森のかけら | 大五木材


当ブログに記載の商品の料金、デザインは掲載当時のものであり、
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誕生木(たんじょうもく) 12の樹の物語

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1月 松(マツ) 木言葉「荘厳」 

 

2月 胡桃(クルミ) 木言葉「知性」

 

3月 檜(ヒノキ) 木言葉「不滅」

 

4月 山桜(ヤマザクラ) 木言葉「微笑」 

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5月 杉(スギ) 木言葉「雄大」

 

6月 樟(クスノキ) 木言葉「忍耐」

 

7月 栃(トチ) 木言葉「博愛」

 

8月 欅(ケヤキ) 木言葉「崇高」

9月  朴(ホオ) 木言葉「友情」 

 

10月 栗(クリ) 木言葉「公平」 

 

11月 銀杏(イチョウ) 木言葉「長寿」

 

12月 樅(モミ) 木言葉「向上」 

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★「 誕生木・12の樹の物語」は、弊社と株式会社Laboさんの共同製作で、商標登録されています。

★出口商品は、該当月にちなんだ「暮らしに身近な商品」の弊社オリジナル商品です。完成したものから随時アップさせていただきます。

★「誕生木ストラップ」・・・12ヶ月の誕生木のストラップ

株式会社Laboさんのホームページは、こちら




20130914 1私たちが子供の頃は、運動会といえば秋晴れの10月というのが定番でしたが、今時は夏休み明け早々とか遅くとも9月中に開催される傾向のようで、子供たちが夏の名残りの暑さの中で運動会の練習に汗を流しています。その中の障害物競技に使う器具のご注文をいただきました。端にボールを乗せて飛ばせる木製のシーソーです。材料の指定は無かったのですが折角の子供たちの晴れ舞台のご依頼だったので、倉庫の中をあれこれ探索

 

20130914 2以前は1軒につき1本は出番があった杉の絞り丸太(床柱)、磨き丸太(玄関ポーチ柱)ですが、昨今ではすっかり出番もなくなってきました。久万高原町でもよく磨き丸太を作る光景が見られたものの、今は「磨き丸太・製造販売」の看板すら見かけなくなってきました。和室の減少は銘木業界に大きな痛手となりましたが、昔を懐かしんでいたところで仕方がありません。時代や生活様式に合わせた新たな『出口』を探っていかねば本当に必要の無いものになってしまうだけ。

 

20130914 3本格的な床の間の材料である床柱、違い棚、床框、落とし掛けなどの部材は減ったものの和室が完全になくなったわけではなく、以前はケヤキの突き板が主流であった床板や地板ですが、最近では無垢の幅剥ぎの仕様でのご注文をいただくようになっています。シンプルな和室に形を変えたものの、その中でも無垢材の生き残る道はあります。むしろ以前が突き板の仕入れ品であった事を考えると、弊社としては自社の材料が出るようになったわけですから新しい需要。

 

20130914 4そういう風に新たな需要も起きる一方で、昔に仕入れた磨き丸太や絞り丸太も過去の遺物として倉庫に残っています。中には傷がついてしまったり、色ヤケしてしまったものもあります。角材や板材と違って削り直し、磨き直しが効かない(厳密に言えば可能ですが、販売価格を考えるとコスト倒れになってしまうので)ために、そのまま埃をかぶってしまっているものも幾つか。そんな日の当たらない所で眠る絞り丸太に、新たな役割を担ってもらう事にしました。

 

20130914 5クラス対抗の競技なので4セット+予備材が必要になります。シーソーの支柱を作るために搾り丸太の長さをカット。少々傷がついているB品とはいえ、私がこの仕事に就いた20数年前であれば1本5,6万はざらであった絞り丸太です。さすがに最初に鋸の刃を入れるときにはわずかなためらいもありました。新たな出口は何かを吹っ切らねば辿り着かないもの、まあそこまで大袈裟なものではありませんが、新しい価値観を確立させるには『覚悟』が肝心です。底を削って、触った時に痛くないように面をとって仕上げます。

 

