森のかけら | 大五木材


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文字通り根こそぎ幹から小枝までオリーブをいただきました。折角のご縁ですので、使えるところは骨の髄までしゃぶり尽くして味わわせていただくのがビーバー隊の礼儀作法だと心得ております。しかしこのオリーブ、かなり根が張り出していました。よく、枝ぶりと同じぐらい根も張っているといいますが、持ち主の方にお聞きすると、枝よりもかなり先の方まで根が伸びていて、野菜を育てる障壁になっていたそうです。よほど土地の栄養価が高かったのか、この土地に合ったんでしょう。そんなオリーブですからみすみす尚更灰となるのは残念だったのだと思われます。

通常は造園業者さんが伐採してもらった後で、伐採された丸太を取りに行くのですが、今回は自分で伐採するのでその時点から、ここはあれに使えるぞ、この細いところはああしようとかイメージが膨らんで伐採中もニヤニヤしていました。造園屋さんに伐ってもらう場合は、立ち会えない事がほとんどなので、ある程度の希望(長さや大きさ)を伝えておいて、採集に行ってご対面となります。それはそれで楽しみでもあったりしますが、立木の段階から見ていると身が引き締まります。そこにあるのはマテリアル(原料)などではなく、命ですから。大切に使わせていただこう!

無駄なく大切に使うために大切な事は速やかに「荒さばき」をしておくこと。伐採直後であればどんな硬いでも水分をたっぷり含んでいて容易に製材できます。勿論硬い軟らかいの差はありますが、日が経つほどに水分が抜けて硬くなり製材も難しくなります。特に弊社のように小さなバンドソーしかないところで、小さなものを挽く場合は新鮮さが何より大事。という事で、持ち帰った足ですぐに長さを整えて荒割り。途中の作業工程を取り忘れるぐらい急いだので、製材後の写真しかありませんが、いいサイスのものが取れました!

オリーブの木自体は枝も伸びて大きく見えましたが、いくつかの幹が合わさっていて、1つ1つはそれほど大きなものではありません。それが曲がりくねっているので、普通の材木屋であれば恐らく見向きもしないサイズだと思われます。しかし弊社にとっては、『オリーブ』というだけでまずとヨダレが出ますし、更にこれぐらいのサイズが取れれば言う事なし!【森のかけら】と『森のりんご』にするには十分なサイスです。それよりも小さなモノもとりあえず板に挽いて乾かせます。他にも出口の構想はいくつかあります。

【森のかけら】で言えば、『オリーブウッド』としてスペイン産のものを『プレミア36』の中に入れています。【森のかけら】のリストを確定させた当時(10数年前)は、オリーブが身近で手に入るとは考えてもいなかったので、プレミア扱いしたのですが、こうなるとやはり【新・森のかけら】として「愛媛県産オリーブ」も加える必要がありそうです。スペイン産のような独特の縞柄はありません(なにせまだ10年生ですから)が、これはこれでこの子の個性。以前いただいた小豆島のオリーブも縞柄がほとんどありませんでしたので若木には出ないのかも。いずれにしても出番はまだ当分先の事。




ご近所の方からのご依頼で、畑を造成して家を建てるのだが、畑の一角に植えているオリーブを伐採して廃棄するのはあまりに可哀想なので、何かに使ってもらえないでしょうかという事で、大五木材伐採班が「救出」に向かわせていただきました。伐採班というのは、私とスタッフの井部君との二人なんですが、この伐採班が何とも心もとなくて、ろくにチェーンソー経験もないので大木などは到底無理。可愛いサイズの灌木限定の伐採班です。今回は、オリーブと聞いていたので、「オリーブぐらいなら」と気軽な気持ちで畑に向かったのですが、実際に見てみると結構な大きさ!

