活字に目が留まり、そこで初めて知りました。記事によると全国から15校が出場するのですが、残念ながら四国からの出場はなし。

北は岩手から南は鹿児島まで全国の畜産科のある高校から14校が出場しています。他の甲子園と違うのは、主役が牛児だけではないということ。競馬はその血統が非常に重要視されるブラッドスポーツですが、牛も同様に血統が大切で、出場校と並んで出品牛名、出品牛の父の名、母の父の名なども明記されています。和牛らしい体型や品位などを競う種牛の部や、肉質や肉量を競う肉牛の部などがあり、全国から500頭あまりの牛が集結し、その様は『和牛のオリンピック』とも称されるのだとか。


なぜそんなに和牛の共進会が気になっているのかというと、家内の実家が畜産業を営んでいて、和牛を400頭ほど肥育しているので、ついこういう話題に目がいってしまうのです。以前にもこのブログでもご紹介しましたが、その黒毛和牛に『山の響』というブランド名をつけるお手伝いをさせていただきました。木と牛、ジャンルこそ違えど自社の商品の魅力をいかに消費者に伝えていくのかという点では非常に勉強になりました。その美味しさが画像からでは伝わらないのが残念ですが、それは木も同じ。




王子が岳』から車を走らせ、倉敷の美観地区へ移動。何度も来ているのですが、子供たちはまだ幼かったのであまり記憶にないようでした。混雑を避けるために朝早くに自宅を出たものの、明確な目的を持った小旅行ではなかったので、あちこち寄り道している間に昼近くになってしまい、結構な数の観光客が溢れていました。材木屋だから美観地区の古建築かと思われるかもしれませんが、実は誤解を恐れずに言うと、個人的には特別に古建築に興味・関心が強いというわけではないのです

今回もここに立ち寄ったのは家内のリクエストです。仕事がらまったく興味、関心が無いというわけではないですが、古建築をわざわざ訪ねて歩くようなマニアでもありません。その辺りは自分でも不思議なくらいなのですが、同様に古材に対してもそんなスタンスです。なぜかというと、人が何十年も住んだ家にはその人の思いというか御霊(みたま)のようなものも宿ると思っているので、解体した部材にもそれらは宿っていて、おいそれと商品として扱うには重た過ぎると感じてしまっているためです

だからといって古材を取り扱うことを否定しているわけではなくて、例えば自分の先祖の家など身元がはっきりしている分にはどうこう思わないのですが、他県でまったく縁もゆかりも無い所にあった築百数年の家などの場合、びびりの私としては気が引けるというか、進んで関わりたくはないのです。幽霊的なものとかの事を言っているのではなく、強い思いのこもったものってちょっと近寄りがたいというか、軽々しく関われないなあと感じてしまうのです。これはあくまで個人の感覚なので気にならない人は沢山いると思います。

そういう方は大切に古材を活用してあげてほしいと思っています。古建築には今では手に入らないような立派な部材を使われているケースも多いので、活かせるものであれば活かしてあげていただきたい。時々、弊社にも「古材は扱っていないのか?」という問い合わせがあったりするのですが、私はこういう感覚なので古材は扱うつもりはありません。それゆえ古建築に対しても興味、関心が薄いのだと思います。材木屋としての資質が問われる問題発言かもしれませんが、偏屈ゆえ木に対する畏怖が屈折しています。

古材ではありませんが、自然素材という意味ではも同様だと思っています。日本でお墓といえば御影石がほとんどですが、海外では大理石で墓石を作られるケースが多いようです。大理石は軟らかく加工が容易で、微細な彫刻に適していて、炭酸カルシウムが主成分なので酸性雨にも強いためとも言われますが、一方では人間の骨を構成するリン酸カルシウムと同じカルシウムなので、人の念が寄りやすいからだという説もあります。別に怖い意味ではなく、自然素材ってそいうものだと思うのです。




双子の子どもたちも高校生になって部活も忙しくなり、なかなか家族五人で揃ってどこかに行くことが難しくなりました。子供たちが幼い頃は泊りがけでよく出掛けたものですが、なかなかみんなの都合が合いません。それが今年のお盆は珍しく数日間家族全員のスケジュールが合って、久し振りに日帰りで近くに遊びに行こうということに。お盆休みは弊社としては珍しく長期でしたが、仕事がかなり残っておりましたので休日出勤で仕事を片付けて、混雑を避けるために14日の早朝から車を走らせて岡山に向かいました。