20130914 6杉の破風板を天板に加工して完成。手前の状態が完成形です。残念ながら自分の子供たちの学年の種目ではなかったので、本番に備えて練習しまくるという製作者の利を活かす事はありませんでしたが(!)本番では、子供たちに怪我のないように活躍してくれればと願っています。こういう形で、倉庫に眠る遺物たちに新たな活躍の舞台を与えていただく機会が最近増えています。木の振り幅は、我々が考えているよりもずっとずっとあるようです。やはり日々の観察は大切




20130913 1充実の町内旅行から帰宅した夜、折角の九州の余韻を楽しんでおこうと観たのが『平成版ガメラ』のDVD。なぜガメラ?と思われるかもしれませんが、実は金子修介監督がメガホンを取った平成版ガメラは、アトランティスの古代文明が作った生体兵器という設定で、ガメラと同じ遺伝子を持つとされる怪鳥・ギャオスは長崎県五島列島に突如現れて、姫神島の小さな集落を壊滅させるのです。五島列島は大小合わせて140あまりの島々が連なっていますが姫神島は実在しません。

 

20130913 2地図で見ると五島列島には赤島 黒島、黄島、姫島、男女群島、鳥島など面白い名前の島も多く、今回訪れた平戸から数10キロ先の距離でしたが、平戸から眺める海は小さな島々が点在して、瀬戸内海のような親近感溢れる情景でした。そんな穏やかな海の静寂を切り裂く2大怪獣が出現するのです!一方、昭和版ガメラは、北極の氷の中で眠っていた古代の怪獣で、国籍不明の原爆搭載機の墜落によって、氷が割れて南下し日本に上陸するという設定でした。

 

20130913 3成長して数も増えたギャオスは福岡に上陸。自衛隊は福岡ドームにギャオスを誘い込んで捕獲するという大胆な作戦に出ます。おおっ、ここでも『ホークス』つながり(鷹島のホークスのモニュメント)!さらに舞台は木曽山脈に移るのですが(木曾は、木曽ヒノキに代表される木の産地)、不思議な合致を感じながら視聴。ガメラはギャオスに対抗する手段として古代人が人工的に作りあげ、戦う事を運命づけられていたという事で、プレデターVSエイリアンの原型とも言える設定。

 

20130913 4実はこの旅行の前に家族で行った広島県の鞆の浦では、映画のロケが行われた『ウルバリン』のポスターが貼ってありましたが、最近なぜか映画づいています。強引な結びつけもありますが、身の回りの事象を日頃からどれぐらい意識を持って観察しているかということは大切だと思います。特に木の場合は、かつては我々日本人の暮らしの根幹を支えてきたものですから、どういう使われ方をしてきたのか、常に注意深く観察しておく事は『かけら屋の命題』だと思っているのです。九州旅行の後日談でした。

 




20130912 1長々と町内会の旅行の事を書いてきましたが、これ2日間の行程で、しかも1泊2日で平戸・鷹島・呼子という強行軍なので、実質その半分以上はバスでの移動。2日間でおとそ1000キロも走る(フェリー除く)という内容でしたので運転手さんはさぞお疲れの事だと思います。このブログを書くようになって、旅行などに行っても些細な事にも興味が湧くようになって、若い頃に比べて余程旅行を楽しませていただいています。旅の最後の観光は、鷹島の『歴史資料館・モンゴル村』。

 

20130912 2かつては元寇での争いという悲しい歴史の舞台となった島ですが、今ではモンゴルとの日本の友好の象徴の場として観光化されています。そしてそこには、鷹島という事で「鷹」つながりの『ソフトバンク・ホークス』の2011年の日本一を讃える鷹の銅像がありました。天気がよければこの像の前で記念写真という事でしたが生憎の雨。個人的に雨の中強行に撮影。近くで見るとかなりの大きさ(鷹の翼の先端までで3,4mはあったのでは?)で迫力あります。優勝するたびにモニュメントが増えているようです。

 

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室内にはかつてホークスで指揮を撮った王貞治氏(現福岡ソフトバンクホークス球団取締役会長)のサインも掲げてありました。人望のある王さんですからジャイアンツのOB会の会長もされているそうですが、個人的には憎っくきジャイアンツのスターですが、やはり王さんは別格。今はもう完全にホークスの王さんでしょう。年間ホームランの記録の事でも話題になりましたが、単なる数字だけでは量れないところに王さんの偉大さがあると思います。