最近は新築された際に庭にオリーブの苗木を植える方も多くて、つい先入観で「オリーブ=小さくて華奢な灌木」と思っていたら、かなりのサイズでした。畑に持ち主のご両親もいらして、「ここまで立派なオリーブだと相当昔に植えられたんでしょうね?」と訊ねたら、10年前ぐらいに植えられたものだとか。野菜を育てられるような土地だから栄養もあったのだと思うのですが、「みるみるうちに大きくなって、どんどん根が張り出して野菜を育てるのにも支障が出るようになった」と笑って仰ってました。見た目にはとても10年生ぐらいのオリーブとは思えませんでしたが、意外。

チェーンソーを使うのも数年ぶりという事で、エンジンをかけるのにも手間取りながらどうにか無事に伐採終了。ありがたく小枝までしっかりいただき会社に持って帰ることに。最近こういう話が県内から舞い込むようになってきていて、遠くは関東や東海あたりからも、庭に大きな雑木があってどうしても伐採しなければならない事情があるのだが、愛着のある木がそのまま焼却処分されるのは忍びないので、差し上げるから伐ってくれないだろうかというもの。そのお気持ち充分理解できるのですが、やはり距離がネック。弊社の伐採班の活動範囲はせいぜい松山市周辺です。

それでも珍しい木だったりすると、「プロの救出隊・ビーバー隊長」に相談することもあります。ビーバー隊長こと、三重県の武田製材武田誠さんは、広葉樹の救出に強い使命感を持っていて、今までにも数々の廃棄されてしまう広葉樹の救出に成功されています。フットワークが軽くて、関東ぐらいまでなら独り軽トラでドラマチックな救出に向かわれます。我々はそういう作業を「救出」と呼んで、日々その活動に熱心な隊長を誇りに思っているところなのです。隊長、どうか怪我だけはなさらなぬように!

本来ならそれぞれの地域にそういう「救出隊」がいて、そういう木もうまく活用できればいいのですが、現実的にはなかなか難しい。作業そのものよりも、そうやって手に入れた木をどうするのかという「出口」を持っていない業者が多いからです。私もすべての木に最適の「出口」を持っているわけではありませんが、考えるのは大好き。それも目の前に実物があって、必要が差し迫らないと発想も湧かないモノ。私の場合は、あえて自らを死地に追い込み、その中から活路を見出す『猪木戦法』!という事で、いただいたオリーブをこれからどう調理しようかと考えるだけで心がソワソワ、楽しみ~(^^♪




滋賀からの帰りはのんびりとフェリーで帰りました。3日の早朝に東予港に到着。2019年になって初めて踏みしめる愛媛の大地。それから自宅に戻ったのですが、子どもたちの部活や私の仕事の事などもあってそれから先の日程が詰まっているため、その足で急遽西予市野村町の実家に挨拶に帰ることに。ならば急ごうという事で、一息つく間もなく、まずは地元の阿沼美神社に参拝。町内の方がきちん掃除もされ正月のお供えもされていて清々しい気持ちの中、お賽銭には不釣り合いな願いを沢山させていただきました。

この神社の境内にも多くの木々が植えられていて、巨木とまではいえななレベルですが小さな鎮守の森を作っています。しかし石段傍の大きめのクスノキなどは大きくなり過ぎて、石段を壊す恐れがあるのと手入れが出来ない等の理由で近々に伐採されることになっています。この木に限らず、町の中にある木が大きくなり過ぎて手に余るようになって伐採されるケースが増えているようです。そこにひとの暮らしがあって、その中で木が植えられている以上、いろいろな事情があって木が伐られるのは仕方がない事。

木に携わる仕事をしている者としては、そういう木と関わらせていただくような事が起きた場合に、そういう木をなるべく上手に有効に利用することだと考えています。街路樹や公園などで伐採されたであろう木々が造園業者などのトラックに山積みにされて走っている場面に出くわすと、嗚呼きっとあの木たちもこの後産業廃棄物として焼却されるのだろうと考えると切ない気持ちになります。では、お前はそれらの木をどう生かせるのだ?すべての木を救えるのか?私に出来る事はほんのちっぽけな事でしかありません。