私は知らなかったのですが、家内が岡山の児島に瀬戸内海が一望できる景色のいい場所があるというので、そこに向かうことに。岡山の南部の児島半島にあり、瀬戸内海国立公園にも指定されている『王子が岳』。朝早く到着したのでほとんど人もいない中、駐車場から数分歩くと噂通り瀬戸内海が一望できる場所に出ました。天気が良かったのと、朝早かったこともあってまだ涼しい中で、彼方に瀬戸大橋が眺められる絶景を堪能!ところで気になっていたのが、『王子が岳』という、いかにもいわくのありそうなこの地名。

説明の看板を読み下すと、昔この地に百済の王女が生んだ8人の王子が住んでいたという伝承に由来するという事です。なぜ百済の王女が・・・?歴史好きな私ですが、この時代の歴史って昔から苦手です。朝鮮半島で満州に高句麗、百済、新羅の三国が鼎立した時代、4世紀から7世紀あたりの朝鮮半島との歴史って(当然のことながら)やたら漢字が多いうえに、登場人物も地味で不思議と興味が湧きません。ということで歴史書を覗いてみると、神功皇后が朝鮮半島へ出兵し、新羅、百済及び高句麗を降伏させた。


その結果、百済の王族は倭によってその婚姻が決められており、基本的に百済王の后は倭人の中から選ばれ、その王子が王位に付くまでは人質として倭国に来ていたそうなので、王子が岳のあるこの地にも王子がやって来ていたのかも。八人の王子とは、柴坂の王子,坂手の王子,筈割の王子,峰の王子,日の王子,錫投げ王子,谷の王子,瓶割王子の八人。次第にディテールが分かってくると少しずつ興味が湧いてきましたぞ~。ただ家内や子供たちは興味も関心もないようで、王子の謎に足を踏み入れることなく次の地へ移動・・・




街中を走っていると、目の前に重機を運搬している車の後ろに付く事が時々ありますが、そういう時に気になるのは荷台の床板。完全に職業病です。通常は硬くて耐久性のある『アピトン』が使われることが多いのですが、松山においては南洋材の製材は年々減少して、南洋材の丸太そのものを扱うところが減っています。その代わりに、県外の工場で製材しフローリング加工されたものが入ってきたりしてその需要を補っています。そのほとんどがアピトンで、業者間でも「荷台の床板ならアピトン」というのが共通認識です。

しかし部分的な張替工事などで、オーダーサイズの床板が欲しい場合、アピトンの丸太がひっ迫しているとしばらく待っていただくことになり、やきもきすることになります。そんな時、アピトンでなくても別の木でもいいのでは?と思ったりもするのです。例えば同じように硬くて耐久性のある『イエローハードウッド』や『グリーンハート』などでもいいのではないかと、倉庫の中にある材を眺めながら思うのです。まあ現実的には、それらの丸太が松山にあれば、という話になるのですが、これもタイミング。

比較的丸太が入りやすい『カポール』なんかだと大丈夫だと思うのですが、納品後どの樹種がどれぐらいもったのか等のデータが無いので一抹の不安があったりします。まあこういものもウッドデッキと同じように、木そのものの強度や耐久性だけでなく使用頻度やメンテナンス等に左右されるケースが多いと思われるので一概に比較も難しいと思いますが、やっぱりアピトン最強なのかしら?紫外線に晒すだけの実験なら自分でするのも可能なんですが、キャタピラーの付いた重たい重機の積み下ろしなどにどこまで耐えるのか?


数トンもある巨大な重機の硬くて鋭い鉄のキャタピラーで日々ザクザク踏まれたりする姿を想像すると(床板の視点)、過酷な現場に送り出してなんて残酷な親なんだと申し訳ないような気持ちになったりもするのですが、もうそこは「お前の強靭なボディーであれば耐えられる!この過酷な仕事が出来るのは君たちだけなのだ!誰かがこれを やらねばならぬ、期待の人が君たちなのだ、どうか頑張ってやり遂げてくれ~! 」と、宇宙戦艦ヤマトの乗組員並みの使命感を委ねて見送るしかないのです。日々、断腸の思い・・・。

まあこれはネタ的な話で、実際にはカポールでも車輌の床板としては十分でよく利用もされています。他の木についても地域性というかその場にあるものの中のベストという意味では使われている地域もあると思いますし、適正は十分にあると考えています。以前に『今日のかけら/カポール』でも触れましたが、カポールはシリカを含んでいて刃こぼれしやすいのと、アピトンほどではないにしろヤニも発生するので注意が必要です。耐久性に優れていることから車輌の床板以外にも、住宅の外壁などにも利用されています




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