 

 

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旅の最後は呼子でイカの生き造り。前日の夜、不漁でイカが間に合わないかもとの連絡があったものの何とか都合がついたようで、かの有名な呼子のイカを堪能させていただきました。それから先は延々とバスに揺られて一路松山へ。1泊2日の短い旅行ではありましたが、若い頃とは違った楽しみ方も覚え、各地での『木のものとも巡り合わせ』も満喫しました。放電と充電、バランスよくとらねば理屈っぽい頭でっかちになってしまいます。その地の空気を肺にまで送り込む事の大切さを改めて実感しました。




20130911 1初日の夜は平戸に泊まって、平目など美味しい地のものをいただきました。すっかり夜も更けて街を歩いたのですが、平日という事もあって人影はまばら。そんな夜のしじまの中に大きな教会の十字架が光ったりして、なんとも異国情緒が漂います。翌日は、平戸から一気に鷹島まで走って、朝から「歴史民族資料館・埋蔵文化財センター」へ。この地はあの『元寇襲来』の場所なのです。生憎の雨で襲来の現場を観に行く事は出来ませんでしたが貴重な海底遺物が展示してあります。

 

20130911 2元寇といえば、誰もが学校の教科書で習ったこちらの絵。昨今、『元寇はなかった!?』なる歴史ミステリーがまことしやかにささやかれたりしています。そういうのって嫌いではありませんが・・・最後は源義経=フビライ・ハーン説に行き着くというめくるめく歴史ロマンなのですが、さすがの歴史ミステリー好きの私ですら、あまりの大風呂敷に共感を持て。

 

20130911 3この有名な絵にしても、教科書に載っていたのは勇猛な馬上の武士に向かって弓を引く元の兵士の構図でしたが、実際には絵は左にも続いていて、そこには逃げ惑う元の兵士たちの姿が描かれています。その逃げる兵士と弓を射る兵士の服装の違いなどから、弓を射る兵士が後から描かれたもので、それも元寇否定説のひとつの根拠になっているとか(元ではなく高麗が攻めてきたとか云々)。誰かが意図的にトリミングした!?

 

20130911  4話としては面白いのですがなぜか私の心に響かないのは、当時の元という国そのものに対する関心が薄いせいでしょうか。歴史の中でも、人の欲望が爆発する戦国時代などは非常に好きなのですが、秀吉の朝鮮出兵にしてもこの元寇にしても、当時の海外と絡む話となると不思議にテンションが下がってしまいます。元寇に対しても関心は薄かったのですが、ここで海底から引き上げられた遺物を見ていると、14万とも言われる元軍の雄たけびが聞こえてきそうになります。

 

20130911 5なんといっても実際に海底から引き揚げられた当時の船や武器、武具類の圧倒的な存在感を目の当たりにすると、14万もの大群が乗った4400隻の大船団に対峙した九州の武士たちの胸中やいかばかりであったろうかと・・・。時代が時代ですから両軍とも武器にしろ船舶にしろシンプルなものが主流で、その素材の多くには木が使われていました。さすがに船そのものが原型を残して水中に沈んでいるわけではありません。ばらばらのパーツとして引き揚げられ保存されています。

 

20130911 6その方がより強く歴史の重みと史実を訴えかけてくるものがあります。ばらばらになった船舶などの隣に、奇跡的にまだその原型をとどめていたのがこの『木製の大碇(おおいかり)』です。ちょっと駆け足の見学だったので、解説などを読み込む時間がなく詳細がよく分からなかったのですが、その碇身部の素材が『アカガシ』であることだけは確認しました。水質にもよく耐えると言われるアカガシですが、よくぞまあ730年も深い海中で朽ち果てずに残っていたものか!これが引き揚げられた碇の中で最大のものだという事でしたが、元の船の碇だという事でので、当時の元の国に生えていたアカガシという事になるのだと思います。今のモンゴルといえば大砂漠と大草原のイメージですが、実は豊かな森林国でもあるそうで、元の海外戦略を支えていたのはこういう立派なアカガシの大木だったのでしょう。

 




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