それはささやかな抵抗であり単なる自己満足の世界でしかないのかもしれません。しかしそれでも自分が出来る事から少しずつやるしかない。世界でいろいろなモノコトが大きな転換期を迎えようとしています。今まで当たり前だった事に大きな対価を払わなければならなくなったり、価値が無いように思われていたものが見直され急激に価値が高まったり。変化を求めて飛びついたところで、根の浅い木はすぐに倒れる。誰にも見えないところで少しずつ根を張って変化に備えていこうと思います。正月の旅、これにて本当に終了。




昨日、これで『ラ・コリーナ近江八幡』についての話は終了と書いた言葉に偽りはなく、2時間ほど滞在したのち名残を惜しみつつラ・コリーナを後にしました。その時点で駐車場は満杯、まだまだ車が流れ込んでいました。衝撃を受けて、圧倒され、余韻に浸りながら次第に西へ移動。久々の家族サービスのつもりが、家族の中で私が一番満足感を得たかもしれません。帰りはのんびりとフェリーで帰る予定にしていたので、まだもう少し滋賀を楽しむことが出来ます。ならば最後の〆は比叡山延暦寺は?という私の提案はあえなく却下。

これは、既に彦根城安土城も行ったのにこれ以上お父さんの歴史探訪には付き合えない!というわけではなくて、どうもノーマルタイヤでは危険という物理的な要因と、そこまで行っていたら時間的に厳しくなるという理由によります。ならば近場で、琵琶湖が一望できる『琵琶湖バレイ』に行こうという事に。バレイ?valleyということは、「谷」?スマホで調べてみると、標高1,100mの打見山までロープウェイで登り、スキーをはじめさまざまな登山やトレッキングなどのマウンテン・リゾートが楽しめる場所らしい。ということで、滋賀観光の〆は滋賀バレイ!

正月は雪こそ降っていなかったものの、年末に降った雪がまだ多少残っていたのと、標高が高くなると路面凍結を心配しながら恐る恐る琵琶湖バレイの坂を登っていきます。正月でありながら、思っていた以上に駐車場には車が留まっていて、もう少し景色がよく見えるところまでと登っていたら、次第に脇の山林の雪が多くなってきたため、危険を察知してロープウェイ乗り場の手前あたりで駐車。頂上は分厚い雲に覆われてみる事が出来ませんでしたが、見るからに寒そう~。

そこからは琵琶湖が一望!素晴らしい眺めです。家族のプライベートの事はブログに書いていないので、ほとんど私の歴史浪漫探訪と木のモノ巡りに家族が振り回されている構図に映るかもしれませんが、1/1~今日(1/28)までに話は、実際には1/1~1/2のわずか2日間に起きた出来事で、その間にここには書かなかったところにも(少しは)行っています。この春からは、長女が神戸に就職が決まり家から出て行くことになります。なので子供が皆学生の身分で行ける旅行はこれで最後になります。その場所が滋賀で本当によかった!

子どもたちがまだ幼かった頃は、ベビーカーに乗せてイベントに出展したりしてお客さんの同情を買ったり(笑)、イベントの手伝いを口実に家族で参加したりしていましたが、子どもたちも学校に行って部活をするようになると、家内も木育であちこち走り回っているので、なかなか全員の休みが合わなくなって家族全員でどこかに行くという事が難しくなりました。子供たちは子供たちなりにそういう家庭状況を理解してくれているのだと思うのですが、どこか遠くに遊びに行くことよりも家族が健康で一緒に入れる事の方がなりよりも幸せだとつくづく感じます。最後にみんなで記念写真を撮っていたら、空に浮かんでいる構図で写真を撮るという事になって、こどもたちが琵琶湖を背景に大きく飛び上がってジャンプ。おお、確かにそんな感じには見えます。こうして見ると小さかった息子ももうすぐ私の身長に並びます。成長したもんだ・・・

ならば父も負けてはおれぬと、お父さんは危ない(着地時に滑って横転する危険がある)という子供たちの助言など無視して果敢にチャレンジ。一応トリミングで浮かんでいるようにも見えますが、実際にはほとんど地面から足が離れておりません・・・。気持ちだけは宙に浮かんでいるつもりですが、体は裏腹に浮かび上がってくれません。息子とのジャンプ力の差に、じわりじわり忍び寄る老いを痛感。確かに体力は失われてきていますが、まだまだ気力は充実。今回の旅で奮起する事も多く、子どもたちが無事に巣立っていまでまだまだ頑張らねばなりません。これにてほぼ1ヶ月にわたって引っ張ってきた滋賀の旅は終わりとなります。この後、高橋家はフェリーに乗って自宅へと帰っていくわけですが、到着してもまだ1月3日という事で、その後もかなりネタを仕込んでおりますので、今年もどうぞ1年間拙ブログにお付き合いいただければ幸いです。

 




私にとって今年最初にして(今のところ)最大の(正月2日目にして!)衝撃を与えてくれたラ・コリーナ近江八幡ネタもいよいよ本日最後(予定)。実際の滞在時間は2,3時間だったと思うのですが、見るモノどれもが新鮮で濃密な時間でした。娘たちは美味しいバームクーヘンやお菓子に満足と、家族でたっぷり楽しませていただきました。ところで、1000本ものクリ(栗)の丸太を使われていましたが、使われている木はすべてがクリというわけではなくて、用途に合わせて適材適所に木が使われていました。

カステラショップから中庭への通路の天井部分には、『カラマツ(落葉松)』の木が意匠的に使われていました。クリの木も岐阜と長野の県境辺りにまで行かれて探してこられたということだったので、この落葉松もその辺りのものかな?個性的な随所に木をたっぷり使われているのに、木がでしゃばりすぎずに、周辺の風景に自然に溶け込んでいて素晴らしいです。自然だから曲がりくねったり、割れたり、節があったり、虫に喰われているのだって当たり前。そうは分かっていても、ここまで出来るのは施主側の理解あってこそ

このラ・コリーナも構想から実現に至るまで、いろいろと紆余曲折もあり、何年もかかったそうですが、そりゃあここまで気持ちを固めて、覚悟を決めるのは時間もかかることでしょう。湧き上がってくるイメージや構想の中から時間が経っても沈殿しない上澄みだけを救い出して、更にそれを蒸留させて残った強くて揺るぎない濃い信念なければ出来ません。100の言い訳よりも1つの実行だなと、つくづく我が身を恥ずかしい。それでも大きな刺激を受けて、実際に出来る事を具体的に考える機会となったのはありがたい事です。

ラ・コリーナの構想はこれが完成ではなく、今はじまったばかりだそうで、あくまでも今は種蒔きの段階だそうです。本当の意味で完成するのは50年後、100年後。その頃には木々も成長してきっと鎮守の森のような光景になっているかもしれません。お菓子屋さんが、喜々として100年後の森を夢描く。本来スパンの長い仕事であるはずの林業、材木業は100年後の未来を笑顔で語ることが出来るであろうか。受け身で仕事が来るのを待っている身では100年後の構想などイメージすら出来ない。自分で刈り取る糧は自分で蒔こう!

敷地のざまざまな場所に沢山の幼樹が植えられています。まだまだこれからもいっぱい植えていかれる予定だそうです。クヌギとかどんぐりの木はビックリするぐらい成長が速いので、きっと数年後に来ればこの辺りも全然違う風景が広がっていると思います。1つや2つ枯れようがその何倍も植えていく。仕事とか商売とかを越えて、『生きざま』を感じました。山本昌仁社長の著書の最後の方に、先代からかけられた言葉があります。「いまは気張ってやってるけど、あんまり飛ばすなよ。商売にスタートはあってもゴールはないんや。」気張りすぎず、慌てず、急ぎすぎぬように一歩ずつ。肝に銘じる。




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